無知は非難の対象になるのか

「無知は罪」だというが本当に罪なのだろうか?知識がないことを自覚すること自体が難しく、「知るべきこと」が増えた現代では中々事前に知っているというのは難しいだろう。それが人間の核になり得る話だとしても、意識していない常識を変えるのは非常に困難だ。

また、言われた側は悪印象をもったその物事を積極的に知ろうと思うだろうか。「何か言おうとするといきなりゴチャゴチャ言われるしこれ以上関わらないでおこう」という人はネットでも多いはずである。「無知だと思われないためにそのことについて話されなくなる」というのは最悪の事態だろう。よって何でもかんでも「知らない=良くない」はお互い何も得るものがないと言える。

「無知を自覚しているのに自分の価値観を押し付ける人を作り出してしまったことが罪」なのではないだろうか。「知ろうとしなかった」のではなく「知る必要がないと思った」「そもそも知る機会がなかった」のである。前者なら必要性を感じてもらうように説明するべきであり、後者ならその環境を今後変えていかなければならない。いずれにせよ、責任は周りの環境にあり、人にはない。

物事をあまり知らない自分は、「知らないことを前提にせず話したり非難したりする人」を差別してしまいがちである。
#エッセイ #コラム

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