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アルカイダの傀儡だったタリバン『大仏破壊』高木徹著 書評

<概要>

タリバンとアルカイーダの関係、そしてバーミヤンの大仏破壊と911の関係について、その真相を明らかにしたNHKスペシャル担当者の著作。

<コメント>

著者の『戦争広告代理店』が非常に面白かったので、さっそく次作を図書館で借りて読了。

タリバンとアルカイダの関係について、当時、新聞を読む程度ではさっぱりわからなかったのですが、本書を読んでその関係がとてもよくわかり、そして彼らがなぜバーミヤンの大仏を破壊して911同時多発テロを引き起こしたのか?についても、本当によくわかりました。

著者の高木徹はNHKのディレクターで今もNHK職員ですが、前作同様、NHK取材陣のレベルの高さには驚嘆するばかりです。

■タリバンの原理主義とは?

本書を読むと、いかにイスラム原理主義がイスラームの思想をご都合主義で解釈しているか、理解できます。

タリバンとは、イスラームの共同体を支援するための学生組織。マドラサ=神学校の出身学生で組織。創設者はオマル。姿の見えないカリスマと言われ、学はないが交渉力も指導力もあり、痩せていて長身。右目は潰れ、囁くような小さな声で話をする静かな人物(2013年病死)。

アフガン担当の国連職員、高橋博史曰く

オマルはもともと映画の”七人の侍”みたいなもので、小銃1丁背負って山道をトボトボ歩いて行き、戦いを始めたというだけなんですよ。それがたまたま冗談みたいな経緯でタリバンのリーダーになってしまったんです。

本書57頁

タリバンの組織の中でも最も原理主義的といえる勧善懲悪省は、タリバンの中でも最も権限を持った組織として君臨し、日本の学校の風紀委員みたいな存在として、庶民たちをさまざまな不幸に陥れます。

タリバンの内務次官アブドルサマド・ハクサル曰く

勧善懲悪省はあまりに巨大な権限を持っていて、それに逆らうことは誰にもできない。

本書57頁

その取り締まりにそれなりの説得力ある厳格なイスラーム法に基づくルールであればまだしも、彼らのルールはまったくのトンチンカン。

彼らの誰一人としてコーランなんか読んでいないでしょう。そもそもアラビア語も理解できないだろうし、識字率も相当低い。

それではいったい彼らの厳守するイスラームの教義とは何か?その実態は、アフガニスタン南方の田舎の保守的な慣習。

自分達の田舎の昔からの伝統的な慣習をイスラームの教義だと勘違いし、カブール(アフガニスタンの首都)のような都会で行われていることはすべて反イスラームだと勝手に解釈。

女性抑圧や男女ともの素肌の露出禁止、喫煙禁止、歌舞音曲禁止、ひげなし男禁止、西洋風髪型禁止など、もうめちゃくちゃです。

【サウジアラビアの勧善懲悪省】
ちなみに勧善懲悪省という悪名高き組織はサウジアラビアにもあって、サウジにとってのイスラーム法に則って国民が行動しているかどうか取り締まる組織。
実はサウジアラビアも、ほんの最近まで女性は夫の許可なしには外出できませんでした。しかし今のムハンマド皇太子が実権を握るようになってからは、だいぶ俗化し、女性の権利もちょっとずつ増えているようです。
要するに時の権力者の意向に合わせてイスラーム法学者がいかようにも教義を解釈してくれるので、イスラームの教義も寛容であるといえば寛容なわけですね。

タリバンの解釈はコーランの中身なんて関係ありません。そもそも彼らはコーラン読めないんだから。

タリバン創設者のオマルも、イスラム神学校マドラサを修了しないまま、指導者になってしまったので彼自身イスラームの教義をちゃんと理解しているわけではないはずです。

彼らの抱えていた問題は、要するに無知ということだった。・・・宗教によって人間を区別したり差別したりすることがいけないという考え方自体、彼らの理解の範疇を超えていたのだ。

本書64頁

■タリバンとアルカイダの関係

実はタリバンとアルカイダ(=ビンラディン)は、当初は、まったく縁もゆかりもない組織だったのです。

アルカイダ創設者のビンラディンは、出身地のサウジアラビアはじめアラブ社会からも見放されて行き場がなくなり、かつてソ連のアフガン侵攻に参加した当時の伝手で、アフガンのとある軍閥を頼ってアフガンにやってきたのです。

ビンラディンは、その資金力とアフガン侵攻当時から保持していた多国籍のイスラーム聖戦士ムジャヒディーンのリストに基づき彼らを呼び寄せ、アフガニスタン内で独自の軍隊を養成。タリバンへの資金・物資供給に加え、聖戦士の多国籍軍を派遣することでアフガニスタン統一戦争に加担し、その地位を確保。

アルカイダ軍は、ジハードの戦士ムジャヒディーンとして、死ぬことで天国に行けると本気で信じた若者たち。死をもまったく恐れぬ強力な軍隊。

ちなみにイスラーム教徒は死後、最後の審判の日に天国に行けることになっているのですが、ジハードによる戦死に限っては、最後の審判を待たずに天国に行けることになっているのです(中田考著『イスラーム 生と死のジハード』より)。

【ビンラディンのこれまでの活動経緯】
1989年アフガニスタンからのソ連撤退以降
→ビンラディンは、サウジアラビアに帰国するも、サウジアラビアが米国の湾岸戦争に加担したことでサウジ家に猛反対。特に米兵女子のアラビア湾での水着姿などに激怒。聖なるアラビア半島に異教徒がやってきて反イスラーム的行為をすることに我慢がならなかったのです。
→サウジアラビアから追放される
→アフリカのイスラーム国家スーダンにて建設業や農業事業を展開
→サウジ&米国からの圧力でスーダンから追放
→アフガニスタンに逃れる(軍閥の一人ユーノス・ハリスが匿う)
→ユーノス・ハリス支配地域もタリバンが占領(ハリスはタリバンに恭順)
→タリバンに取り込み、そのままアフガニスタンに在住
→ソ連戦の時のリストやスーダン人脈に基づきアルカイダ部隊(多国籍軍)の養成
→バーミアン攻撃に加勢してバーミアン陥落の要因に

しだいにアルカイダなしでは身動きできなくなってしまったタリバン。

オマルはビンラディンのいいなりになってしまって、しまいにはタリバンはアルカイダの傀儡政権となってしまったのです。

【アルカイダとは】
対ソ連戦における義勇兵の募集と拠点となったパキスタンペシャワルの宿泊地のこと。この宿泊地が「基地」と呼ばれ、「基地」を意味する「カイダ」にアラビア語の定冠詞「アル」をつけてアルカイダと呼称。
この際に義勇兵の氏名と実家の連絡先を提出させ、これを名簿として管理→アフガン聖戦士たちのリストとしてアルカイダ軍のベースとなる。

アフガニスタンの文化遺産保護を目的としたNGO組織SPACHの代表ナンシー・ドゥプレ曰く。

タリバンの指導者オマルは、アルカイダのパペット(操り人形)でしかなかったんです。

■バーミヤン大仏破壊の真相

大仏破壊阻止については、西側社会はもちろん当時の国連事務総長アナンまで登場するぐらいの国際問題に発展。タリバンの中にも、そして大半のアフガニスタン人も、大仏破壊には反対する意見が大半。

注目なのはアラブ社会自身(イスラム諸国会議機構)も破壊阻止に向けて動いたこと。

中東湾岸諸国から一流の名のあるイスラーム法学者を複数揃え、タリバンと同じスンニ派の一学派ハナフィー派の教義に基づき「イスラーム法的には大仏を破壊する根拠はない」という理屈をもって彼らを説得しにアフガニスタンに派遣。結局彼らはオマルには会えなかったものの、ここまで国際社会は動いたのです。

それでもオマルが破壊を指示したのは勧善懲悪省とビンラディンの意向を優先させたから。

実行部隊は、元々タリバンだったのですが、大仏があまりにも大きすぎて彼ら自身では破壊ができず、後からビンラディン本人含むアルカイダがバーミヤンにやってきてテロ組織ならではの爆破技術をもって爆弾を大仏に仕掛け爆発。つまり実行したのは実質ビンラディンだったというから驚きです。

このように実質アルカイダ、つまりビンラディンの傀儡となってしまったオマル率いるタリバン政権は、911同時多発テロによって、アメリカ軍の侵攻を受け、消滅。

その後の歴史は、米軍によるビンラディン殺害を経て今に至りますが、2004年本書出版時点ではまだ新政権は存在していたので、その後のタリバン復活についてはその記述はありません。

今のアフガニスタンが、どのような経緯でまたタリバンが復活したのか、については著者自身(またはNHKの他の方)にまた取材してほしいものです。

*写真
バーミヤン大仏破壊阻止のために動いたイスラム諸国会議機構の事務局カタールの政治庁舎(2022年11月撮影)

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