海の組曲は義務教育

 ふざけたタイトルですが、最近A. Amadei 「海の組曲」の自筆譜が見つかりまして、しかも、幸福なことにそれを見せて頂きまして。せっかくなので、私なりの解釈と聴き所をnoteにまとめてみました。



 武井守成による解説

 「マンドリンギター研究 第8年第3号」より、海の組曲についての解説が載っています。武井さんは、マンドリン好きの方で知らない人はいないでしょう。武井さんを知らない人向けに簡単に説明すると、武井さんは日本マンドリン文化の黎明期にマンドリン音楽の普及と発展に大変尽力された方です。OST(オルケストラ・シンフォニカ・タケヰ)というオーケストラを指揮・指導し、マンドリンギター研究という書籍を出版していました。偉大な方です。
 彼によると、A. Amadeiさんは、

マンドリンオーケストラ曲の作家としての先覚者であって、ファルボ、ミラネージ等はこれにおいては彼の後輩といふべきである。彼は長く軍楽隊の楽長を務めた。マネンテと彼とは軍楽長にしてプレクトラム合奏の為に作曲した偉大な2人である。

マンドリンギター研究 第8年第3号

※プレクトラム合奏:マンドリン合奏のこと

と述べています。マンドリン合奏の為の作曲家として重要な人物であるAmadeiの、最も代表的な曲として、海の組曲をあげています。

さて、曲の内容については、

この組曲は彼の作品第290番、1909年彼が歩兵第73連隊軍楽長の隊長であった時、雑誌「イル・プレットロ」主催の第2回作曲競技会に提出して見事1等を獲得し、マンドリン愛護者として知られる皇太后マルゲリータ陛下から大金牌を受けとった名誉の作品であるばかりではなく、マンドリン合奏のオリジナリティを真個に示した意味において最功績あるものと言うことができる。

マンドリンギター研究 第8年第3号

と書いています。

Amadeiさんは、平易な技術で最大限の演奏効果を発揮する書き方をしていると思います。「海の組曲」ではそうして点が(コンクール、実際の演奏の場で)高く評価されたように思います。私は指揮者として曲を見るときはミニマリズム、原点主義的な解釈をする傾向にありますが、この曲は最高ですね。美しく、無駄を感じる要素が何もない。

各楽章について、Amadei本人が簡単にイメージを紹介してくれています。武井さんが日本語に直してくれていますので見てみましょう。

第1章 ナイアーデのセレナータ La Serenata delle Naiadi
アンダンティーノ・グラツィオーソ
海の秘、海の美をその手に掌握するナイアーデ達は海上をあちらこちらに馳せまわっている。夜の海は静かである。

第2章 オンディーナの踊 La Danza delle Ondine
アレグレット(クワジ・マズルカ)
オンディーナ達は踊る。妖艶なその舞は魅惑と夢幻とに満ちている。

第3章 シレーナの唄 Canto delle Sirene
アンダンテ
美しきシレーナの唄は海いく人々を迷わせる。身に降りかかる危うさも覚らず、彼らは安らかな眠りを貪っている。

第4章 トリトーネのフーガ Fuga dei Tritoni
アレグロ・ヴィヴァーチェ
船は濤(大波)にもまれて今や危態に瀕している。貝笛を吹き鳴らして怒濤を鎮めつつトリトーネ達は其(船乗りたち)救いの為に相呼び馳せ乱じている。

(ちなみに、ナイアーデはニンフの1種妖艶な水神、オンディーナは浪の精、シレーナはシチリア島に住みその美声をもって船人を迷わせた半人半魚の女神、トリトーネは半人半魚の男神、尚原題にはこれらの名は全て複数で記されているが、訳の際はもちろん単数を用いた。

マンドリンギター研究 第8年第3号

参考音源

参考音源(演奏)はコチラ。それぞれ趣があって良い演奏ですよね。また、どのような解釈の演奏においても、Amadeiさんのイメージした風景が、しっかりと音に表れていることが、この作品の凄さを表しているように思います。

さて、前置きが大変長くなりました。早速各楽章を見ていきましょう。

第1楽章

まず、冒頭、テンポ表記。6/8拍子なのに、4分音符=40とはこれは。。。となるわけです。自筆譜にもこの記載は残ったままでした。ただ、テンポアップする18小節目からのテンポ表記は付点四分音符=52となっていますので、最初にテンポ表記に付点をつけ忘れたミスであることが分かります。


冒頭のテンポとドラ

冒頭、ドラによって波の動きが表現されます。続いて、夜の海でナイアーデたちの踊りを耳にすることになります。スラーのつき方に注意が必要です。アーティキュレーション的には、全て頭拍に向かった旋律の動きになるわけです。しかし、冒頭からオスティナートで続くドラの旋律は頭拍から2拍目、ないし4拍目に向かっていくのです。ここは地味に難しいところ。私はなかなかこの2つの旋律を音楽上に共存させることが出来ずにもがき苦しんだ記憶があります。是非マンドリンの方はドラを聞きながら、ドラの方はマンドリンを聞きながらアンサンブルしてみてほしい。きっと同じ思いを味わえるはず笑。
テンポも難しい。私が参考音源としてあげた演奏ですが、全て指定テンポより大幅に遅くなっています。じゃないと弾けない・・・こともないですが、トレモロの回転数とか、表情付けが難しいのだそう。以前、指定テンポで頑張ってやってみようとして大失敗した時に、奏者の皆さんが教えてくれました。
・・・でも指定テンポが個人的にドンピシャで好きなんですけどね。


1stとドラのアーティキュレーションの違い

18小節目からは3つの波のモチーフが重なります。また、1stマンドリンによって奏でられる旋律はナイアーデの踊りのステップとも思わせます。非常に上手い作り方です。特に大波の2ndマンドリンの動きが好きで私が指揮やるときはいつも出して出して!とアピールしてしまうところです。
そしてアーティキュレーションも魅力の1つ。これ、旋律もまた頭拍に向かう動きになっているのです。こうした統一感に、作曲家としての上手さを感じずにはいられません。


3つの波のモチーフ

Grandiosoに向かう動きは、中間部(18小節目〜)と同じくバスペダルですが、低音部の上昇音階によって曲全体が前向きに動くように工夫されています。(低音なしの編成の場合にはGrandiosoまでにもっていき方に違いが出て来るように思います。)
和音の動きも面白いです。Fの第5音が半音ずつ上がっていき、最終的に裏コードとなってEに行くかと思いきや、Aに戻るわけです。でもバスの音はEなんですよね。最高ですよね。これがロックだったんだって思わせてくれます。


低音の動きと半音進行


力強さのある和声進行

GrandiosoはAの中で和音が移っていくのでとても「戻ってきた」感が出てきます。その前まで半音進行していたので、そのギャップによるものですが、これがGrandioso感を存分に出してくれています。転調転調からの元に戻ってGrandioso!は、交響的前奏曲(Bottacchiari)と同じやり方ですね。そして、1楽章通してのテーマ、旋律が次の拍頭に向かう動き、これを最後ギターがやっちゃうわけです。次の和音を先取りしたアルペジオを最後やってくれます。ここまで統一感のある作曲をしてくれるとは!!!波の形のアルペジオと併せて、ギター弾きはここで感動して泣いてしまうのです。


ギタパはこれを待っていた

Grandiosoが終わり、夜の静けさに消えていく場面。また、ドラが冒頭の波のモチーフを再び弾くことで曲の終わりを予感させてくれます。その中でギターが弾く中間部のモチーフが印象的に映ります。そして短3度ずつの転調(フラットが3つずつ増えていく転調)も、良いですよね。月の明かりが段々淡くなっていくような幻想的な雰囲気を味わえます。
本当にこの楽章の最後、ギターと低音が弾く動きは、冒頭マンドリンのモチーフなんですが、軽やかさ、スラーの表現が決まると本当に色っぽいのです。

第2楽章

マンドリン界の重鎮の皆さんは、決まって最初の4小節がこの曲の合否を決めると仰るので、振る方のコチラとしては毎回緊張してしまう楽章です。ですが、この曲の面白さは決して冒頭だけではありません。それをお伝えしたい。

と言っても、まずは最初のイントロから、イントロは私は8小節と考えています。フェルマータは、空白のⅠ小節に詰め込まれています。加えて、HはEの属音であり、4小節目から5小節目へは、マズルカへのアウフタクトとして捉えることができます。この考え方に基づけば、基本はインテンポでイントロは進めたい。


冒頭とギターの弾き分け

5小節目からのマズルカ。ギターはバスと上3声で役割が違います。譜面の書き方としては、以下が適切でしょう。表現の弾き分けが難しいなら迷わずdivにしましょう。

続く、マンドリンは3拍目の跳ね方が地味に難しい。ユーフォリアはトレモロによってそれを表現しようとしていて、そこにこだわってくれる団体は少ないので、聞いててニコニコしていました。色々な表現があって然るべきで、ここは、まだ違った表現(奏法)の可能性があると私は信じて実験を繰り返しています。


踊りを意識したスラー

ト長調に転調してからは、より舞曲としての性格が強くなります。特にマンドリン属のスラーのつき方は明らかにステップを意識しています。続く転調してからfの部分。転調と1stマンドリンの跳ねた音型によって緊張感が高まり、続くfの部分では強烈なシンコペーション!煌びやかな舞曲からこの楽章冒頭の不安感を再現しつつ、次の場面へと繋いでいく。この曲のもっていき方は流石ですよね。


ヘミオラ(シンコペーション)

次はオンディーナのカント(唄)にかわります。ここ、地味ですが、1stマンドリンとドラで掛け合いがあるので、綺麗な響きにうっとりしながらも、しっかり集中してやんなきゃいけないとこなんです。ちなみに2ndマンドリンのHのペダルはかなり好き。ここは楽譜だけ見たらつまらんけど、響かせ合うと2nd冥利に尽きるってなるから最高なんですよね。
また、ギターはAmadei節全開。最高音の2度の下降が本当に美しい。よくAmadeiさんがやる技法ですが、これでもかとぶち込んできます。しかもこの時、マンドリン系の旋律の動きは緩やかなので、ギターの和音の細かな動きも埋もれることなくしっかり聴こえてきます。
喜びのクライマックスは、いつも楽譜通りインテンポで、最後だけイタリアロマンっぽく歌おうと努力しているのですが、技術的になかなか・・・うまくいった試しがありません。


1stとドラの掛け合い
THE Amadei ギター

コーダは、平凡に消えていくだけですが、低音部が弾くアルペジオ。1楽章と同じく最後の締めくくりは低音パート。しかし、1楽章と比べると上昇形になっています。組曲として、統一感を出しつつ、うまく変化もつけてきます。

第3楽章

冒頭からのカント、バスの音があえて省略されていることにより、独特の妖しさと美しさがあります。あえて和音をつけるとどうなるんでしょうかね。

3楽章は、ドラの旋律がとても美しいのですが、テンポのゆったり差とあいまって、舟人だけでなく、聴きにきたお客さんの眠気も誘ってしまう厄介な曲です。いかに表情をつけるか。かつ、それがくどくならず、聴き手の心に心地良い響きと(寝ないための先の読みづらい)緊張感を届けられるかが鍵になってきます。私は最近この曲を勉強してて、フレージングを現代的なものにして、長く長くとらえながら緩急をつけると面白いのではと考えるようになりました。

Grandiosoの部分では、2楽章のギターに出てきた2度の下降(今回は13度のアポジャトゥーラ)が1stマンドリンとドラによって唄われます。とても綺麗でうっとりしてしまいますが、刻みのアクセント感を出さずに音量・表現としてGrandiosoを出すのはなかなか難しく、思ったよりも気を使うことの多い場面です。


Amadeiの得意技

3楽章の最後はギターの全弦アルペジオ、2楽章と同じ終わり方ですね。(統一感)

第4楽章

アレグロヴィヴァーチェなので、かなり速く弾かないといけない楽章。指定の158でいけたら最高ですが、表現もしっかりつけようとすると、上記テンポだとかなり難しくなります。

マンドリンの音型によって海が少し荒立ってきてるのがわかりますが、ドラの旋律を聞く限りでは、船乗りたちはぐっすり眠ってしまっているようです。この対比が美しいですね。


ドラとマンドリンの対比

トリトーネがせっせと頑張る所、一気に盛り上がってfffに到達しますが、ここで1楽章冒頭のA-Durに転調します。控えめに言っても最高な流れですよね。

Fugaもとても分かりやすい。4楽章までを通して、ここまで平易な技法でありながら、演奏効果を高められるものかと毎回驚かされます。4楽章は、今までたくさん音楽的に頭を使ってきた分、快活に音量メインで音楽作りができるので、奏者的にも気持ちよく演奏できていいですよね。(指揮者的にもメリハリつけて振るだけなので助かってます。)

最後は、個人的にはIIIの和音はフェルマータにせず、インテンポで行きたいですね。十分に書いてある音符で音楽の動きは止められるので、フェルマータまでしたら少しくどくなってしまいそうに思います。


最後は楽しく

最後に

各楽章ごとに、私なりの解釈に依る音楽の流れを、ちょっとした音楽知識も交えながら説明してみました。完全に自己満足なのですが、自己満足=音楽なのでしょうがないのです。ここまで読んでくれた方には最大限の感謝を。

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