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ランキングとか売り上げとか再生数とかがあんまり好きじゃない


もはやネット上のどこを見てもかしこを見ても、ランキング、売り上げ、再生数、いいねの数、などといった「評価値」を目にします。

評価を数値にする、という試み自体は好きです。「いいね」とかは、ないよりあったほうがいいと思うし。目に見える評価をもらうのはやっぱり嬉しいですし。
でも、ちょっと多すぎるのです。
世界に溢れすぎてる気がする。
こういう、評価を数字にして表したものがあんまり好きじゃない人って、それほど多くはないにしろ、いると思うんですよね。あるいは誰にだって、そのときの気分によっては、そういう数字を目にしたくないこともあると思います。

●あんまり好きじゃない、の原因はなんだろう


よくよく考えればその数字って、何を表しているのかよくわからないから。
たとえば再生数とひとくちに言っても、実際には何人が見たのか、何人が最後まで見たのか、何人が最近見たのか、どんな人が見たのか、そういった情報って、そこには含まれていません。1人で再生ボタンを連打したってカウントされるわけだし、ボットによる閲覧やプログラムによる閲覧だって数の内に含まれているだろうし。
なので、結局のところ、本質的には何をあらわした数字なのか、実はよくわからないのだけど、にもかかわらず、その数字の自信満々な感じというか、絶対的な感じが、好きになれない原因でしょうか。
どうも押し付けがましく感じてしまうんです。
いっぽうで、インスタグラムやtwitterの「いいね」や「スキ」は、再生数やPV数に比べれば能動的な数値だから、多少マシに思えるけれども、しかしながら「能動」の意図にだってさまざまあって、自分にしたところで本当に「いい!」と思ってつける場合もあるし、お返しの意味の場合もあるし、とくに意味もない場合もあります。


場合によってはノイズに感じるから。
ランキングや売り上げや再生数などの評価値は、自分が欲しているものや、好きなものをまだ手探りしているような状態のときにはとても頼りになる存在です。
でも、ある程度自分が必要としているものの目処がついてからは、むしろノイズに感じることのほうが多いです。
たとえば私個人は、若い人なら誰でも知ってるような有名YouTuberの投稿動画も好きだし、逆に誰も知らない、アウトドア系やガジェット系や農業系の、マイナーなYouTuberや動画投稿者さんの動画も好きです。
それらはぜんぶ、自分の中では等価なものなんです。
でもそこには「再生数」なるものが表示されていて、あたかもまるで、等価ではないよ、と言われているような気がする。これがときに「うるさく」感じてしまうんです。
見ないようにしても、どうしても目に付いちゃうしね。

●だから、ってこともないけど……

欲を言えば、あの数字たち、非表示に切り替えできるようにしてほしいなあ。
そしてもし、非表示にするシステムを作るとしたら、それはYouTubeやtwitterなどのプラットフォームの内部に個別に作るのではなく、むしろユーザーとネット世界とのあいだに、もうひとつのレイヤーを新たに設ける感じで作ってほしい。
もしその、コントロールレイヤーのような代物が作られたら、評価値などのメタ情報を非表示切り替えするだけでなく、ほかにもいろいろなことができそうですけどね。

●「評価値」は、これからますます氾濫するか、それとも淘汰されるか

そもそも評価値って、人間のためのものです。
人間が、作品や商品を選ぶとき、参考にしたり基準にしたりするものですが、これからはますます、そうやって1人1人が自分で選んだり判断したりする機会が減っていくかもしれません。例の「あなたへのオススメ」機能が今後さらに進化していくと、本や動画だけでなく、ニュースも友達も自分が興味があるジャンルそのものも、わざわざ自分でさがさなくても、「しっくりくる」ものが向こうから勝手に集まってくるようになるかもしれません。
そうなってくると、評価値は必要なくなります。
選んだり判断したりするのが、人間ではなくロボット(人工知能)になるからです。

ただ、いっぽうで、「人を評価する」という行為そのものには、ゲーム性がありますよね。
そこからいろんな欲望が生まれるし、モチベーションだって生まれます。
それが存在しない世界というのは、今よりもちょっと、つまらないかもしれない。
だから、必要なくなっても人びとは評価値という概念の存続を望むかもしれません。
なので、なくなるのかなくならないのか、どっちに転がるか、わかりません。

でも、いずれにせよ、評価値が合う人合わない人いるだろうし、目にしたいときしたくないときあるだろうし、今後、任意に表示切り替えできるようになったらなあ、と思います。
そんな話です。

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