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年下鬼上司は元ホスト?!

あらすじ

今枝小夜(29歳)は父の知人が役員の企業にコネ入社して7年目。
真面目だが上昇志向に乏しく、組織変革に伴い、異動。
新設の【リ・スキリング部】は、新社長が採用した香坂光(27歳)が部長。
年下が上司になって凹む小夜に、香坂は初日から残業禁止を命じ、更に従来の倍速での業務遂行を求める。
同日に異動した契約社員の三好ユリア(25)と小夜は、心折れかけながら、タスクを処理すべく奮闘。
翌週、3人でランチへ行くと、香坂は二人がリストラ候補なのを認めつつ、具体的に回避策を提示する。
厳しいだけではない香坂の人柄を知った小夜とユリアは、自身の仕事と真剣に向き合い、期限内に結果を出せるよう全力でチャレンジを始める。

#創作大賞2023 #漫画原作部門


登場人物

・主人公:今枝小夜(29歳)。独身・実家暮らし。正社員
・上司:香坂光(27歳)独身・一人暮らし。部長
・小夜の後輩:三好ユリア(25歳)独身・実家暮らし。契約社員

第1話(全3話)

〇一戸建て・小夜の部屋・朝
カーテン越しに明るい光が差し込み、雀の鳴き声がしている。
小夜(行きたくない・・・)
 
〇一戸建て・洗面所・朝
小夜が肩下まで伸びた黒髪をハーフアップにしている。
メイクはナチュラル系で、小夜の落ち着いた出勤コーデに合っている。
小夜(行きたくない)

〇電車内・朝
つり革につかまる小夜。表情が暗い。
小夜(会社、行きたくない!)

〇小夜の勤務先・オフィスフロア・朝
『新部署』と仮の部署名がかかった部屋のドアを小夜が開く。

〇小夜の新部署・朝
そこはデスクが3席だけの小さな部屋。人はいない。
小夜(わが社は老舗のメーカー。先週の年度末、入社以来7年在籍した総務部から異動になった)
小夜、部屋の明かりをつけ、自席に座り、PCを起動する。
小夜(新部署は3人だけの小さいチームで、業務内容はまだ詳しく教えてもらってない)

〇小夜の勤務先・メインフロア・朝
メインフロアは広く、席数は100以上。ドリンクサーバーがあり、マイカップにお湯を入れる小夜。
すれ違う社員に会釈しながら新部署へと戻る。
女性社員1「いまのって」
女性社員2「異動になった?」
女性社員3「追い出し部屋だっけ」
ひそひそ声が耳に入り、うつむく小夜。

〇小夜の新部署・朝
小夜(部署のメンバーは契約社員の・・・)
と、三好ユリアがドアを開けて部屋に入ってくる。
毛先をゆるく巻いたヘアスタイルと明るめの髪色が、愛らしいユリアの顔立ちによく合っている。
ユリア「おはよーございます」
小夜「おはよう」
小夜(ユリアちゃんと)
続いて、ドアが開き、資料を抱えたスーツ姿の香坂 光(27歳)が不機嫌そうな表情で二人に挨拶する。
香坂「おはようございます」
小夜・ユリア「おはようございます!」
小夜(新社長がヘッドハントしてきたこのお方)
2人に会釈すると、香坂が窓際の自席に座る。
香坂のスーツは濃紺のブリティッシュスタイルで、シャツは白という清潔感のある着こなし。整えられた黒髪は黒いフレームのメガネと合っており、一分の隙もない。
すかさず社内メールとチャットをチェックする香坂。他部署に電話をかけて会話をしながらメールの返信をしている。
小夜(ついに、年下が上司になってしまった・・・)

〇回想・総務部・午後3時
定年間近の部長を筆頭に、老若男女の社員20名ほどが、和気あいあいとお茶をしている。

〇小夜の新部署・朝
電話を切った香坂が、舌打ちをしている。
PC越しで表情は見えないが、香坂の不機嫌オーラが伝わってきて怯える小夜。対してユリアは一向に意に介さず、スマホをいじっている。
と、香坂が小夜とユリアの座るデスクに来て二人に声をかける。
香坂「先週の業務、進捗はいかがです?」
スマホをしまうユリア。緊張で体がこわばる小夜。
小夜「全社員のアンケートデータの入力ですか?」
香坂「はい」
香坂が二人に返事をしながら、鍵付きの棚から書類の入ったファイルを取り出して二人に渡す。
ユリア「50人ぐらい終わりました」
小夜「私は30人ぐらいです」
香坂「じゃあ、明後日までに残り全部、入力していただけますか?」
小夜「残りって、あと500人以上ありますが・・・」
ユリア「それ無理じゃない? 一人1時間ぐらいかかるんだけど」
香坂の依頼に、小夜とユリアが難色を示す。
すると、香坂がにっこりとほほ笑む。
その笑顔は取ってつけたような嘘くさい笑顔。
香坂「じゃあ、倍速で。一人30分で入力をお願いします。就業時間内で。それと、入力内容は部外秘」
ユリア「え、間に合わないでしょ。ね、小夜さん」
小夜「う・・・ん」
香坂「じゃあ、競争しましょっか。僕が100人貰いますので、いまから誰が早くできるか、試しましょう」
香坂は笑顔のままそう言って、ファイルを一冊持って自席に戻ると、自分が引き取った100人分の入力をすぐさま始める。
その入力速度は二人が言葉を失うほどの速さ。
小夜(この部署で、やっていける気がしない・・・!)
小夜もユリアも、げんなりした顔で各々のファイルを開き、しぶしぶデータを入力し始める。
小夜(業績不振の責任を取って、社長と役員は辞任。今月から新社長が就任し、社内の改革を始めた)
ユリア、PC画面を見つめたまま、香坂に声をかける。
ユリア「部長ぉー、歓迎会、やります?」
香坂もPC画面を見つめたまま、ユリアに応える。
香坂「そういうのは結構です」
ユリア「えー、じゃあランチおごってよ」
香坂「何故?」
ユリア「残業ナシで仕事させるから」
香坂、それを聞いて失笑する。
香坂「それが「仕事」でしょう?」
小夜(その改革の担い手が香坂さんらしいけど、なんか怖い・・・!)
ユリア「ケチ―」
香坂、ため息をついてユリアに言う。
香坂「じゃあ、明後日までにミスなく終わったら。お二人にご馳走します」
小夜、小声で辞退する。
小夜「や、私は・・・」
ユリア「小夜さん、やったね! 高めの店でもいい?」
小夜「その、弁当持参・・・」
会話中も香坂とユリアの入力速度は高速をキープ。
タイピング音で小夜の小声の抵抗は空しくかき消されていく。
二人に後れを取る小夜は、焦りながら必死で入力に追いつこうとする。
小夜(でも待って、全社員のアンケート回答入力ってことは、私のもあるってこと?)
小夜の表情がとたんに曇る。

〇一戸建て・玄関・夜
小夜が疲れた足取りで鍵を取り出し、玄関を開ける。
小夜「ただいまー」
小夜(月曜なのに、すでに木曜分まで働いた気分)

〇一戸建て・小夜の部屋・夜
着替えもせずにベッドに倒れこむ小夜。
小夜(でも、香坂さん、まだ会社だったな・・・)

〇回想・小夜の新部署・夕方
ユリアはもういない。
小夜もPCをシャットダウンして、ファイルを抱え、帰り支度をしている。
と、会議を終えた香坂が部署に戻ってくる。
香坂「お疲れ様です。お二人のファイル、預かりますね」
香坂が小夜からファイルを受け取り、棚にしまって鍵をかける。
そしてすぐ自席に戻ると、入力を再開する香坂。
小夜「あの、私もお手伝い・・・」
香坂、手を止めずに返事をする。
香坂「どんな上司かも分からずに、新しい部署に飛ばされて、イヤでしょ?」
小夜「え?」
香坂、自嘲気味に笑っている。
香坂「会社中、そんな感じで。よそ者の新社長も僕も、舵取りを模索中です」
ぎくりとした表情を浮かべる小夜。
香坂「でも新社長に採ってもらった身なんで、まずは結果を出せるようにします。し、」
小夜「はぁ」
香坂「自分もラクはしません。なので今枝さんは残業ナシで退勤してください」
小夜「・・・はい。ではお先に失礼します。」
お辞儀をして、部署を出る小夜。
小夜がドアを閉めたその後ろ姿を見送った直後、ポーカーフェイスだった香坂が両手で顔を覆い、椅子ごとメリーゴーラウンドのように高速で回転する。
香坂(二人で、話した・・・!)

〇一戸建て・小夜の部屋・夜
パジャマ姿の小夜が、うなされている。
小夜「あと、300人分・・・」

〇オフィスビル・小夜の新部署・朝
就業開始早々、会話も交わさず、データ入力をする三人。
タイピングの音だけが静かな部署に響く。
時折、内線で香坂が呼び出され、他部署に打ち合わせで出ていく。
その瞬間から、ユリアは自販機に飲料を買いに小休憩を取るが、小夜はその余裕すらない。
小夜(どうしよ、私だけ遅れてる)

〇オフィスビル・小夜の新部署・昼
ユリアと小夜が自席でランチを摂っている。
小夜は持参の弁当。ユリアはコンビニのサンドイッチ。
小夜「あれ? 今日は外にランチ行かないの?」
ユリア「外に行く時間、今日は惜しくて」
小夜(・・・意外)
ユリア「だって『明日までに終われば、高いランチ奢る』って、部長言ってたし」
小夜、思わず噴き出す。
小夜「ユリアちゃん、あんな恐ろしげな人と本当にランチ食べたい?」
小夜に訊ねられて、ユリアが困り顔で応える。
ユリア「知らないと、やりづらくないですか? 仕事。情報システム部の部長とはだいぶキャラ違うし」
小夜、思わず頷く。
小夜「確かに・・・! もう少し部の雰囲気をなごやかにしたい」
小夜(空気読まない派かと思いきや、逆に読んでくれてたんだ)
と、部署のドアが開いて、香坂が部屋に入ってくる。片手にはゼリー飲料とペットボトル。
着席するなり、ゼリー飲料を片手に入力を再開する香坂。その顔つきは、険しい。
小夜(ランチ、あれだけ?)

〇小夜の新部署・夕方
ユリアと小夜、退勤時間になり、帰り支度をしてファイルを香坂の席に持っていく。
香坂「ファイル、返却します」
ユリア「お先でーす」
小夜「お先に失礼します」
会釈をして部署を出る二人。香坂はかかってきた内線に応対している。
ドアを閉めるときに、香坂を気遣って小夜が振り返る。
小夜「明日、終わるかな」
ユリア「先に終わったら、手伝います」
小夜「う・・・、ありがとう」
会話をしながら、エレベーターに乗り込む二人。
ユリア(小夜さんの『噂』って、ホントなのかな?)
おっとりとした雰囲気の小夜を見つめるユリア。

〇一戸建て・小夜の部屋・夜
着替えもせずにベッドに倒れこむ小夜。
小夜(香坂さん、まだ会社かな?)

〇回想・小夜の新部署・夕方
香坂「よそ者の新社長も僕も、舵取りを模索中です」

〇小夜の新部署・朝
黙々とPC作業に集中する三人。
タイピング音だけが部署に響く。
ユリアのタイピングはさらに早くなっていて、小夜も今日中に入力を終わらせるべく、必死で励む。

〇小夜の新部署・昼
鬼の形相で作業を進めるユリア。
と、小夜が正午になった時計を見て、鞄からコンビニの包みを出すと、ユリアに声をかける。
小夜「ユリアちゃん、もう少しかかりそうだから、これ、とりあえず」
小夜がそう言いながら、10種類ほどおにぎりが入ったコンビニの袋を差し出す。
ユリア「え、これわざわざ?」
小夜、頷く。
小夜「ちょっと、昼超えそうかなと思ったから。豪華ランチじゃないけど、とりあえず」
ユリア「え~、うれし! じゃあ遠慮なく!」
おにぎりを3個ピックアップするユリア。
そのコンビニの袋を持って、小夜が香坂の席に赴く。
小夜「部長も、どうぞ」
PC画面に見入っていた香坂が、面食らい気味に言う。
香坂「え、僕のも?」
小夜「私、全部は食べられないので」
香坂、すまなそうに会釈すると、袋からおにぎりを3個取り出す。
香坂「ありがたく、いただきます」
小夜、会釈すると自席に戻り、残りのおにぎりを食べ始める。
その姿を自席から見つめる香坂。
香坂「今日、お二人って終業後に予定ありますか?」
ユリア「残業なるかもって思ったから、ないです」
小夜「私もです」
香坂「じゃあ、ランチじゃなくてディナーにしましょうか?」
ユリア「なんでも?!」
香坂「はい」
ユリア「えー、探そ」
ユリアはそう言うとスマホで検索を始める。
小夜はおにぎりを見つめている。
小夜(香坂さんのネクタイ、昨日と同じだった)

〇小夜の新部署・午後
入力業務が佳境を迎えている。
ユリア「小夜さん、あとどれぐらい? 私もらいます」
小夜「あと40人なんで、半分お願いしても、いいですか?」
ユリア「オッケ。部長は? あと何人?」
香坂「自分の分は終わって、お二人の入力分を照合しています」
ユリア「ゲッ」
小夜(入力ミスがあったら・・・)
香坂「ダブルチェックは必須なので、気になさらず。それが終わったら、ご馳走しますよ。なんでも」
ユリア「やった!」
小夜(終業時間までに、終わる・・・?)
真剣な面持ちで入力を進める二人。その様子に視線を送ってから、香坂はファイルの内容と入力内容の照合を目検で行っている。

〇小夜の新部署・夜
小夜「お、終わった・・・!」
ユリア「ウチも!」
小夜とユリア「やった!」
香坂「終わりました?」
小夜「はい!」
香坂「がんばりましたね。じゃあ、行きましょうか?」
そう言うと、香坂が立ち上がる。

〇ホテル内のレストラン・店内・夜
高級感あるレストラン。
香坂がメニューを閉じて小夜とユリアにオーダーを促す。
香坂「お好きな物、どうぞ」
店員に自分のメニューをオーダーする香坂。
ユリア「メインは、黒毛和牛ステーキトリュフ乗せ」
小夜「私は、このハンバーグを」
店員がオーダーを取っている。

× × ×

シャンパンで乾杯を交わしている三人。
三人とも、笑顔。

× × ×

ディナーを食べ終えた三人。
そこに店員がドリンクとデザートを持ってくる。
香坂はカフェラテ、小夜はミルクティー、ユリアはフラペチーノ。
と、香坂がカフェラテのカップを両手で持って二人に話しかける。
香坂「では、ここで問題です」
ユリア「えー、なにそれ!」
小夜「・・・?」
唐突な出題に戸惑う小夜とユリア。
香坂「オフィス街で、客に注文されるカフェラテって、どんなのだと思います?」
ユリア「え? 美味しいこと?」
高坂、頷く。
香坂「一つの正解」
考え込む小夜とユリア。
続いて小夜が言う。
小夜「早く出てくる、ですか?」
それぞれの答えを聞いて頷く香坂。
香坂「それも正解です」
小夜とユリア「それ『も』?」
香坂「はい。どっちも正解です。でも、僕が思うに、カフェラテの美味しさって、バランスだと思うんです」
小夜とユリア「・・・?」
香坂「コーヒーが勝ってもダメ、ミルクの泡がイマイチでもダメ」
ユリア「なんの話? 良く分かんないからもう飲んでいい?」
せっかちなユリアに苦笑する香坂。
香坂「お二人、縁故入社ですよね?」
(註:縁故入社=コネ入社のこと。)
縁故入社、の一言にサーッと青ざめる小夜とユリア。

〇回想・小夜の新部署・夜
管理職のみ閲覧可能な人事のシステムにログインして、小夜とユリアの採用経緯をPC上で閲覧している香坂。

〇ホテル内のレストラン・店内・夜
香坂「単刀直入に言います。人事が一変し、お二人をコネ入社させた役員が退任しました。新社長は経営改革派です。つまり、お二人はいまクビ候補です」
小夜(やっぱり・・・)
ユリア「ええーっ!!」
香坂、カフェラテのカップを持ち上げながら続ける。
香坂「アンケートの入力、見させていただきました。コーヒーを仕事の速度、ミルクを正確性に例えると、お二人は会社が望むラインに達していません」
力なくうつむく小夜。
香坂「三好さんは、作業は早いけどミスが多い。要は雑」
ユリア、ショックを受けた表情でフリーズ。
香坂「そして今枝さんは、丁寧ですが、作業速度が遅い。あと、容量オーバーするとテンパる癖がありますよね?」
小夜、暗い表情で頷く。
小夜「・・・はい」
香坂「ぶっちゃけ二人とも派遣社員以下です。雇い続ける理由がありません。」
小夜(言われて、しまった)
ユリア「でも私、ボーナスもない契約社員ですよ? それに私よかもっと仕事してない人もいるのに! 入社一週間しか経ってない人になんでそんな言われなきゃなんないの?!」
憤るユリアに対して小夜はフリーズしたまま。
小夜(ずっと、立ち止まってたせいだ・・・)
と、香坂がたくらみ顔ですがすがしく微笑む。
香坂「大丈夫」
小夜とユリア(わ、笑った!)
小夜「は?」
香坂「美味しいカフェラテなら、誰も文句言いませんから。鍛えましょう」
そう言ってカフェラテを飲み干す香坂。カップを持つ指が長くて美しい。
ユリア「はぁ? 私別にバリスタになりたい訳じゃ」
香坂、吹き出す。
香坂「例え、ですよ。残業なしに日々のタスクを正確に、かつ迅速にやればいいだけです。それさえできれば会社はクビにできません」
驚いた顔で香坂を見つめる小夜とユリア。
ユリア「でも、どうしたら」
小夜(正確、かつ迅速)
香坂「特訓、ですかね。自宅で学習してもいいし、それか残業代は払いませんけど、退勤後なら協力しますよ。僕もせっかくできた部下を手放したくはないんで」
ユリア「えー、それ口説いてる?」
香坂、秒で否定する。
香坂「いえ」
そんな二人のやりとりをぼんやりと眺めている小夜。
小夜(どうしよう・・・)
ユリアと小突きあいながらも、香坂は小夜の様子を伺っている。

〇小夜の新部署・朝
三人が自席にいる。
仕事の手は止めないが、昨日の業務でひと段落したユリアの私語が止まらない。その様子をため息モードで眺める香坂。
ユリア「で、その友達の家の子猫が超可愛くて~」
小夜「いいなー、見たい」
ユリア「あ、写真コレです」
すかさずスマホを取り出して、子猫の写真を見せるユリア。
小夜「か、可愛いっ!」
ユリア「このコ入れてあと3匹産まれちゃったから、飼い主探してるんですけど、小夜さんどうすか? 実家ですよね?」
実家、の言葉に一瞬ぐっと息を飲んだのち、ぎこちなく頷きながら、残念そうに小夜が応える。
小夜「うん。でもウチはお世話ができなそうかな・・・。でも、このモフモフちゃんを撫でたいっ!」
つい声が大きくなったことで我に返り、止めていた仕事の手を進めながら、香坂のほうを見て遠慮がちに小夜が訊ねる。
小夜「香坂さん、動物とか、ご興味は?」
香坂、PC画面を見ながら、ノールックで応える。
香坂「結構です」
ユリア「え、でも、超可愛いんですよ!」
ユリアが立ち上がってスマホ画面を見せに香坂の席に詰め寄る。
ユリア「ほら、ね?」
香坂、うざったそうに眉間にしわ寄せしてユリアに訊ねる。
香坂「それ、食えるんですか?」
ユリア「は?」
香坂「あいにく、愛玩動物を養うような豊かな家庭環境で育ってませんので、知識も興味もゼロです」
沈黙のオフィスに香坂のタイピングの音だけが響く。
ユリア「はぁ、見つからないか・・・。前の部署の人にも聞いてこよっかな」
さっと席を立って情報システム部へ向かうユリア。
小夜(ど、どうフォローしたらいいの?)
小夜と香坂、二人きりになった部屋で小夜だけが動揺しながら必死で作業を進めている。
と、マグボトルを手に立った香坂が、歩き際に足を止めて小夜に声をかける。
香坂「どっち派ですか?」
小夜「えっ?」
香坂に急に話を振られて、驚いて振り返る小夜。
香坂「犬? 猫?」
小夜「えぇと、猫科の、大きいのが好きです。虎とか」
斜め上の小夜の回答に香坂の口元がほころぶ。
小夜(あれ? ヘンなこと言った?)
香坂「飼えませんよね?」
小夜「確かに。でも、いいんです。あの孤高な感じが好きなので」
羨望の眼差しで呟いた後に、ふと我に返る小夜。
小夜「私語、失礼しました!」
軽く会釈をして給湯室へ向かう香坂。
香坂(やっぱり)
おしゃべりの分を取り戻そうと、熱心に入力の手を早める小夜。
香坂(どー見ても『愛人』という器では・・・)

〇回想・給湯室
4人の女性社員がコップを洗うついでに無駄話をしている。
そこを偶然通りかかる香坂。
女性社員1「やっぱりコネ組が新部署に飛ばされたみたい」
女性社員2「そりゃね。仕事できないのに居座られてもね」
続いて、意地の悪い笑い声。
いぶかしげにその会話を立ち聞きする香坂。
女性社員3「今枝さんも、あの役員が退任したから愛人待遇から崖っぷちだよね」
女性社員「ホント、ホント」
香坂(愛人?)

〇回想・小夜の新部署・夜
終業時間はとっくに過ぎており、オフィスは香坂のみ。
管理職のみ閲覧可能な人事のシステムから「今枝小夜」の個人情報を閲覧するが、『要配慮個人情報』という記載があり、採用の詳細や家族構成が閲覧不可に
なっている。
香坂「元役員の愛人って、・・・マジか?」
後頭部に両腕を組んで椅子に大きくもたれかかる香坂。

〇回想・小夜の新部署・昼
香坂の一挙一動にうろたえる小夜。その姿はどれも生真面目で、奥ゆかしい。
そして、男慣れしているようには見えない。

〇回想・小夜の新部署・夜
PC画面の「推薦者:鈴木執行役員(既退職)」という画面を見つめる香坂。

〇小夜の新部署・夕方
香坂が小夜とユリアに声をかける。
香坂「一週間、お疲れさまでした。それで、新部署名が決まりましたのでお知らせします」
ユリア「どんな?」
香坂「『リ・スキリング部』です」
きょとんとした表情になる小夜とユリア。
香坂「先日の社員アンケートで、これから各社員の意向に沿った「学び直し」と、希望の部署異動のマッチングを行います」
小夜「学び、直し?」
ユリア「マッチング?」
香坂「はい。Aの部署でBの仕事がしたい社員を研修等でサポートして、Bの仕事ができる人材にする」
香坂はまた嘘くさい笑顔を見せる。
香坂「あるいはCの仕事ができてない人材に新たなスキルを習得してもらい、Dの仕事ができる人材にするのが目的です」
小夜「仕事ができる人材に・・・」
ユリア「それって」
香坂「はい。お二人も含みます。低評価のお二人が使える人材になるのが、この部署の最大の存在証明になるので、来週からがんばりましょう」
香坂の発言に、よどんだ顔をする小夜とユリア。
小夜(すごく、すごく、ディスられてる気がする・・・)

〇一戸建て・玄関・夜
小夜「ただいまー」
疲れた様子で家に入っていく小夜。

〇小夜の新部署・朝
部署名が『リ・スキリング部』に変わっている。
小夜とユリアがひそひそと会話をしている。
ユリア「なんか圧掛けられすぎっていうか」
小夜「あそこまで仕事否定されると、さすがに・・・」
そこへ香坂が出社してくる。
小夜・ユリア「おはようございます」
香坂「おはようございます。今日から僕、全社員と1ON1のミーティングに入りますので、ほぼ不在ですが」
不在の報につい笑顔になる小夜とユリア。
香坂「まず、最初にお二人からミーティングします。お一人10分間。まずは好きなことと得意なことを聞かせてもらえますか?」
小夜(好き? 得意?)
香坂「じゃあ、まず三好さん」
ユリア「え、私?」
はい。じゃあ隣のミーティング室に。今枝さんはその間に回答の準備を」
香坂とユリアが連れ立って隣室へ入室。
一人残された小夜は、急な質問に困惑顔。
小夜(私の得意・・・、ってなに?)

〇ミーティング室・朝
デスク1つ、椅子2脚が置かれた小さい部屋で、香坂とユリアが会話をしている。

〇小夜の新部署・朝
ミーティング室のドアが開き、香坂に小夜が呼ばれる。
香坂「今枝さん、どうぞ」
小夜「はいっ」
ユリアと交代で小夜が入室する。
緊張した面持ちの小夜と違い、ユリアは満面の笑みを浮かべている。

〇ミーティング室・朝
香坂に着席を促され、椅子に座る小夜。
小夜「あの、考えたんですが。・・・すみません、好きも得意も、思い浮かばなくて」
香坂、委縮する小夜に即答する。
香坂「ありますよ」
小夜「へ?」
香坂「僕だけ残業するのを気にしたり、部署のメンバーの空腹を気遣ったり。ご馳走されるの遠慮したり。ありますよ。今枝さんの得意なところ」
小夜「・・・」

〇回想・小夜の新部署・夕方
香坂に残業を申し出る小夜。

〇回想・小夜の新部署・昼
コンビニのおにぎりを取り出す小夜。

〇回想・ホテル内のレストラン・夜
一番安いハンバーグをオーダーする小夜。

〇回想・オフィスビルのエントランス・夕方
夕立ちに降られて立ち尽くしている男性に声をかける小夜。

〇ミーティング室・朝
小夜「それが?」
香坂「はい。充分です。ちなみに、総務は今枝さんの希望でした?」
小夜「・・・いえ。配属です。」
香坂「大学時代、頑張ってたことや、好きだったことって?」
小夜「大学・・・?」
過去を思い出そうとして、小夜が押し黙り、しばしののち、小夜の目から涙がスーッとこぼれる。
香坂(え?!)
香坂、慌てて立ち上がり、スーツからハンカチを取り出して渡す。
香坂「すみません! 立ち入った質問でしたか・・・?」
小夜を気遣う香坂の表情は、普段とは別人のようにやさしさにあふれている。
小夜(あれ、この感じ・・・?)
小夜、既視感を覚えながら、自分が泣いていたことに初めて気づく。
小夜「いえ、すみません、個人的なことで・・・。でも、好きだったことは、思い出しました」
香坂が小夜に少し顔を近づける。
香坂に、小夜がポソリとその内容を話す。
それを聞いた香坂、思わず立ち上がって呟く。
香坂「・・・、それ、アンケートにも書いてなかったですよね? 今枝さん、いけますよ、それ!」
小夜「本当、ですか?」
香坂「はい。いま社内に不足してるスキルです!」
小夜、意外過ぎてきょとんとしている。
香坂が立ち上がり、嬉しそうに話を続ける。
香坂「じゃあ、そのスキルの再習得に向けて、eラーニングを始めましょう。ほかに必要なものがあれば言ってください」
香坂の屈託ない笑顔を見て、急に小夜の動悸が速くなる。
小夜「あの、ハンカチ明日お返しします」
ドアに向かって歩きながら、香坂が小夜に振り返る。
香坂「いいですよ。差し上げます」
小夜(え?)

〇回想・オフィスビルのエレベーター・夕方
ずぶ濡れの男性にハンカチを差し出す小夜。

〇ミーティング室・朝
小夜(この感じ・・・)
再び既視感を覚える小夜。
そんな小夜を見ながら香坂が笑顔で言う。
香坂「ミーティング、お疲れさまでした」
小夜「あ、ありがとうございました」

〇小夜の新部署・朝
ユリア「小夜さん、どうでした?」
小夜「・・・、なんか意外だった」
ユリア「ですよね? 私もすごい意外な業務、推されました!」
小夜「・・・ね」

〇回想・ミーティング室・朝
小夜を気遣う香坂のやさしい表情。

〇小夜の新部署・朝
小夜(あんな表情も、するんだ)
ユリア「この会社入って、初めてやる気出てきたかも!」
二人で笑い合う小夜とユリア。

〇ミーティング室・昼
ミーティング室に入れ代わり立ち代わり、社員がやってくる。
精力的に面談をこなす香坂。

〇書店・夜
小夜が書店の棚を見ている。
探していた本を見つけ、レジに向かう小夜。
そのまま駅に向かって歩く。
その足取りは、前日までとは違って軽い。

〇回想・ミーティング室・朝
香坂が、立ち上がって呟く。
香坂「今枝さん、いけますよ、それ!」

〇歩道・夜
嬉しそうな足取りで歩いていた小夜が、ふと通りがかったファミレスに視線をやると、そこにはテーブルで向かい合って座る香坂とユリアの姿が。
二人は楽しそうに何かを話している。
それを見て、ぴたりと歩みが止まる小夜。
しばしして、急ぎ足でその場を立ち去る小夜。
小夜(・・・なんで)
駅の改札を抜ける小夜。
階段を急ぎ足で降りていく。。
小夜(なんで)
やってきた電車に乗り込む小夜。
つり革につかまった小夜の姿が車窓に写っているが、その表情は硬い。
小夜(・・・なんで、悲しい気分になったんだろう)

〇ファミレス店内・夜
本を広げて会話をしている香坂とユリア

〇電車内・夜
本の入った紙袋を強く握りしめる小夜。
(1話・完)

第2話(全3話)

〇居酒屋・宴会場・夜
広い和室には、リスキリング部の部長・香坂光(29)の歓迎会に集った今枝小夜(29)と三好ユリア(25)と人事部の面々。
計三十名ほどがビールの到着を待っている。
香坂のスーツは濃紺で、シルエットはブリティッシュスタイル。シャツは白で、とても折り目正しい装いが、本人の整った容姿に非常に似合っている。
人事部長「飲み物揃ったかー? じゃあ始めるか!」
歓迎会の主役なのに、香坂の表情は不満げ。
当人が固辞したにも関わらず、リスキリング部の好評価に人事部が追随して、急遽この宴が開催されることになったのが気に食わない模様。
人事部長「いやー、香坂君の歓迎会が遅くなってすまない。でも二か月ですごい成果を上げてくれて驚いてるよ。さすが新社長じきじきに選んだ人材だ。じゃあ、一言だけ、挨拶頼むよ」
香坂、面倒くさそうにため息をつくが、次の瞬間、営業スマイルに切り替わって起立する。
香坂「本日は不肖な私のためにこんな席を設けていただき、光栄です。」
豹変した香坂の姿から思わず目をそらす小夜。
小夜(表裏が、えぐい・・・)× × ×

香坂を囲むなごやかな飲みの最中、営業部の中堅男性社員・田宮が、香坂の向かいの席に座り込み、突如ぶしつけに訊ねる。
田宮「噂で聞いたんだけど。香坂くん、元ホストって、本当なの?」
一瞬、静まり返る宴席。
そののち「そうなの?」「ホスト?」「うそ!」「水商売?」といった声で宴の席がザワつき始める。
小夜(え?)
隣のテーブルにいた小夜が驚いて振り返ると、イヤミな砲撃を受けた当の香坂は泰然とした様子で完璧に微笑み、
香坂「はい。若いころにホストクラブで働いてました。でも僕は接客じゃなくて、裏方でしたけど」
と笑顔で応える。
ユリア「えー、ありえないんですけどー! こんな不愛想なホストいるの~?」
すでに酒が回ったユリアが大声で突っ込んでくれたかおかげで、凍り付ていた席がわっと盛り上がる。
女性社員1「裏方って、何ですか?」
香坂「『内勤』って言って、来店客の身分証を確認したり、付け回ししたり、あと備品や酒の発注に、売上管理・・・、要は人事と総務と経理を兼ねた業務です」
田宮「それでウチに入社できたって、マジで?」
香坂「ええ。灰皿やグラスの交換からスタートして、付け回しが上手くなったお陰で、店が歌舞伎町で売上げ一位になりまして。学歴不問のスカウトオファーをいただきました」
田宮「元ホストが?」
田宮が面白くなさそうに呟くが、ほかの女性社員が前のめりで香坂に群がってきて、たちまち押しのけられてしまう。
女性社員2「付け回しって、何ですか?」
香坂「お客様のご要望に合ったキャスト、あ、ホストを席に着けることです。あと常連さんの機嫌を損なわないように指名ホストとヘルプとを上手に回したり」
「すごーい」と歓声が上がるテーブル。
香坂「夜の職歴が役に立つとは思ってなかったんですが、おかげでこちらで働かせていただけて、こんな素敵な方々とご一緒できて嬉しいです」
ユリア「はぁ~? 私には厳しいくせに~!」
絶妙のツッコミ、にドッと沸く店内。
ふらつきながら大声を上げるユリアをなだめながら、遠巻きに香坂を見つめる小夜。
小夜(香坂さんが、元ホストクラブ勤務・・・?!!)
田宮「じゃあ女落とすテクとかあるの?」
なおも会話に水を差す田宮。
ユリア(なにコイツ、感じ悪・・・)
香坂「いや、僕にそんな技術は。でもマネ程度なら」
嫌味を品良くかわす香坂。
だが、次の瞬間、メガネを外して田宮にぐっと顔を近づけ、田宮の頬に手を添える。
そのBL的なシチュエーションに周囲がどよめく。
香坂が、硬直した田宮の頭をポンポンと優しく撫でながら低い声で甘く囁く。
香坂「ホント、いつも頑張ってるよな。知ってるよ。でも俺の前では、頑張らなくていいから」
その天使めいた笑顔に、不意にときめく田宮。
頭ポンポンのシチュエーションにもだえる女性社員たち。
と、香坂が元の体勢に戻り、
香坂「ホストの先輩方は、こんな感じでした」
と言ってにこやかに微笑む香坂。
女性社員3「カッコいい!」
女性社員4「私にもしてー!」
アイドルのファンミーティング並みに盛り上がる宴会場。
その中で、小夜とユリアだけが押し黙っている。
小夜(あんな、あんな鬼上司が、愛想振りまいてる・・・!)
と、不意に小夜の肩にユリアがガクリともだれかかる。
驚いてユリアを見ると、顔色は真っ青で目をつぶっている。
小夜「ユリアちゃん、気分悪い? トイレ行こうか?」
無言で頷くユリアを何とか肩車で立たせて、トイレへと一生懸命連れていく小夜。
群がる女性社員たちを笑顔でいなしながら、その姿を目の端で追う香坂。

〇居酒屋・トイレ・内
便座の前にしゃがみ込むユリアの背中を小夜がさすっている。
小夜「お水もらってこようか?」
ユリア「小夜さん、スミマセン~。れも正社員に昇格できるのが嬉しくて飲みすぎちゃいました~」
小夜「そうだよね」
ユリアの後ろ姿に微笑む小夜。
ユリア「今日も風邪気味だったんですけど、香坂さんの歓迎会らから、ろうしても参加したくて」

〇リスキリング部・朝
ユリア「面談の時に部長からアドバイスもらって、ビジネススキルアッププログラムに参加して、営業の社内インターンシップにエントリーすることになって!」
小夜「ユリアちゃん、すごい! 営業志望なの?」
ユリア「いや、部長が。で、インターンシップ後は正社員昇格試験も受けろ、って。ウチ、親のコネが弱くて契約社員4年目で、もう辞めよっかなって思ってたのに、すごくないですか?」
小夜「すごい! 応援する!」

〇回想・ファミレス・夜
香坂とユリアが向かい合って座っている。
通りがかりに偶然それを目撃する小夜。

〇居酒屋・トイレ・内
小夜「うん」
ユリア「だから、さっき風邪薬飲んできたから、今日は大丈夫れすよー」
小夜「・・・うん?、!」
便座に顔を乗せたまま、ユリアが眠ってしまったのを見て動揺する小夜。
小夜(待って、たしか、風邪薬とアルコールって、危険なはず。どうしよう・・・)
トイレから慌てて助けを呼びに駆け出そうとする小夜。
と、その足を止める。
小夜(いま私が騒いだたら、酔いつぶれた姿を晒しちゃう) 

〇回想・ホテルのレストラン・夜
香坂「今枝さんは容量オーバーするとテンパる癖がありますよね?」

〇回想・リスキリング部・朝
ユリア「小夜さん! 私、正社員採用試験に受かった~!」
はしゃぐユリア。

〇居酒屋のトイレ内
小夜(せっかく正社員採用が決まったのに、こんな姿を人事部に見られたら・・・)
小夜、いったん目を閉じて深呼吸をしてから、スマホを取り出し電話を掛ける。

〇居酒屋の宴会場・夜
さっきのホスト芸の後に、人事部の女子が香坂の周りに群がっている。
その人気っぷりはホストの帝王さながら。
と、香坂のポケットのスマホが振動。画面には「今枝さん」の文字が。
香坂「ちょっと失礼」
香坂、周囲に詫びながら席を立ち、端へ移動して電話を取る。
香坂「どうしました?」
小夜「いま、女子トイレまで来れますか?」

〇居酒屋・トイレ前通路
心配げな様子をした小夜の前に香坂が駆けてくる。
香坂「で、容体は?」
小夜「私が揺すっても返事がなくて、眠ったままなんです!」
香坂「ちょっと、中に入りますね」
女子トイレ内に急いで入る香坂。

〇居酒屋のトイレ内
トイレ個室の便座に顎を乗せて眠っているユリア。
その姿を見てため息を吐くと、香坂が小夜に指示を出す。
香坂「トイレの前で誰も入らないよう見張っててください」
小夜「ユリアちゃん、大丈夫ですか?」
香坂「薬と酒飲んでる時点でヤバいですが、酔っ払いの介抱には慣れてるんで、大丈夫です。」
無言で頷きつつ、トイレのドアの前に向かう小夜。
香坂「おい、寝るな」
と、頬を叩く音とユリアの嘔吐する声が聞こえて小夜は肩がすくむ。
香坂「そうそう、そのまま吐いちゃいな。ラクになるから」
小夜がこわごわと振り返ると、香坂が腕まくりをしてユリアの背中をさすっている。
その姿を見て、なぜか胸が苦しくなる小夜。が、その気持ちを封じ込め、トイレから出ていこうとする。
香坂「水と、3人分の荷物持ってきてもらえます? で、人事部長にだけ三好さんの体調不良に付き添って帰ると伝えてください」
小夜、真剣な面持ちで頷くと、宴会場へと駆けていく。
ユリアの髪をつかんで背中をさすりながらそれを見送る香坂。

〇居酒屋の宴会場・夜
人事部長に頭を下げながら3人分の荷物を持って立ち去る小夜。

〇居酒屋・トイレ前通路
廊下へ出ると、いまだ酩酊状態のユリアを香坂が雑に引きずっている姿が見える。
香坂「気づかれなかった?」
小夜「はい!」
大荷物を抱えて真面目に答える小夜を見て、慈しみの表情で微笑む香坂。
香坂「こんなヤバい状況で、よくテンパらずに電話くれてありがとう。おかげで三好が生き恥晒さずに済んだ。頑張ったね」
思いがけない香坂の言葉とやさしさの不意打ちに、緊張がほどけて不意に涙ぐむ小夜。
香坂「大体全部吐いたから、たぶん大丈夫。あとは、三好を家まで送るの、付き合ってもらえる? 」
小夜「ハイッ!」

〇居酒屋・外・夜
停車したタクシーに乗り込む3人。相変わらずユリアは起きない。
ユリアのバッグからスマホを取り出すと、勝手に指を掴んで指紋認証させ、さっさとアドレス帳をスクロールする香坂。
その慣れた手つきを見る小夜の目が点になっている。
香坂、ユリアのスマホ画面の「お父さん」の通話ボタンを押しながら運転手に指示を出す。
香坂「すみません、とりあえず〇〇〇〇方面に向かってください」
運転手が頷くと、電話に応答する声がする。
香坂「あ、三好さんのお父様ですか? 私、上司の香坂です。いえ。実は、お嬢様が飲みすぎで倒れまして、タクシーでお送りしてるのですが、詳しい住所と・・、あ、恐縮です。ちょうど手持ちがなかったもので、助かります。はい、私は△△△在住で、同乗の部下は□□□市です。はっ、お気遣いありがとうございます。到着したらまたお電話します」
香坂の会話の様子を伺う小夜。
通話を終えた香坂が、詳細な住所を運転手に伝える。
香坂「察しのいい親で助かった。コイツのタクシー代もこっちの帰宅代も全部払うってよ」
香坂が言いながら右手でネクタイを外してボタンも一つ外す。
小夜「・・・え?」
香坂「だってこの3人だと計4万はするでしょ? 歓迎会でまだロクに飲んでもねぇのに、先に潰れたアホ、タダで送るかっつーの」
突然口調が変わった香坂に戸惑う小夜。
小夜(、ん?)
動揺している小夜を見て、企み顔で香坂が笑う。
香坂「そういう今枝さんも、コイツの介抱で飲めなかったでしょ?」
小夜「私は、いいんです」
ユリア「う、吐く・・・」
香坂・小夜「え~?!」
小夜「ちょ! ユリアちゃん、袋出すから待ってっ!」

〇ユリアの自宅マンション・外・夜
マンション前で立っていたユリアの父親が、停車した車に駆け寄る。
ユリア父「おい、ユリ! 大丈夫か」
ジャケットを脱いだ姿の香坂、ユリアを抱えてタクシーから降りる。
ペコペコとユリア父からお辞儀される香坂を車内で見ている小夜。
香坂が渡した袋(嘔吐物入り)と荷物を受け取ってさらに恐縮するユリア父。
辞退するポーズを見せる香坂に強引に札束を渡すと、車内の小夜にもお辞儀をしてユリアを抱きかかえる。
美しく敬礼して、車内へ乗り込む香坂。
車内からお辞儀しながらユリア父娘宅から出発する2人。
香坂「運転手さん、次は△△△町3丁目のコンビニまでお願いします。」
前方に向き直した香坂が、受け取った札束の枚数を数えている。
香坂「お、これならクリーニング代もいける。運転手さん、これどうぞ。アホな部下が粗相した迷惑料」
運転手「いやいや、全部お二人がキャッチしたから」
香坂「まぁ、そう言わず。置いときますね」
運転席脇のトレイに二万円を置く香坂。そのまま小夜に向かって座り直し、小夜をじっと見つめる。
香坂「さて、提案なんですけど、」
小夜「ハイ?」
香坂「今日は歓迎会で今枝さんと話せなくて残念っす。それで、もし良かったら酒買ってウチで二次会しません?」
小夜(ええっ?)
フリーズした小夜は返答ができない。
香坂「あ、大丈夫ですよ。俺、節操はあるんで」
小夜(せ、節操って・・・!)
香坂「この金額なら、酒も買えますよ? 」
ニッコリとほほ笑む香坂。その笑顔すらなぜか怪しく見える。
運転手の心の声(ダメ、絶対!)
香坂「ちゃんと朝送りますし。なんならいまご家族に電話で事情説明しましょうか?」
焦る小夜。
小夜「いや、それはいいです!」
香坂「じゃあ、決まり」

〇コンビニ前の路上・夜
タクシーから降りる二人。
香坂「俺、このジャケット一瞬だけ水に浸けて2分で戻るんで、とりあえずコンビニで飲みたいヤツ選んどいてください」
小夜「はぁ」
ユリアのよだれが付いたジャケットを持って、コンビニ隣のマンションに足早に向かう香坂。
その後ろ姿を見送ると、小夜が一人で店内に入る。
化粧品コーナーで歯ブラシとメイク落としを手に取っていると、店内に十代後半ほどの男子が4人入店し、一人でいる小夜を見つけて嬉しそうに近づいてくる。
男子たち「おねーさん、一人? 一緒に飲もうよ~」
小夜(ヒィッ!)
男子B「家この辺ー?」
ワイワイと盛り上がる男子たち。
小夜はどう応答して良いかが分からず、動揺している。
すると、後ろから怒気のある低い声が。
香坂「触んな」
振り返ると、ワイシャツ姿の香坂が殺気あふれる眼差しで男子たちを威嚇している。
その眼光と口調の恐ろしさに引き気味の男子たち。
男子A「男連れかよ・・・」
退く男子たちの間をまっすぐ通って、小夜に歩み寄る香坂。
その姿はモーゼの十戒さながらで雄々しい。
香坂「一人にしてゴメン」
そう言うと小夜の後ろに立ち、陳列棚の避妊具と女性用下着をカゴに入れていく。
小夜「・・・え?」
青ざめる小夜に香坂が小声で耳打ちする。
香坂「大丈夫。絶対しませんけど、アイツらこっち見てるんで」
『絶対しませんけど』の言葉がチクリと胸に刺さる小夜。
小夜(だよね。私となんか、ありえないし)
小夜、無言で頷く。
飲料棚で小夜の好みを聞きながらアルコール類、続いてつまみ類をカゴに入れていく香坂。
会計を済ませて店を出ると、表にたむろしてる男子たちを一瞥し、わざとらしく小夜の腰に手を添えるフリをする香坂。
触れそうで触れない手に動揺する小夜。
そんな小夜に思いっきり顔を近づけて香坂がささやく。
香坂「今だけ、調子合せてください。セクハラのお咎めは、後でなんなりと受けます」
男子たちの冷やかしの声を後にコンビニを去る二人。

〇香坂の住むマンション・玄関・夜
香坂「ちょい散らかってるけど、どうぞ」
玄関のドアを開ける香坂。
小夜「お邪魔、します」
おずおずと入ると、靴を脱ぎ、それをしゃがんで揃える小夜。
その行儀のよさに面食らったのち、小夜の後ろ姿を好ましそうに見つめながら香坂が声をかける。
香坂「その右、風呂場なんで使ってください。いま着替えも持ってきますから」
小夜「着替えっ?!」
香坂「え? 今枝さんも被弾したでしょ? 三好の」
言われて自分の服のにおいを嗅ぐ小夜。確かにくさい。
小夜「ありがとう、ございます。」
洗面台に進み、手を洗う小夜。
そこへ香坂がスウェット上下を持ってくる。
香坂はすでにTシャツとスウェットパンツに着替えていて、細いながらも骨格の美しさが際立ち、小夜はドキリとする。
香坂「俺の服もいま洗濯機に突っ込んでるんで、洗いたい物あったら一緒に」
赤い顔で顔を逸らす小夜を真顔で見つめると、香坂が訊ねる。
香坂「初めてですか? 男のウチ」
小夜「いえ、ありますけど! まさか上司の家にお邪魔するとは・・・」
赤面して否定する小夜。
香坂「そうなんすね」
心なしか驚いた顔をする香坂に、小夜が小さく頷く。
香坂「じゃ、コレ。着替えたらリビングにどうぞ」
スウェットを手渡す香坂に小夜が焦って訊ねる。
小夜「あの、部下とはいえ、ご迷惑では? 彼女さんに連絡しなくてもいいですか?」
香坂「いませんから。そんなん」
ニッコリ笑って即答すると、ドアを閉める香坂。
小夜(そうなんだ・・・)
拍子抜けした小夜が着替え始める。
ドアの向こうでは、香坂がしゃがみ込んで赤面している。
香坂(あるんかー、男の家・・・!)

〇香坂のマンション・リビングルーム・夜
テーブルにコンビニで買った商品を並べている香坂。部屋着で髪型もラフなせいか、いつもの怖い印象とは全く異なる。
と、そこに着替えた小夜が入ってくる。
小夜「わ、すごい本の数・・・」
壁一面の本棚を見て思わず声を上げた小夜に香坂が振り返ると、ブカブカのスウェット姿が小夜の小柄さを強調していて愛らしい。
その姿に動揺しつつ、ソファへの着席を勧める香坂。
香坂「こっち、どうぞ」
そういうと自分はテーブル脇の床に、じかに座る。
小夜「なにからなにまで、すみません。」
深々とお辞儀をしながらソファに腰掛ける小夜。その折に胸元がチラ見えして焦る香坂。
香坂(っオイ!)
顔では平静を装いつつ、小夜が選んだ缶を手渡す香坂。
香坂「今枝さん、飲めるんですか?」
小夜「イエ、私はあまり。香坂さんは?」
香坂「普通、ですかね。でもとりあえず、マジお疲れさまでした!」
と、缶をぶつけた拍子に小夜の缶から泡が噴き出す。飛沫が顔に飛び散って慌てる小夜。
その泡まみれのしかめ顔が妙にエロく、それを見てさらに動揺する香坂。
ティッシュ箱をすぐさま掴むと小夜に突き出す。
香坂「これ!」
会釈して受け取り、顔を拭きながらしょげる小夜。
小夜「なにからなにまで、ずみません・・・」
その声が涙声なのに気づいて香坂がギョッとする。
香坂「え?!」
小夜の心が決壊し、涙が止まらない。
小夜「私、年上なのに、仕事も遅いし、どんくさいし、お二人の空気も読まずに私が香坂さんの家にまで上がっちゃって・・・」
香坂「は? ちょっ! 『お二人』って、誰?!」
小夜「・・・え? ユリアちゃんと香坂さん」
香坂「ない! マジでない!」
小夜「え? でもこないだお二人でいるの見ました。ファミレスで」
香坂「あれは! 正社員採用試験に受かるために指導してただけでっ!」
小夜「え? てっきり私・・・」
キョトンとした顔の小夜に香坂が被せ気味に即答する。
香坂「アナタですから! 俺が好きなのは!」
しばし石仏化する小夜。解凍後に、かろうじて口を開く。
小夜「・・・ハイ?」
その様子を見てため息を吐く香坂。
香坂「やっぱ気づいてなかったか・・・」
小夜「って、えええええええええっーー??!!!! 」
香坂「―一応聞きますけど、俺の事、覚えてないっすよね?」
小夜に一歩歩み寄る香坂。
そして詰められた距離分、小夜が身を退く。
小夜「はい・・・。ていうか、普段としゃべり方が別人」
香坂「こっちが素」
そういうと、おもむろに香坂が立ち上がり、本棚の隣のチェストからあるものを取り出して、それを小夜に差し出す。
香坂「これ、今枝さんのですよね?」
それは、綺麗にたたまれた一枚のハンカチ。
小夜「あ、私のです。・・・って! え? じゃあ、あなたは?!」
香坂「そうっす。やっぱ覚えてなかったかー。チッ」
残念そうな香坂。
その顔が過去の記憶と重なる。

〇5か月前・オフィスエントランス・夕方
エレベーターから小夜が降りると、ビルの外は土砂降りになっている。
うわぁ、という顔でバッグから折り畳み傘を取り出す小夜。
と、エントランス入口に、スーツ姿の男性がズブ濡れで立ち尽くしている。
その脇を通りながら、一旦はスルーしようとするも、その男を無視できず、意を決して声をかける小夜。
小夜「あのっ、何階に行かれますかっ?」
小夜のほうを男が見る。
リクルートスーツ姿だが、その髪も服も鞄も濡れ、無残な有様をしている。
けれど濡れ髪の間から覗く眼差しがやたら鋭敏で艶めかしい。
男「・・・あ、7階の〇〇〇という企業で面接なんですが、ここに着く直前にこの雨で、コンタクトレンズが落ちてしまいまして」
失意を帯びた男の姿を見て、サッと自分の傘をバッグに隠す小夜。
小夜「そうなんですね。 あの! 私そこで働いてまして、傘を席に忘れたので、良ければ7階までご一緒しませんか?」
男が驚いた顔で小夜を見る。そして次の瞬間、敬礼をする。
男「ありがとうございます!」

〇エレベーター・中・夕方
ためらいがちに自分のハンカチを差し出す小夜。
小夜「あの、良かったら、どうぞ」
男、コンタクトを落としたせいか視界不良な様子で目を細めながら恐縮してそれを受け取る。
男「本当に、スミマセン!!」
小夜「いえ、お手洗いにはハンドドライヤーもありますよ」
ふふっ、と顔の前で手を振りながら笑う小夜。
と、ふわりと優しい香りがエレベーター内に満ちる。
男(え? なに、このいい香り)
男の視界にはボンヤリとした女性の姿しか見えないが、香りははっきりと感じている。
そして借りたハンカチでずぶ濡れの顔を拭きながら、高まる動悸に自身で驚いている。
男(今まで生きてきた中で、一番いい匂いするんすけど・・・)
と、思わず深呼吸をしたと同時にエレベーターが停止する。
『開』のボタンを押した小夜が、男に先に降りるよう手で促す。
「面接は何時からですか? 良かったら先にお手洗いまでご案内しますか?」
男「・・・何から何まで、すみませんっ!」
小夜「いいえ、お気になさらず。」
トイレに向かって通路を連れ立って歩く二人。
と、男がおもむろに小夜に言う。
男「あの、香水がいい香りですね」
と、小夜はトイレの前で立ち止まって返答する。
小夜「? 香水はつけてないんですが。」
男(え?)
小夜「トイレ、こちらです。あと、面接頑張ってくださいね。ご縁がありますように」
にこやかに言うと、会釈をして立ち去る小夜。
男「あ、ありがとうございました!」
男(やべ、名前聞き忘れた・・・)
立ち去る小夜を見つめながらハンカチをぎゅっと握る男。

〇香坂のマンション・リビングルーム・夜
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で香坂を見つめる小夜。
小夜「えっ! アレ、香坂さん?! メガネは?!」
香坂「あの日は気合い入れたくてコンタクトにしたんです」
小夜「えー!!」
自分を露ほども覚えてない小夜のリアクションに凹む香坂。
そして香坂がメガネを外して見せると、二人の顔がリンクする。
小夜「・・・ホントだ!」
ため息を吐くと、香坂がプロポーズ座りで小夜の足元に跪く。
香坂「つまり、あなたは俺の恩人なんです。」
小夜「は、はぁ・・・」
香坂「そして、あなたの香りに一目ぼれしたんです」
小夜「はい?」
上目遣いで小夜を見つめる香坂の凛々しい視線に動揺しまくる小夜。
小夜「香り?」
香坂「嗅覚って、五感の中で一番原始的って、知りません?」
小夜「はい?」
香坂「つまり、いい香りと感じる相手は、DNAレベルでタイプってことなんです。それで、今枝さんは俺の人生で逢った人の中で一番いい匂いがするんです」
小夜「DNA・・・?」
香坂の発言に?ばかりで返す小夜の態度に業を煮やした香坂が言う。
香坂「好きって言ってるんですよ。だから」
小夜「・・・、すみません、なんか、幻聴が」
香坂の本気の告白すら、まともに受け取れない小夜。
その手ごたえのなさに、両手で頭を抱えて絶望する香坂。
気まずい沈黙が部屋を覆う。
小夜「でも、あの人面接大丈夫だったかなって思ってたから、良かった。採用されて・・・」
はぁー、と大きくため息を吐いて再度小夜を見つめる香坂。
メガネレス&前髪を下ろしているので、会社とは雰囲気が違って色っぽい。
香坂「小夜さん、俺と付き合ってくれませんか? コレ言いたくて今日ウチに誘ったんすけど」
小夜「付き合う?」
香坂「はい」
小夜「え? でも私、ダメ部下ですよ・・・」
香坂「関係ないでしょ、そんなの。それに、仕事は遅いけど丁寧って言ってますよね、前から」
ぐっ、と息をのむ小夜。
小夜(確かに、指導は厳しいけど人格を否定されたことは、ない)

〇回想・リスキリング部・朝
猫の話をしたときに、かすかに笑った香坂の顔。

〇香坂のマンション・リビングルーム
香坂「ちなみに、ここに女性をお招きするのは初めてっスよ」
小夜「えっ、香坂さん、じゃあ、童て・・・」
ピントが外れた小夜のリアクションを遮るように香坂が答える。
香坂「違うから! あー、もう」
申し訳なさそうに顔を逸らす小夜。
と、香坂が立ち上がって小夜の脇に片膝を乗せて上から小夜を見下ろす。
香坂「言っときますけど、上手いですよ? 無茶苦茶。踏んでる場数が桁違いですから」
小夜、その発言におののく。
小夜(桁違い・・・?)
片膝を下ろして元の床に座る香坂。
香坂「でも、今日は何もしません。てか、小夜さんがOKくれるまでは何もしませんから」
ドキドキし始める小夜。
小夜(本当に? 好き? 私を?)
香坂「俺のポリシーは、性的同意なんで。許可なく手は出しません。絶対に」
小夜「は、はぁ。」
香坂「でも、前向きなお返事、お待ちしてますから。とりあえず、今日は飲みましょ」
ニヤリと笑って小夜の缶に再度缶をぶつけると、カンパイ、と言って香坂がつまみの封を切る。

× × ×
飲んでいるうちに寝落ちた小夜をお姫様抱っこでやさしくベッドに運んで寝かせる香坂。
小夜の寝顔を愛おしそうに眺めてから、ベッド下に毛布を敷いて自分はそこに横になる。
香坂(けっこー寒ぃな)

〇香坂のマンション・ベッドルーム
カーテン越しのまぶしい朝日で目が覚める小夜。
そこは香坂のベッドの上だが、自分ひとりしかいない。
室内を見回し、ベッド下に毛布を敷いて眠っている香坂を発見する。
腕を組んで眠ってる香坂の、見たこともないようなあどけない寝顔の可愛さに、思わず見とれる小夜。
そして、ベッドからそろそろと降りると、自分が掛けていた厚めの布団を、そうっとやさしく香坂に掛ける。そして洗面所に向かい、音を立てずに身支度をする。
× × ×
鍵が玄関ポストに落ちる音で、ぼんやり目を覚ます香坂。
バッと起き上がるが、もうそこに小夜はいない。
慌ててリビングへ向かうと、テーブルに小夜の丁寧な字で書かれたメモが置いてある。
小夜のメモ「昨夜はありがとうございました。私一人ではユリアちゃんを助けることができませんでした。よく眠ってらっしゃるので、今朝はこのまま失礼します。鍵は玄関ポストに入れますね。今枝」
その手紙を見て、切なそうな顔で天を仰ぐ香坂。
洗面所には、小夜が着たスウェットがたたまれて置いてある。
香坂「あー、もう・・・」

〇リスキリング部・朝
週が明けた月曜、普段通りに出社する小夜。
と、ユリアが香坂に平身低頭で金曜の件を詫びている。
ユリア「ご迷惑をおかけしました・・・!」
香坂「ホントだよ」
出社した小夜に気付いたユリア。
ユリア「あ、小夜さ~ん! 金曜日はすみませんでした!」
小夜「ううん。大丈夫だった? あの後」
ユリア「小夜さんが命の恩人です!」
ユリアが小夜に抱き着く。
二人の様子を香坂が自席から見つめている。
そんな香坂と目が合い、先週自分が告白されたことを思い出し、小夜は急に恥ずかしくなる。
ユリア「小夜さんも風邪? 顔が赤い」
ユリアに指摘され、うろたえる小夜。
ユリアはニヤニヤしながら香坂に視線を送る。
が、香坂はポーカーフェイスで完全スルー。

〇ミーティング室・中・朝
面談に臨む香坂に、ニヤけ顔で歩み寄るユリア。
ユリア「部長、小夜さん狙いですよね?」
突然言われ、香坂が珍しく動揺する。
香坂「は?! なん、でソレ!」
ユリア「私、大学の専攻、心理学なんですよ」
得意げに笑うとユリアが続ける。
ユリア「本人には内緒にしてあげます、けど」
と、終業後の昇級試験合格への指導をオファー。
不本意ながらその条件を呑む香坂。

〇回想・リスキリング部・朝
ユリア(あれ?)
ユリアは実は大学で心理学を専攻しており、香坂の対面時の角度と距離がユリアと小夜で異なることから、香坂自身も気づいていない小夜への好き漏れに気付く。

〇ファミレス店内・夜
平日の退社後に特訓を行うようになった2人。
その際の香坂のユリアに対する扱いは非常に雑で口調も荒い。
素の香坂を見ながら、ユリアは心の中で毒づく。
ユリア(いちいちカッコよくて、ムカつく)

〇ミーティング室・中・朝
小夜が給湯室へ離席したとたん、ユリアが香坂に訊ねる。
ユリア「で、どうなった? あの後」
香坂が心底ウザそうに応える。
香坂「何もねぇよ」
ユリア「えー! 私の送りを活用できなかったヘタレ、だっさ」
香坂「うるせぇ」

〇オフィスフロア・朝
ドリンクサーバーにお湯を入れる小夜。その表情は困惑ぎみ。
小夜(これからどんな顔で話せばいいのか、分からない・・・)
(第2話・完)

第3話(全3話)

〇リスキリング部・朝
香坂が入社して3カ月。
リスキリング部にはスタッフがさらに加わり、以前より活気が増している。
香坂小夜(29)も、香坂の業務補佐と営業のプレゼン資料作成を兼務しており、忙しいなかでも充実した表情をしている。
三好ユリア(25)の肩書も、契約社員から正社員に昇格。
本人のモチベーションも上がり、キビキビと動いている。
以前よりスタッフが増えたオフィスで、香坂は各部下に的確な指示を出す。
そして香坂は小夜とユリアを伴い、役員フロアの会議室へと向かう。

〇役員フロア・会議室・昼
香坂が会議室で役員たちを前にプレゼンテーションをしている。
【社員のリスキリングによるパフォーマンス向上と企業の好循環】
というタイトルの資料を見ながら、香坂の発言を熱心に聞く社長と役員たち。
会議参加者の中で二十代は香坂一人だが、臆することのない堂々とした発言に、皆もその実力を認めざるを得ない。
香坂が続けてスクリーンの表示をスイッチする。
『リスキリングには、個々のヒアリングと教育方法が重要』という画面がモニターに映し出される。
そしてその成功例として、小夜とユリアのケースを紹介する香坂。
役員たちもその成果にどよめく。
でかでかとモニターに映る自分を見て恥ずかしくなる二人。
だが二人の事例を紹介する香坂は誇らしげで堂に入っている。
会議終了後、社長が香坂に歩み寄る。秘書も後から付き添う。
社長の容貌はかなりこわもてが、満面の笑み。
社長「香坂くん、役員もようやく理解が追いついたようだ。素晴らしかったよ」
香坂「光栄です」
キラースマイルで応える香坂。
夜職というキャリアに偏見を持たず、香坂の実力を買って採用した社長にとって、香坂は強力な戦力として認められている様子。
会議後、プロジェクターの片づけを三人でしていると、香坂のスマホが鳴る。
部署の新メンバーからの呼び出しに応答し、二人に詫びて先に会議室を抜け出す香坂。
ユリア「なんか認められまくってますねー、香坂さん」
小夜「本当だね。すごい」
ユリア「でもまさか私たち二人がモルモットだったとは」
自嘲気味にユリアが呟く。

〇回想・リスキリング部・朝
一カ月前の朝。
香坂が出社し、デスクに鞄を置くと、二人に声をかける。
香坂「新規の業務依頼が営業から来ました。今枝さんにお願いしたいのですが」
小夜「は、はい!」
小夜が香坂の席へと歩み寄る。
書類を見せながら説明する香坂。
香坂「いま受講しているオンライン学習コースの内容が活かせる業務だと思うので」
小夜「承知しました」
書類を預かり、自席に戻る小夜。
ユリア「小夜さん、できそうです? その代わり通常業務、引き取りますんで」
小夜「ありがとう」
決意した表情でユリアに笑いかける小夜。
そのやり取りをデスクから見ている香坂。
香坂(こないだのミーティングの話からすると、この業務、向いてるはず)
書類を見ながら、さっそくPCで作業を始める小夜。

× × ×

プリンタで出力した書類をデスクに運び、香坂のチェックを仰ぐ小夜。
書類をめくりながら、しばし無言の香坂を小夜が心配げに見つめている。
香坂「今枝さん」
小夜「は、はい」
香坂「オーダーの何倍も完成度が高いです。これなら営業も喜びます・・・!」
予想外の高評価に、照れる小夜。
小夜「総務で担当したことがない業務だったので・・・」
香坂「なぜ高校時代の専攻を採用面接時に言わなかったんですか?」
小夜「業務の役に立つとは思ってなくて」
香坂、立ち上がって書類を持ち上げて満面の笑みで微笑む。
香坂「一緒に営業部に行きましょう。これから忙しくなりますよ」
小夜「・・・ええ?」

〇回想・オフィス内・営業部・夕方
香坂が小夜を伴って担当者のデスクへと赴く。
二人に会釈をする営業部の男性社員・川村。
香坂から受け取った書類を見て、歓声を上げる。
川村「え、もうできたんですか? しかも、すっっごい! メチャクチャ良くできてる!」
川村の興奮した様子を見て、周囲の社員たちも書類を見に集まる。
社員1「え、なに?」
社員2「ホントだ、すげぇ!」
社員2「これならプレゼン勝てそうだな」
そこへ、営業部長の岡本もやってくる。
岡本部長「香坂君、急な頼みに応えてくれてありがとう。・・・すごいな。これ君が?」
香坂、凛々しく微笑んで、右手で小夜を指す。
香坂「いえ、今枝さんが」
社員一同「えっっっ?!」
まさか、というリアクションに委縮して縮こまる小夜。
香坂「はい。今枝さんは高校の専攻がデザインという、隠し玉持ってました。うちの部署は社内ジョブ受付中なので、もしまたご要望があれば、彼女に」
そう言って岡本部長に会釈する香坂。
褒められたのは小夜なのに、それを香坂が自分の事のように喜んでいるのが隣にいる小夜にひしひしと伝わる。
社員1(愛人が・・・)
社員2(マジか)
社員3(リストラ候補じゃなかったのかよ)
岡本部長「いや、本当に助かる。川村はうちのエースだが、プレゼン資料の作成が苦手で、リテイク続きで残業超過していたんだ」
川村「このプレゼン資料なら、勝てる気がします! ていうか、勝ちます! 今枝さん、ありがとうございます!」
今枝「とんでもないです」
動揺しながらもお辞儀を返す今枝。
それを嬉しそうに見つめる香坂。

〇回想・オフィス・休憩所・夕方
小夜「まさか、あんなに喜ばれるとは・・・」
びっくりした様子の小夜を見て噴き出しながら、香坂が自販機の前に立つ。
香坂「いや、あのクオリティでパワポできるなら、神です。Macでデザインしてたなんて、早く言ってくださいよ」
小夜「すみません」
香坂「今枝さん、これでリストラ候補除外、確実ですね」
小夜「・・・本当ですか?」
香坂「営業は、交渉は上手だけと、パワポ苦手って人結構いるから。あの資料見たら要請殺到っすよ」
小夜「嘘・・・」
香坂が自販機のボタンを押してお茶を選ぶと、それを小夜に渡す。
香坂「はい」
小夜「ありがとうございます」
香坂「今日はこんなトコで悪いけど、改めてお祝いしましょう」
小夜「いえ、とんでもない!」
香坂、コーヒーを自販機から取り出しながら小夜の返答に首をかしげる。
香坂「なんで? これで今枝さんも三好さんも、会社に残れますよ? めでたすぎでしょ」
コーヒーを飲みながら、満面の笑みを小夜に見せる香坂。
滅多に見ない香坂の笑顔に、不意に撃たれる小夜。動機が早くなる。
小夜(じゃ、営業部に一緒に行ったのは、私の営業してくれたってこと・・・?)

〇回想・居酒屋店内・夜
香坂・小夜・ユリアの三人で飲み会中。
ユリア「小夜さん、ホント良かった~」
小夜「いや、ユリアちゃんこそ、昇格試験合格おめでとう」
ユリア「ていうか、この部署ってなんでできたんですか? そもそも香坂さんがこの会社来た理由がずっと気になってたんだけど」
香坂「それは、業績が悪いから。旧経営陣はリストラに傾いてたけど、新社長は社員を活かす方法を俺に託したから、回避策を探してた。いままで人材育成に注力しなかったから、社員にキャリアパスを示せなかった。これで倒産したら、路頭に迷う人も出るし」
想像より重い使命を香坂が背負っていたことを知り、ギョッとする小夜とユリア。
香坂「俺にできるのは、社内での活路の見出し方。それか、よその会社に行っても戦力になるようなスキルが身に着けられるよう、社員に意識改革を促したい」
そう言うと、ビールを飲み干す香坂。
香坂「ホストクラブも、同じなんだよ。キャラが迷走して伸び悩むヤツとか、指名が来なくて焦るヤツとか。で、方向性の相談乗ると、すごく売れ出したりして」
ユリア「それで歌舞伎町でお店が一番になったの?」
香坂「そう。だから、今枝さんと三好さんの『得意』がずっと知りたかった。でもこれで、流れ変えれそう」
小夜「つまり、リストラ候補の私とユリアちゃんは、実験台だったってことですか?」
香坂「成功のロールモデル、ね」
ユリア「実験台でしょ?!」
香坂「でも、二人の能力証明できたし。それがすっげー嬉しい」
屈託なく笑う香坂は心底嬉しそう。
香坂「これで、リスキリング部の存在意義もできたし、人も増やせる」
小夜「そうなんですか?」
香坂「だって、二人ともこれから営業の管轄になると思うし」
小夜(そうなんだ)
寂しい気持ちに襲われる小夜。
小夜(そう言えば、告白の返事、してない・・・)

〇リスキリング部・夜
午後6時。部署の面々が香坂に挨拶をして、それぞれ退勤してく。
1人になったオフィスでしばらく残業をしてから、香坂もあわただしく退勤後、最寄り駅から電車に駆け込む。
腕時計を見ながら急いで降車駅の改札を出ると、駅前の書店に向かう。
そこには、デザインソフト関連本を探す小夜の姿が。
小夜に駆け寄り、待ち合わせに遅れたことを詫びる香坂。
その神々しい尊顔に顔を赤らめつつ、さほど待ってない旨を伝える小夜。
小夜の照れた表情をガン見する香坂。
香坂(あー、今日もクッソ可愛いな、この人)

〇回想・給湯室・昼
1か月前に香坂に告白され、恋愛経験値の低い小夜はどう返事をしたらよいか困惑していたが、その後の社内での香坂の対応が良くも悪くもまったく変化しないおかげで、小夜は変なプレッシャーを感じることなく、日々仕事に励んでいた。
が、ある日給湯室で会った際に、香坂に呼び止められる。
そのまま資料室へと連れていかれる小夜。

〇回想・資料室・昼
仕事の用事かと思いきや、部屋のカギをかけた香坂に詰め寄られる小夜。
香坂「その後のお気持ちの進捗、いかがです?」
香坂に訊ねられ、保留にしていた件の返事を実は香坂が待ちわびていたことに気付き、うろたえる小夜。
激しく狼狽している小夜を見て、やはり時期尚早だったかと心の中で自身に舌打ちする香坂。
香坂「俺べつに振られてもストーカーする気はないんで、バッサリ斬ってもらって構いませんよ」
その言葉を聞いて、小夜が気まずそうにうつむく。
香坂(ああ、また。心にもないことを)
小夜にだけ、自分のペースが乱される自分に忌々しさを覚える香坂。
意を決して、香坂に口を開く小夜。
小夜「香坂さんの前職が意外すぎて驚きましたが、いまは上司として尊敬しています。その上で、告白されたのは予想外過ぎたけど、光栄です」
小夜に褒められすぎてどうリアクションしてよいか戸惑う香坂。
小夜「でも私、恋愛経験が、本当に乏しくて」
香坂「はぁ」
小夜「そんな自分が、上司とどういう距離感で接して良いか分からないし、フィジカルなコンタクトが、怖いんです・・・!」
その間も多忙な香坂のスマホは振動しっぱなしだが、香坂は着信をスルーして小夜の言葉に全身全霊を傾ける。
小夜の素直な感情を真剣に受け止めた香坂は、小夜に提案をする。
香坂「じゃあ、いくつか提案させてください。まず、社内では関係を伏せる。その上で、お試し期間を設ける。期間内は、小夜さんの意向をすべて聞きます」
小夜(すべて?)
香坂「それでもやっぱり無理だと思ったら、断ってもらって構いません」
小夜(それ、香坂さんになんのメリットが・・・)
香坂「それで振られたとしても、業務上の態度も処遇も一切変わることなく接することを誓います」
そう言い切る香坂。
香坂「その上で、良かったら、トライアルのオファーを受けていただけると」
小夜「トライアルって、なんですか?」
香坂「それは小夜さんの恋愛レッスンを兼ねた『お試しの交際』です。」
小夜「お試し?」
香坂「一緒に食事をするなどの疑似デートを任意の間隔で設けることにより、交際の機微を体験でき、かつフィジカルなコンタクトを図らないことで恐怖は回避できるかと」
小夜「それはありがたい申し出ですが、香坂さんになんのメリットがあるか分かりません」
そう呟く小夜。
香坂「え? お試しでも好きな人とデートできるのは嬉しいです、非常に」
小夜「フィジカルなコンタクト、ナシでもですか?」
そして「はい。ぶっちゃけて言いますと、自分は人生4回分ぐらいの経験があるので、フィジカルなコンタクトを急かすほど余裕がないわけじゃないし」
と打ち明ける。

〇回想・香坂のマンション・リビング・夜
香坂「踏んでる場数が違いますから」
平然と言い放つ香坂。

〇回想・社内資料室・昼
小夜(そういえば、場数が違うって)
だが具体的にそれがなにを意味するのか、小夜には実のところ、よくわからない。
携帯の呼び出しに観念し、香坂が小夜に詫びてながら資料室を出る。
資料室に一人残された小夜は、早まった脈を落ち着かせるべく、業務に使えそうな本を2冊選ぶと、資料室を出る。

〇回想・リスキリング部・昼
皆忙しそうにしているオフィスで、ついさっきのことが夢だったかのように業務に集中している香坂をちらりと見ると、小夜も気を引きしめて自分の業務に取り掛かる。
と、香坂のPCに社内チャットツールでユリアからメッセージが。
ユリアのメッセージ『あの役員の話、父親に聞いてきたよ~』
香坂、速攻で返信を送る。
香坂のメッセージ『昼飯おごるから聞きたい』

〇回想・一軒家の高級イタリアンレストラン・店内・昼
ユリア「小夜さん、ずっと彼氏いないってよ」
香坂(でも男の家に行ったことあるって言ってたよな)
ユリア「てか、なんでこんな無駄にいいお店でランチ?」
香坂「会社の人間いなさそうだから」
フン、と不愉快そうにデザートをほおばるユリア。
香坂「あと、例の役員って、分かった?」
ユリア「父親が、昔何度か会ったって。でも善人っぽいおじいさんで、愛人どうこうってタイプじゃないみたい」
香坂「そうか・・・」
ユリア「つーか、本人に訊いたら?」
香坂「なんか、もっと違う事情な気がしてて」

〇回想・一軒家の高級イタリアンレストラン・外・昼
店を出てオフィス街を歩きながら、ユリアが言う。
ユリア「このクラスの店で奢ってくれるなら、もう少し父親に聞いてやってもいいよ」
香坂「ありがとう」
香坂が笑って礼を言い、二人で歩く。

〇回想・リスキリング部・昼
自宅から持参した弁当を食べながら、小夜がスマホの画面を見つめる。
そして意を決して、香坂宛にメッセージを送る。
小夜「先ほどのお話、どのように進めたらよろしいでしょうか?」

〇回想・エレベータ内・昼
スマホの着信に気付いた香坂が画面を見る。
小夜からのメッセージを見て、その表情がみるみる明るくなる。
香坂(ッッッッッッシャアアアー!)
密かにガッツポーズを取る香坂。それを白けた顔でユリアが見ている。

〇書店前・夜
書店を出て、夜道を連れ立って歩く香坂と小夜。
香坂のマンションに到着する二人。

〇香坂のマンション・リビング・夜
小夜を部屋へ誘導すると、冷蔵庫のものを取り出して調理に取り掛かろうとする香坂。
それを押しとどめて、まずは着替えを促す小夜。
香坂はそれに従い、寝室へ。
その間にジャケットを脱ぎ、手を洗い、冷蔵庫から野菜を取り出す小夜。
小夜(いきなり手料理とか、しない方がいいよね、たぶん)
小夜が思案していると、早々に着替えた香坂がキッチンに戻ってくる。
なんでもないカットソーとスウェット姿だが、スーツ姿とのギャップも相まって、イケメンの後光が差すほどに様になっている。
その姿を見て動揺した小夜が、まな板の上の人参を落としそうになる。
慌てて手を伸ばした二人が、床にしゃがみ込んで同時に人参に触ったため、お互いの手を取り合った形になる。
初めて手が触れて焦る二人。
香坂に謝ってすぐさま手を離す小夜。
が、香坂が思い切って小夜に訊ねる。
香坂「嫌だったら言わなくていいんですけど、昔行ったことがある男の部屋って、彼氏ですか?」
その直球な質問にギョッとした表情を浮かべる小夜。
香坂の顔を見ずに、うつむきながら応える小夜。
小夜「はい・・・」
それを聞いて黙り込む香坂。
香坂(てことは、その男とイヤな記憶があるってことか?)
香坂「前も言いましたけど、小夜さんが嫌がることはしたくないんです。マジで。」
香坂の顔を見ずに、うつむきながら応える小夜。
小夜の表情が暗いのを見て、香坂が立ち上がり、笑顔で声をかける。
香坂「良かったら本棚の本とか、適当に見ててください。気になるのあったら読んでもいいし」
そう言うと、香坂は手際よく料理を始める。
その言葉に従い、小夜は料理は香坂に任せて、壁一面の本棚を嬉しそうな表情で眺める。
一つの空間にそれぞれの時間が流れる。
出来上がった料理を香坂がテーブルに並べる。
それは特に凝ったものではないが、どれも非常においしそうで、小夜は息を飲む。
小夜「お料理、上手なんですね・・・!」
香坂「いや、お口に合うか、ちょい自信ないですが」
ふたりで手を合わせて夕食が始まる。
小夜がおいしそうな表情を浮かべる。それを見つめる香坂の表情は会社とは打って変わって和やか。
会話を交わす二人はリラックスした様子。

× × ×

夕食後、香坂の本棚を見ながら、話しあう二人。
数冊の本を手に取り、小夜に手渡す香坂。
それを手に取って眺める小夜を香坂が愛おしげに後ろから見つめる。
ふと、小夜が振り返ると香坂の視線と目が合う。
とたんに小夜の顔が赤くなり、動きがぎこちなくなる。
香坂「すみません、ガン見しちゃって・・・」
香坂が素直に詫びる。
小夜「いえ・・・!」
やや気まずい空気が流れる。
と、小夜が決心した表情で香坂に話しかける。
小夜「・・・あの! その、私が良ければ、その、香坂さんはできるんですか・・・?」
拍子抜けした顔で小夜を見る香坂。
そして一拍置いて応える。
香坂「もちろん」
やや意外そうな顔を浮かべる小夜。
香坂「え? 俺、好きって言ってますよね。そりゃ好きな人とは、したいでしょ」
その迷いのない回答に、黙考する小夜。
小夜「そうなんですね・・・」
香坂「小夜さんは、あんまりですか?」
うつむいて黙り込む小夜。
また地雷を踏んだかと、香坂は内心自分に舌打ちしている。
小夜「いや、そうじゃなくて・・・」
香坂「?」
小夜が目をつぶって、思い切って答える。
小夜「1回しか、ないんです。しかも、忘れたいぐらい悲惨で・・・」
しばしの沈黙。
そして香坂が口を開く。
香坂「多いですよね。そういう女性。でも、それ、たぶん相手のせいですよ」
小夜「え・・・?」
香坂の返答に意外そうな表情を浮かべる小夜。
香坂「嫌な記憶を蘇らせて恐縮ですが、その人、慣れてましたか?」
小夜「いえ。・・・多分、同じく初めてだったかと。」
香坂「なら良くなくて当然ですよ」
目からうろこが落ちたような顔を浮かべる小夜。
小夜「そうなんですか?」
香坂「自分が聞いた限りだと、そういうの多いです。なので」
小夜の目をしっかり見つめて香坂が落ち着いて言い放つ。
香坂「自分が悪かったんじゃないかって、思う必要ないです」
小夜「本当に、そうでしょうか」
小夜の心につっかえていた重い記憶の塊が、香坂の言葉によって少し溶けていく。
香坂「そう思います。なんなら、試します?」
と軽く言った後、すぐに香坂が自分の放った言葉を悔やむ。
香坂(あ、俺、また余計なこと言った!)
小夜「試す・・・?」
一瞬ゆるんでいた小夜の緊張が再び急上昇する。
身を固くしてこわごわと香坂を伺う小夜の表情は硬い。
香坂「すみません、フィジカルなコンタクト、ナシって言ったのに」
頭を下げて謝罪する香坂。
小夜「あの、 ・・・手をつなぐのは、構いませんか?」
思い切って香坂に小夜が訊く。
香坂「・・・えっ?」
香坂が顔を上げて小夜を見ると、顔が羞恥で赤く染まっている。
思わず目が点になる香坂。
香坂「いいんですか?」
目をつぶってぎこちなく数回頷く小夜。
香坂(ヤバい)
香坂「嬉しいです」
心の声が思わず口を突いて出る香坂。
小夜「あの、私手を洗ってきま・・・」
洗面所に行こうとする小夜を両手で制すると、
香坂「そのままで、いいですから」
そう訴える香坂。
いさめられて、頷くと、小夜が右手を恐る恐る香坂に差し出す。
その恥じらう表情が香坂の脳髄と本能を直撃する。
香坂(なんなん、この可愛さは)
香坂「俺、手を洗った方がいいですか?」
無言で首を横に振る小夜。
安堵して、小夜の右手にそっと触れる香坂。
小夜・香坂(あ、ったかい)
触れ合った者同士の安堵と静かな高揚に包まれる二人。
香坂「・・・嬉しすぎます」
目を閉じて、小さくつぶやく香坂。
黙ってうなずいてから、小夜が口を開く。
小夜「実は、からかわれているのかと・・・」
意外そうに眼を見開く香坂。
香坂「なんで?」
小夜「なんで私なのかが分からなくて」
そう言って、自信のない表情を浮かべる小夜。
有能な上司の香坂に対して、小夜が引け目を感じていたことを知る。
香坂「好きって、理屈じゃないし」
小夜の手に触れる香坂の手に少し力が入る。
小夜「・・・はい」
香坂「現にいま、俺は天にも昇る気持ちです」
それを聞いて、照れくさそうな顔をする小夜。
香坂「フィジカルなコンタクト、千人以上としてますが、こんな気持ち、生まれて初めてです」
香坂の発言に、小夜はギョッとする。
『千人』という発言と単位が衝撃的すぎて、小夜の脳はフリーズ。
(仙人? 専任? いや、千人だよね・・・)
香坂(あ、やばい)

〇回想・香坂のマンションのリビング・深夜
「踏んでる場数が桁外れですから」と小夜に話す香坂。

〇香坂のマンション・リビング・夜
黙考している小夜にどう声をかけるか、逡巡する香坂。
香坂(ホンッとに、オレ余計な事言った・・・!)
なぜか小夜にだけ余計な発言をしてしまう自身が呪わしく、どうフォローしていいか、自分でも分からず途方に暮れる香坂。
と、小夜がおずおずと香坂に話しかける。
小夜「それは、前のお仕事関係で、ですか・・・?」
直球の質問にギクリとする香坂。
香坂「・・・、はい」
小夜の目を見つめきれずに視線を逸らして応える香坂。
だが小夜の目に非難や軽蔑の色はなく、純粋に疑問を投げかけている。
小夜「ホストクラブで、経理じゃなくて、ええと」
香坂「『内勤』です」
小夜「その『内勤』も、フィジカルなコンタクト、あるのでしょうか?」
気まずい表情を浮かべる香坂。
香坂「『内勤』は、実はキャストが足りないときにヘルプに付くこともあります。なので、ぶっちゃけ接客もしてました」
小夜「じゃあ、接客が千人?」
香坂が目を泳がせて、しばし迷ったのち、観念した表情で首を横に振る。
香坂「違います」
小夜「え? じゃあ友達百人じゃなくて、彼女が千人・・・?」
香坂「それも違います」
食い気味に香坂が否定する。
いよいよどういうことか分からず、困惑する小夜。
香坂「あの・・・、、好きな人にこの話をするのは正直怖いんですが」
いつも自信にあふれた香坂が、不安げな顔で口を開く。
小夜「・・・ちゃんと聞きます。その後、私もちゃんと話します」
正座をして、香坂をまっすぐ見つめる小夜。
その真剣な表情に誠実に応えるべく、香坂も小夜を見つめて話す。
香坂「俺、実は『内勤』辞めた後に、出張ホストをしてました」
言い終えて、目を閉じると長く息を吐く香坂。
が、目を開けて小夜の反応を伺うと、小夜の顔に?マークがついている。
小夜「ホストさんの、出張? それは、U〇ER EATS的な感じで、家でパーティーとかするんでしょうか・・・?」
出張ホストが何たるかを知らない小夜。
そうか、と思いつつ、正座で説明を始める香坂。
香坂「あの、要は、女性向けの性的出張サービスです」
小夜「・・・」
香坂の言葉を脳内で自分に翻訳している小夜、無言。
そして翻訳完了後、驚愕の表情を浮かべる。
小夜(そういう、こと・・・?!)
その顔を見て、いたたまれない表情をする香坂。
香坂「・・・すみません! いずれかのタイミングでお伝えしようとは思ってたんですが、告白してからの後出しになってしまって」
小夜、香坂の告白に動揺しながら、首を激しく振る。
小夜「いえ! こっちこそ! 一方的に過去を詮索してしまって、なんというか、すみません!」
香坂「いや、告白したのがどういう人間か知っていただくのは当然かと・・・」
ようやく視線が合わさった二人。
お互いにうろたえているが、目が合って少しホッとする。
小夜「つまり、アレですよね、百戦錬磨の十倍? みたいな・・・」
香坂「厳密に言うと性的サービスなので、性行為はしませんけど。性的行為で言うと、そうなりますね・・・」
質問に答えるたび、香坂が己の過去を恥じている様子が伝わってきて、いたたまれない気持ちになる小夜。
小夜「私の、千倍・・・」
香坂「・・・え?」
小夜の独り言を聞き逃さない香坂。
小夜「あ、いや、そのっ」
動揺した小夜の顔が再び真っ赤になる。
小夜「私も、話します・・・!」
香坂「はい」
再び正座で膝詰めになる二人。
今度は小夜が視線を逸らしながら香坂に打ち明ける。
小夜「実は、人生で1回だけ、したことがあります。最後まで」
香坂「・・・はい」
その告白を聞く香坂の顔は真剣で、小夜の経験そのものに対するリアクションはない。
小夜「それが、非常に辛い記憶でして・・・」
記憶を取り出し、一生懸命言葉を紡ごうとする小夜の表情が、みるみる暗くなる。

〇回想・小夜の大学時代・朝
大学行きのバス停で、後ろに並んでいた同学年の男子に声を掛けられる小夜。
次第に打ち解ける二人。
手をつないで歩いている。
楽しそうな表情を浮かべる小夜と彼氏。
焦がれるような表情で小夜を見つめる彼氏。

〇回想・同級生の彼氏の住むアパート・夜
身をすくめてベッドに横たわる小夜。その上に彼氏がまたがる。
小夜の顔は痛みと恐怖で引きつってる。

〇回想・大学のゼミ室の前・ドア・昼
小夜の彼氏「なんか、思ってたほど気持ちよくなかった。正直期待外れ」
友人「え、マジか」
ドアを開けようとしてゼミ室での会話を、偶然聞いてしまった小夜。

〇香坂のマンション・リビング・夜
小夜「何年もこじらせてるのは分かってるんですが、それ以来、その、男の人が怖くなってしまって・・・」
気まずそうに心の内を話す小夜。
香坂「・・・、それは、当然でしょう。怖くるの」
香坂の一言に、驚いたように顔を上げる小夜。
香坂の顔は、その見ず知らずの元カレに憤慨しているように見える。
香坂「俺が言えた柄じゃないですけど、共通の知人に性的な会話は、アウトです。秘め事なのに」
千人斬りをした人物の発言とは思えないほどド正論な回答に、驚いた顔をする小夜。
小夜「・・・、そう、ですか?」
香坂「はい」
躊躇なく頷く香坂。その表情は真面目そのもの。
香坂「だって、言いふらされたあなたが傷つく」
そう言い切った香坂を見つめる小夜の目に、涙があふれる。
うるんだ瞳に動揺する香坂。
香坂(えっ? 泣かせた?)
香坂「それに、聞いた友達に性的な目で見られるの、嫌じゃないですか」
上を向いて涙を堪えようとした小夜が、両手で自分の顔を隠す。
隠した下から、涙が一筋こぼれる。
香坂「すみません、俺の言い方で、気を悪くさせました?」
小夜を気遣って、ダイニングテーブル脇のティッシュを差し出す香坂。
小夜「・・・、いいえ。逆です」
声を詰まらせながら、小夜が声を絞り出す。
小夜を見守る香坂の眼差しは、いたわりとやさしさにあふれている。
香坂「?」
小夜「そんな風に言ってもらえるなんて、思ってなくて」
香坂「いや、元カレの事ディスって恐縮ですが、NGです。完全に」
その言葉を聞いて、小夜がまた涙をぬぐう。
香坂(肩をさすりたいけど)
小夜の方に手を伸ばしかけて、それを引っ込める香坂。
香坂(そんな権利ねぇし)
ただ黙って、小夜に渡すティッシュを持って待機している香坂。
しばし、小夜が泣き止むまで黙って小夜を見守る香坂。
香坂(ああ、やっぱ)
香坂「良かったら、元出張ホストの胸、貸しましょうか?」
遠慮がちに香坂が小夜に訊ねる。
その言葉を聞いて、小夜が鳴き声を上げて香坂の胸に飛び込む。
そっと背中をトントンする香坂。
香坂(好き人って、触りたくなるもんなんだな)
小夜「今日、もう少しくっついてもいいですか?」
目を見開いた後、笑顔で頷く香坂。

〇香坂のマンション・ベッドルーム・夜
ガチガチになっている小夜をふわっと優しく包む香坂。
香坂「嫌いなこととか、イヤなことを教えてもらえますか?」
小夜「すみません、それすら分からくて・・・」
香坂「じゃあ、それヤメロって思ったら、言ってください。それか腕タッチされたらやめます」
小夜「は、はい」
一瞬離れて、Tシャツを脱ぎ始める香坂。その引き締まった上半身に思わず見惚れる小夜。
小夜(すご・・・)
香坂「顔、見えたほうがいいですか? 恥ずかしかったら後ろ抱っこにします?」
小夜「はっ、恥ずかしいので、後ろからお願いします」
その照れた表情に心の中で悶絶する香坂。
香坂(クッッッッソ可愛い)
あえて顔には出さず、小夜の後ろに回って、後ろから抱きしめる。
香坂「小夜さん、体温高め? あったかい」
小夜「それは、極度の緊張による発汗かと・・・⁈ ふぁ!」
香坂が後ろから耳に唇を当てたことに動揺する小夜。
小夜(ナニコレ⁈ まさかの耳⁈ でもきもちいぃ)
ぴくん、と動いた小夜の反応を見逃さない香坂。
そのまま耳にキスを重ね、耳たぶを軽く噛んで引っ張る。
香坂「耳は神経が集まってるから、すごい敏感なんです」
香坂に耳元で低い声で囁かれて、ゾクゾクする小夜。
香坂「なのに耳って剝き出しなんです。無防備すぎますよね」
ダメ押しでフーッと息を吹きかけられて、小夜が小さく声を上げてのけぞる。
その様子が思いのほか色っぽく、驚く香坂。
香坂「続けて、平気?」
小夜「・・・ん」
閉じた瞼がすでに官能を帯びていて、想像以上の手ごたえに香坂の胸が高鳴る。
香坂(不感症じゃねぇじゃん! 全然!)
香坂に舐められた小夜の外耳も耳の穴も耳たぶも、濡れて妖しく光っている。
徐々に息が早くなる小夜。
小夜「あっつい・・・」
香坂「後ろから胸触ってもいい?」
小夜、黙って頷く。
そうっと、包み込むように胸に手を添える香坂。
香坂(ほんと、あつい)
んん、とかすかな小夜の声がして香坂の体温も上がる。
親指でやさしく頂をなぞると、小夜がのけぞる。
香坂「いたく、ない?」
小夜、黙って首を左右に振る。
香坂、胸を触る手に少し力が入る。
香坂「痛かったら、言ってね」
頂を弄る指に力を込めると、小夜が小さく声を上げる。
その声を聴くたびに香坂の体が疼く。
小夜「・・・、さかさん」
香坂「・・・え?」
小夜に顔を寄せると、振り向きながら小夜が囁く。
小夜「手、つないでいいですか?」
上気したその顔は赤くて目が潤んでいて、とてつもなく色っぽい。
その表情に動揺した香坂は、思わず小夜の腕を性急に取り、バランスを崩した二人はベッドに倒れこんでしまう。
小夜の背中に香坂の上半身が当たって密着する二人。
小夜「香坂さんも、からだ熱い・・・」
香坂「それは、そうでしょう。めっちゃあがってるから」
小夜「え?」
振り向こうとする小夜を制す香坂。
香坂「ちょっ、いま顔見ないで!」
小夜「見たい」
小夜が強引に振り向くと、香坂の顔が赤くなっている。
小夜(えぇっ、意外・・・)
香坂、顔に手を当てて伏し目がちに呟く。
香坂「小夜さんの反応が、良すぎてめちゃくちゃ興奮してて」
うろたえる香坂がかわいらしく、思わず頬に小夜がキスする。
甘い眼差しで見つめあう二人。

× × ×

それ以来、退勤後に香坂のマンションで自宅ディナーを重ねる二人。
香坂の胸で泣いた日以来、小夜への香坂からのフィジカルなコンタクトは一切なく、お互いに純粋に会話と食事を楽しんでいる。
時には小夜が料理をするときもあり、香坂は常にありがたがっておいしそうに食べている。
一方、会社では二人の関係は変わらず、香坂は一部下として小夜に業務指示を出している。
その態度が完璧なので、二人の密かな関係は知る人は誰もいない。
(第3話・完)


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