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イデアと勇気と現実と(バラク・オバマ大統領のスピーチを聞いて)

絵に描いた餅は当然食えない。腹が減っている時に、はいどうぞと餅ではなく餅の絵を描いた紙を差し出されたら「おままごとかよ!」と誰でもツッコミをいれるのではないだろうか?

ぼくは先日勇気を持って絵に描いた餅について長々と語った人をYouTubeで見た。その人は8年近くの間、おそらく誰よりも責任があって、重要な決断を求められる仕事をしている人で、もうすぐその仕事を退任する人だ。たぶん誰でもその人の名前を知っていると思う。世界で一番の有名人ではないだろうか?

理想を大きく掲げ、現実に時に打ちのめされ、決断し、失敗し、時に成功を収めたその人は、世間の評価はかなり微妙かもしれない。黒く若々しかった頭髪も、今はその9割ほどは白髪で占められ、彼の苦闘と苦労の跡が見られる。でも、ひとつ言えることは・・・その人は自分の理想には忠実な人だということだ。立場上、全てが彼の意のままにはならない。この8年近くの間、自分の意に沿わない決断をたくさん彼はしてきたはずだ。それでも、彼の本質は今の仕事に就く前と変わらないのだろうと、ぼくは彼の話を聞いて思った。

彼が語ったのは、世界平和についてだった。

"We must change our mind-set about war itself. To prevent conflict through diplomacy and strive to end conflicts after they’ve begun. To see our growing interdependence as a cause for peaceful cooperation and not violent competition. To define our nations not by our capacity to destroy but by what we build. And perhaps, above all, we must reimagine our connection to one another as members of one human race."

"Text of President Obama’s Speech in Hiroshima, Japan", The New York Times, 2016年5月27日

ぼくなりに要約すると「戦争するよりも、人類全体がお互いに手を取り合って課題に向き合い、協力して解決していくべきだ」と彼は言っている。ものすごく美しい理想だと思う。そして美しすぎるがゆえに、その道のりは困難という言葉が可愛くなるくらい困難だと思う。

実際的に求められる決断や、彼の役割上外せない業務をこなしつつ、彼は自分の業務とはある種矛盾するスピーチを行っていた。当然、そのことは一部で批判されている。それでも、彼は自分の理想を語ったのだと思う。様々な困難の中で、今与えられている役割の中で、彼なりにできるだけの言葉を紡いで、それを発信したのだろう。

古代ギリシャの哲学者プラトンが唱えた『イデア論』は、ぼくらやぼくらの見ている世界はイデア界の影であるらしい。つまりイデアという理想の影だから、イデア=理想を求めなければならない・・・ということらしい。彼が語ったのはそういうイデア、つまり〔理想〕だ。理想は現実とは違うから理想と言う。つまり絵に描いた餅、腹が減っても食えない餅だ。当然、彼はそんなことは言われるまでもなくわかっていて、だからこそ自分が生きている間に実現できるかわからないとも言っている。

彼のスピーチを何人が見て、聞いて、読んだのかはわからない。鼻で笑った人もいれば、感動した人だっているだろう。彼の言葉に疑いを持った人もいるだろう。それでもこの言葉は今必要とされた言葉たちであると、ぼくは信じている。本当に彼の描いた餅が食えるようになるのかなんて全くわからない。土を耕し、なんども試行錯誤し、異なる意見と向き合って、それでも相手を信じる勇気を持って、もち米を植えつづける。現実という大地に勇気を持って理想の種を植える努力、植えつづけ育てつづける根気が、きっといつか・・・とぼくは彼と同じ餅の絵を見ている。さて、勇気を持って自分を奮い立たせ、大地を耕すかな(身近なところから始めよう)。


※オバマ大統領スピーチの日本語訳はThe Huffington Postのページをご参照ください。


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