_ぼくらワールド解体新書15_表紙

『ぼくらワールド解体新書』(15)文字の話

文字ってなんなんでしょう? 日本人は今4種類の文字を使って生活しています。ひとつは漢字、そしてひらがなとカタカナ、最近はWi-Fi、Bluetoothなどの用語をアルファベットも日常生活でつかっています。

文字を最初に発明したのは、中東のメソポタミア地方に住んでいたシュメール人でした。そして文字が生まれたきっかけは、やはり農耕を始めたことでした。

農作物が栽培種へ変化してから、バラバラの時期ではなく、いちどきに実るようになりました。そのため、収穫はどの畑もほぼ同時期に行われ、収穫した農作物を保管する倉庫が必要になりました。また都市と都市の間で交易がさかんとなり、多くの人たちが物々交換を行うようになりました。

大量の農作物や商品を管理したり、まちがいなく交換するためにトークンと呼ばれるものが発明されました。トークンは粘土でできており、球体、半球体、円すい、円形などたくさんの種類がありました。それぞれのトークンはその農作物や商品をあらわしていました。ひとつのトークン1個で麦の数がこれだけなど、トークンの量でどれくらいの農作物や商品があるかわかるようにしたのです。

紀元前4000年ごろには250種類もの様々なトークンがあり、そのトークンを粘土の封筒に入れて、その封筒の表面にトークンの種類をあらわす絵を刻み、そのとなりに数量をあらわす記号を刻みました。しかし粘土に絵を刻むのはひと苦労です。そこで絵をもっと簡略化し記号化したものが、人類が最初に生み出した文字〔くさび形文字〕でした。このくさび形文字をつかって文章を書くには、専門の勉強をしないと書けなかったようです。ものすごく難しかったため、くさび形文字をつかって文章をかけることを王様も自慢したそうです。また、紀元前1700年ごろまでに、メソポタミアの都市国家に学校があったことがわかっています。



文字は石や粘土に刻んで利用されていたことが、発掘調査でわかっています。その後、エジプトでパピルスが生まれ、羊皮紙や木材の繊維をつかった紙が生まれました。



文字が発明されると、これまで誰かに口伝えで伝えていたことが、文字によって文章として残るようになりました。さまざまな技術や知識がいろんな人々や地域へ文字を通して伝わっていきました。


紀元前2000年ごろから後の商人たちは商品のとりひきを粘土の手紙でやりとりしたり、借金の借用書を粘土を焼いた陶器の書類で保管していました。

また、文字が生まれてから詩集や料理のレシピ本、医学書などさまざまな本が生まれました。昔から人類は何かを残したい、だれかに伝えたい生き物だったのでしょう。

人口が増え複雑化する社会を管理するために。人口がふえたり、いろんな部族や民族がいっしょに住む社会では、トラブルがたえません。王をたて、その王が神を自称したり、神の代理人を自称するだけでは、社会がおさまらなくなりました。そこで、人類が考え出したものが〔法律〕です。法律は文字で石碑や竹簡などに記されました。文字で法律を記したのは、勝手に法律をまげることがないようにと考えたのでしょう。

最初の法律をつくったのはシュメール人で、地中海のメソポタミアに住んでいた人々です。世界史を習うとかならずと言っていいほどでてくるハムラビ法典はシュメール人がつくった法律をもとに編纂されました。ハムラビ法典はくさび形文字を石に彫刻して記録されました。


ハムラビ法典は古バビロニア王国のハムラビ王(在位:紀元前1792〜1750ごろ)の治世に作られました。法律の内容は刑罰だけでなく、居酒屋の支払い方法から、医療事故が起こした医者への罰則なども定められていました。

それではまた次回!


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