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終われない日常をおもって

「冬だな」と独り言がでるくらい外気が冷える
寒いと言ってしまうと体感温度が2℃は下がってしまうから
ぐっと飲み込んでポケットに空いた片手を突っ込む
何十年も雪国に住んでいても慣れることはない冬の到来
まだ雪にはなれない程度の雨が
申し訳なさそうに傘を叩く

この通りを歩くようになって三年
この駅を使うようになって八年が経つ
終わらない日常をコツコツと繰り返していくうちに
終われない日常を築き上げてしまって
そびえたつ日常の壁を飛び越えられなくなっている
いつか行こうと思っていた近所の居酒屋が閉店して
行く必要のないデイケアサービスになっていた

安定が一番と誰かが言った
こんな時代だから安定が安心するに決まってる
だけど
安定という毒気に侵されて眼前が白く濁る
昔に比べて不安定になったという錯覚
うつろいゆく潮流は常にあった
ただ時代の変遷と共に
移り変わる速度と揺り幅が変わっただけだ
何もしないことを安定と呼べば
少しは自分に対する負い目もなくなる

模範解答のような人生がよかったのか
ブラウン管の中に見た幸せのかたちは
失われた30年と言われた時代の象徴
旧時代の忘れ物たちは
移り変わってしまった過去を正解と呼び
変容した現在を失敗と呼び
ジャパン・アズ・ナンバーワン・ワンスモア
を叫ぶのだろう
だけども失われる前の時代を知らないボクたちには
どうもピンとこないんだ

傘をすり抜けた雨粒が背中にシャツを通り
背中に入る
今も昔も同じ雨が降っていた
猫が足早に軒下に駆け込むのが見える
なにも変わらないことがあるとするならば
何も変わらないと思い込んでいる人の感情で
取り残された者は同じ場所にしがみつづける

ボクの一挙一動を記録し続けた端末から
トピックスがレコメンドされる
通知バーはいつも大渋滞だ
新商品に政治ニュース、トレンドワード
本当に興味があるのか
興味があると思わされているのか
出てきた情報をひたすら咀嚼する

スマートフォンで手に入る一日の情報は
江戸時代の一年分もしくは
平安時代の一生分だという
もう現代には「余白」なんてものない
多重に折り重なる情報の隙間を探すことより
足元にある小さなものに目を落とす方がいい
ボクたちは思ったより多くのモノを見過ごしている

雨を逃れた猫がこっちを覗っている
ヒゲが濡れてクタクタだ
猫は何を想っているのだろう
一人称は吾輩で
「世の中に退屈程我慢の出来にくいものはなく
何か活気を刺激する事件がないと生きているのが辛い」
そう想っているのだろうか
終われない日常を飛び越える刺激ある事件
ディスプレイの奥から刺激の応酬を受け続けて
心が動くような事件は存在するのだろうか

非日常は日常からの距離に反比例して魅力を増す
まるで学園祭前日のような高揚感と充実感
「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」のような
非日常の繰り返しが行われると
人は日常に帰れなくなる
終わらない日常の壁を一足飛びで乗り越えて
着地した場所はあくまで「ハレ」の場なわけで
「ハレとケ」の両輪がなければ「ハレ」の価値はない
毎日祭りをやり続ければそれはもう祭りではない
ただの日常でしかない
さらに上位の非日常が必要になってくる

非日常を渇望するあまり
あっちの世界へ旅立ってしまう人々の多くが
浮世離れしていくのは
非日常の中毒性から
壁の向こう側を知ると振り返ることが出来なくなるからだ

通勤電車も朝の星座占いも
仕事帰りの缶コーヒーも
終われない日常が身のまわりにあることを
感謝しなければならない
まだここに留まっていられるのは
見落としがちな日常の一コマのおかげだ

気がついたら
軒下の猫はいなくなっていた
雨音が不規則に傘を伝う


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