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365DAYS 第3話

プロローグ part.3

そんなどうしようもない状態の時、この車を買った先輩から電話が掛かって来た。
都川陽一だ。
陽一君と呼んでいたこの先輩は、今、逮捕されているコウジの兄だ。

「ジン、オマエ車のローン払ってねーだろう、うちにまで電話来たぞ」

「すいません、すぐに払いますんで」

「うちの信用問題にも関わるんだから、ちゃんとやれよ」

「わかりました」

そう言って電話を切った。
陽一君とはコウジが18歳の頃に一人暮らしをしていた学芸大学にあるマンションで出会った。
後にコウジはその部屋を陽一君に取り上げられる。
陽一君の性格は強引で自分の利の為なら、相手の事は余り深く考えない性格でだ。
同じ年の仲間からは好かれている印象を受けなかったし、つるんだ事がある人は皆嫌っていた。
サーフィンが好きで、四季に関係無く千葉の海で波に乗っていた。
上手かった。センスの固まりだと思った。
仕事は車のブローカー、実家の後押しでアメ車(アメリカの車)を扱っていた。どこかに勤めている訳でもないので、毎日自分の為に自由に時間を使い、アメ車の四駆をローライドで乗っていた。
そのライフスタイルは後輩の憧れの対象だった。
俺もその一人だったが、つるむうちにそんな憧れどころか連絡を取ることに対しても消極的になり、ばっくれる回数も増えていった。
ただその行動も遅かった。陽一君から車を買ってしまったのだ。知識皆無の18歳。かっこよさが先に来て、車の現状と値段に対して無頓着だった。
バッチリとぼったくられた。
周りの先輩たちはそんな陽一の行為を冷ややかな目で見ていた事を後から知った。

そんな陽一君からの電話の後、すぐさま車を実家に持っていった。

まず実家に少しの間車を駐車させてくれと頼み込んだ、母親からは猛烈に怒られた。
理由は無責任でだらしなさ過ぎる。
もっともだった。
心の中で、「オカン本当にすまない」そう思いながら次の行動に走った。
次は今住んでる部屋の解約手続きだ。
滞納している家賃を敷金からなんとかお願いしますと頼み込み、それと同時に自分が住む家も見つけなければならない……しかしもう金が全く無い。ヤバイ、すぐに入居ができて、最初に掛かるお金が最小限の物件を見つけないと。

「くそっ、ざけんな、ちくしょうっ!」

自分が何もしなかったせいで招いたこの状況、考えるとむなしさと情けなさ、やりきれない怒りが一気に襲い掛かってきた。まさにどん底状態そのものだ。それでも住む家を探さなければならない、一方で結衣と連絡が取れていない状況も常に頭から離れなかった。季節は春が終わり初夏を迎えようとしていた時期だった。

片っ端から不動産屋を回って行った。
何件回っただろうか、今日だけで10件近く回り、日も暮れかけていた。
希望に沿う物件は全く無く、疲れ果てて渋谷の外れを歩いていると小さな不動産屋があった。
入り口に賃貸物件情報の貼り紙が貼ってるわけでもないので期待はせずに中に入ると、初老の男性と事務員の女性が2人いた。

「こんちは、あのー、部屋を探しているんですが」と言うと初老の男性が、こっちの姿を観察しながら、

「ウチは賃貸はそんなに扱ってないけど、ここら辺で探してるの?」と言った。

「余りこだわっていませんが条件が合えば、どこでもいいです」

「家賃いくらぐらい?」と聞かれて、現在の事情を説明した。

家賃はそれほど考えてないが安ければ安いほどいい、しかし今の最優先事項はお金が無いので敷金礼金を抑えたいという事だ。

初老の男性は少し考えて、「ちょっと待って」と言って奥の机の引き出しを探しはめた。

「ほれ、こんな物件ならあるよ」

ここである物件のシートを見せられた。
そこには間取りの他、敷金0・礼金0・家賃6万円・渋谷駅徒歩5分・代官山駅徒歩10分という奇跡の条件が書かれてあった。「何これ……マジ?」すぐに内見を申し込んだ。では歩いていけるので、今から行こうと言う事になった。
この物件が後にシンジと同居することになる物件だ。

入居には条件があった、環境が悪いという事。
それと開発予定の地域と言うことから、工事の予定が入ったらすぐに退去しなくてはいけない。
その時期は一ヵ月後かもしれないし、1年後かもしれないという事だった。「それで良ければなんだけどねー」と言った。
ただ俺にとってその条件は、当時の状況と比べると全く悪い条件と感じなかった、落ちる所まで落ちたが故といった所だろうか。

場所は渋谷区東、この当時ここ一帯は今ほど開発が進んでおらず、場外馬券所が幅を利かせ、土日ともなると予想屋と馬券購入者であふれかえっていた。赤提灯が乱立し、日雇い労働者の姿も見られ、裏通りに入るとまだ安宿が立ち並んでいた。看板には【簡易宿泊 一泊1500円】と書かれていた。「1500円……安いな」何かあったらここにくれば良いのかと確かに思った。これも落ちる所まで落ちたが故といった所だろうか。

そんな安宿と共に並んでいるその物件は、高架の上を通る線路の真下にあり、電車が通る度に揺れと共に、凄まじいブレーキ音が鳴り響いた。
始発から終電までその音がやむことは無い。
思っていたより考えさせられる環境だった。
ここにするべきか、他を探すべきか、一瞬迷った。だが選択肢は無い、この状況で贅沢は言えない、むしろ幸運だと思うべきだと自分に言って聞かせた。

「ここ、入居いたします。よろしくお願いいたします」

陽も落ちてきて、辺りを薄暗さが包み込む中、初老の不動産屋は表情を全く変えず、「いいんだね?」と聞き返した。その確認に少し考えて、「はい。大丈夫です」と答えた。電車がブレーキ音を轟かせ去って行く。

22歳の初夏、ここに住む事を決めた。


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