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365DAYS 第1話

プロローグ part.1

先日、ネイルサロンとその運営をしている会社の広告制作を受注する事になり、打ち合わせの為その会社を訪ねた。
場所は渋谷道玄坂の百軒店(ひゃっけんだな)。

この界隈の事は良く知っていた、というよりかなり知っている。
何故なら昔はここら辺を拠点にして渋谷で遊んでいた。
というのも同級生の父が道玄坂でラブホテルを経営しており、高校の頃はそこがたまり場となっていた。

この地域は風俗や裏カジノにアダルトショップ、夜になると昔ながらの音楽喫茶やバーが看板を出し、比較的最近できたと思われる飲食店も立ち並んでいる。そして界隈のマンションは暴力団の組事務所が数多く入っており、裏手にはラブホテル街が広がっている。
中々カオスな地域だ。

成人してからも就職せずに長い間この界隈でバイトをしていた。
ここは渋谷の中でも、とりわけ思い出が詰まった場所のひとつだ。
ただ、ここ数年は年齢的な落ち着きもあり、この界隈からめっきり足が遠のいていた。

今回発注を頂いた会社には感謝している。
偶然とはいえ、こういった機会が無ければここに足を運ぶことも、もう無かったかもしれないし。

打ち合わせも無事に終えて、昔の百軒店の姿と現在の姿を比較しながら、道玄坂口の方に向かってゆっくり歩いていく、「変わらないね、ここは」そんな事を思いながら「誰か知り合いるかな」と辺りを見回し、少し期待をしながら同じペースでゆっくりと歩く、すれ違う人の数はそれほど多くない。

出口付近に差し掛かったとき、前方から見た事のある女が歩いて来る、「お、もしかして」心当たりがある、しかしまだ確証は無い。
そのまま凝視していると、女の方が俺の名前を叫んできた。

「ジンくん!」

聞き覚えのある声と懐かしい顔。
「やっぱり」百軒店にある鰻屋の娘だ。
通称「おタマ」、苗字は玉山

「すごい久しぶり!元気にしてた?」と驚いた表情のおタマ。

「久しぶりだな、元気だよ、おタマは元気だった?」

と言った感じでお互いを懐かしみ、「今、何やってるの?」「誰々と連絡取ってる?」と久しぶりに会った者同士が交わす一連の会話をした。
そして話題は昔の話に移っていった。

おタマは風変わりな性格でギャンブル好きの男友達とつるんでいた。でも自分から賭け事はしなかった、ただいつも付いて行って横で見ているだけ。

「打たないで楽しいの?」

「見てる方が楽しいよ」

「あ、メダル無くなっちゃった、おタマ金貸して」

「いーや」

「いいじゃん2千円だけ」

こんな感じだったねと当時の話をするおタマ。
その変わってない姿を見て安堵していたら、かしこまった表情で聞いてきた。
「そういえば、ジンくん……シンジと連絡取ってる?」
おタマの顔から笑顔が消えていた。

しかし懐かしい名前だ、「シンジ」か、、。
でもその反面少し不安がよぎった。
真剣に聞いてくるおタマの表情を見て、もしかしてシンジは俺の事探してんの? でも俺の家と携帯番号知ってるし、何か有れば直接来るだろう。
でも会うのは怖いな、今あのペースに巻き込まれるのはかなりマズイ。
それとも年月が過ぎて変わったかな、いや絶対変わってない、変わる筈が無い。

「いや、もう何年も連絡とってないよ、最後に会ったのは7,8年前じゃないかな」と返すと、おタマは残念そうに、

「そうなんだ……」

「シンジ今どこにいるの?」と重ねて聞く。

「あのね……」と、おタマはしばらく黙り込んでから言いにくそうに、
「まだ確実な情報じゃないんだけど……シンジ死んだらしいよ」

「は?死んだ?……シンジが?」

一瞬冗談かと思ったりもしたが、それとは別で脳裏には二つの矛盾した考えが交錯した。あいつが死ぬの? いつもの何かの間違えじゃないのか?
その一方で、いやでも、そういう部分もある、いつ死んでもおかしくないと言う側面が。

シンジは京都の出身で、俺たちとは地元が違う。ただその個性は突出しており、誰でも一度会えば忘れることができない伝説的な男だ。それゆえ顔が広く、六本木や麻布辺りを歩いていると必ず知り合いに出くわす。
そして渋谷で遊んでいる連中に紹介をしたらシンジの名前はあっという間に広まった。
出会った時シンジは28歳。22歳だった俺の兄貴分のような存在だった。

背はおそらく172cmほど、全体的にエネルギーに満ち溢れた印象を感じた。肉付きはよいが太ってはいない、眼光は鋭く、肌は浅黒い、声はやや低く目で早口。
若い時にはヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、インド、東南アジアと何年も旅をしていたらしく、主な旅の理由は行く先々で金欠になり、出国出来ずにやむなく隣の国に行き、辺りを転々とする為に仕方なく旅になってしまった。なので旅の目的等は一切無い。そんなシンジの旅の話は面白かった。
共通する事は、どの旅も金が無かった。無一文になった場面や揉め事は日常茶飯事でその度に何とかして日本に帰ってきたそうだ。

とりわけ面白いのがタイでの話で、バンコクの外れにあるどぶ川沿いに、帰国が出来ない日本人が最後に集まるゲストハウスがあった。タイの中でも桁外れに安く、汚い。そこにはジャンキー(薬物中毒者)だったり、無一文だったり、事情持ちだったり、そんな奴らが集まる最後の行き場所だった。
外国人もいたがほとんどが日本人で、その集団は「ズルズル」と呼ばれていた。意味は「ずるずると帰国できずにいる奴ら」を略しただけだそうで深い意味はなかったらしい。

タイ、ラオス、ミャンマー、ベトナムを旅していたシンジ。旅の途中でバンコクで一番安いと聞いていたので、その「ズルズル」達のゲストハウスに泊まると決めていた。
着いた初日、部屋に荷物を降ろし、飲み物を確保する為に、外へ買いに行って部屋に戻ると……「あれ?」部屋に置いたはずの荷物が無い。しかも全部だ。
眉間にしわを寄せて辺りを見回すが、荷物は見当たらない、瞬時にやられたと感じた。
「ふざけやがって、10分も経ってねーぞ!」
激怒したシンジは、片っ端から他の部屋に入り、住人に詰め寄った。

「荷物返さんかい、コラッ!」

しかしどいつもこいつも服装から髪型まで全員が怪しい。
故に眼力が通じない。
そう、ここいる人間は全員「ズルズル」。隙があれば全部盗む。
「くそっ、油断した」
こうしてシンジは初日でズルズルになってしまった。
だがここからの復活の話は更に面白かった。
この話は後に述懐する事になる。

シンジは軽い会話なら数ヶ国語しゃべる事ができ、とりわけ英語でのコミュニケーションは完璧だった。
だが、しゃべるリズムと発音が独特で、後に京都弁でしゃべる時と全く同じリズムとイントネーションで英語を話してるという事に気付いた。

そしてへんな癖があり、自分のノートPC、ibookの起動時に「Hello mac」といつも話しかけていた、しかも英語でだ。起動が遅いと「He~y come o~n mac. harry up harry up」 不思議な光景だった。「なんで話しかけるの?」「こいつは、呼び掛けに応じて起動が早くなんねん、よーわかってる、俺の声認識してんで」西暦1999年、まだ音声を認識するシステムは無い時代だった。

シンジは酒が大好きだった。
その飲み方は強烈で、一番好きな酒はシャンパン。
だが酒であれば、ウォッカだろうがジンろうが、ウィスキーだってバーボンだってガンガンストレートで飲む。夜になると色々な人達や様々な店に電話をし「よし、行くぞ」と言ってよく六本木の外人が集まるバーやクラブに連れて行かれた。
ただ帰りはほとんど別々だった。酔っ払うとテンションが異様に高くなり、陽気に誰にでも話しかけてしまう為、意気投合すると別の店に行ったりして、いなくなってしまう事がほとんどだからだ。
頭の回転が速く、思い立ったら即行動で決断が早い。悪く言うと落ち着きがない。
行動を共にすると、行き先は必ずシンジが決めた。

そんなシンジとの出会いは、人生のどん底の時だった。


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