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UberEatsがあえて「現金払い」を始める理由

UberEatsは本来不要であるはずの「現金払い」機能を日本で開始しました。その背景にはユーザーと配達員が抱える隠れたニーズがあります。さらにこの「現金払い」によってレストラン側とUber側にもメリットが生まれています。

UberEatsの「現金払い」はまだ存在が知られておらず、ビジネス的な分析も見当たりません。は本業でFinTechサービスを、副業でUberEats配達員をしていて、その存在と巧妙なビジネス構造に気付きました。キャッシュレスの波に逆らう、この興味深いサービスを分析してみます。

UberEatsのビジネスモデル

UberEats(ウーバーイーツ)はフードデリバリーのマッチングサービスです。出前館や楽天デリバリーと違うのは、Uber側が配達員を自社の社員として抱えていない点です。UberEatsはあくまでユーザーと配達員とレストランの3者をマッチングするプラットフォームとして存在しています。このモデルにより下記のメリットを実現しています。

・ユーザー:様々なレストランの料理を快適なUI/UXで注文できる
・配達員:好きな時間に好きな場所でお金が稼げる
・レストラン:自分で配達機能を持たなくてもデリバリー売上を稼げる
・Uber:上記3者をマッチングすることで手数料を稼げる

「現金払い」の開始と広がり

UberEatsの「現金払い」は18年11月頃に大阪エリアで開始し、順次対応エリアを広げています。今年4月からは東京で、6月からは横浜・埼玉・千葉でも対応が始まりました。大阪では既に取扱高の14%を「現金払い」が占めているそうです(*1)。

無い方がいいはずの「現金払い」

本来、「現金払い」はUberEatsには不要であり、むしろ無い方がいいはずの機能です。通常、ユーザーは登録済みのクレジットカードによって決済を行うため、配達員に直接現金を支払う必要はありません。ユーザーにとってこのスムーズな注文体験はUberEatsのメリットです。また、配達員にとっても釣り銭を持ち運ぶ手間がなくスマホ1つで仕事ができるという手軽さはUberEatsのメリットです。

今回始まった「現金払い」はユーザーと配達員における既存のメリットと完全に逆行します。ユーザーはわざわざ現金を用意して玄関口で配達員に支払う必要が生じます。配達員はわざわざ釣り銭を持ち運び、現金を管理するリスクも背負うことになります。

それでは、なぜわざわざ既存のメリットを打ち消してまで、キャッシュレスの波に逆らってまで、UberEatsは日本で「現金払い」を開始するのでしょうか。その背景には2つの隠れたニーズが存在します。

ニーズ1: クレジットカードを使いたくないユーザー

UberEatsが「現金払い」を始める第1の理由は、「クレジットカードを使いたくない」ユーザーのニーズがあるためです。実際、「現金払い」が始まったきっかけはユーザーの要望が数多く寄せられたことのようです。

スムーズな注文体験を捨ててまで「クレジットカードを使いたくない」ユーザーのニーズの背景には、クレジットカードに対する心理的不安の強さがあります。調査では、6割以上の人がクレジットカードに対して「不正利用されるのでは」「個人情報が漏れるのでは」といった不安を抱えています。(下図)

こうした心理的不安を抱えたユーザーは代替手段を利用せざるを得ません。実際、ネット購入におけるクレジットカードの利用率は7割程度で、残りの3割は「代引き」や「コンビニ支払い」など現金を介した決済を利用しています。(下図)

このように、UberEatsの「現金払い」は、ユーザーのクレジットカードに対する心理的不安を背景として、ネット通販における「代引き」に相当する手段として生まれたものだといえます。

ニーズ2: 収入を即日現金化したい配達員

UberEatsが「現金払い」を始める第2の理由は、「収入を即日現金化したい」配達員のニーズがあるためです。

「現金払い」の場合、配達員はユーザーへの配達が完了した瞬間に即、現金が手に入ることになります。なお、通常のUberEatsの配達員収入は週払いで銀行振込されます。

そして、ここが非常に巧妙な仕組みなのですが、実は「現金払い」は全ての配達員が対象ではなく、「対応可能」と自主的に設定した配達員しか対応できない仕様になっています。つまり、「現金払い」が成立するためにはユーザーのニーズだけではなく、配達員側のニーズが不可欠です。(逆に言うと、「現金払い」に対応したくない配達員が嫌になって辞めてしまうようなことは起こり得ません。)

現金を取り扱うコストとリスクを背負ってまで「現金払い」に対応する配達員が存在する背景には、「即、現金を得たい」ニーズの存在が考えられます。twitterでの配達員アカウントの発言や、UberEats運営側の話からも、一部の配達員に「即日現金化」のメリットが喜ばれている様子が伺えます。

「即、現金を得たい」事情として、20代~40代の単身世帯では4割が貯蓄ゼロであるため「手元に現金がない」という状況が考えられます(下図)。実際、こうした「手元に現金がない」層に向けたサービスは増えています。給料前払いサービスのPaymeや、即現金化アプリのCASHなどが有名です。

このように、UberEatsの「現金払い」には配達員側のニーズも不可欠であり、具体的には「収入を即日現金化したい」というニーズの存在が考えられます。

また、もう1つの配達員側メリットとして、「配達オーダー増加による収入アップ」が考えられます。対応可能な注文が増えることで自分のところに配達オーダーが入りやすくなり、収入の絶対値が増える可能性があります。(*2)

「現金払い」はレストラン側とUber側にもメリット

UberEatsの「現金払い」は、レストラン側とUber側にもメリットが生じます。これまで取り逃がしてきたユーザーのニーズをすくい取ることができるため、その分サービス全体の取扱高が上昇します。すなわち、レストラン側にとってはデリバリー売上が上昇し、Uber側にとっては手数料収入が上昇します。

加えてUber側には決済手数料コストの削減メリットも生じます。通常、ユーザーからの注文処理はクレジットカードで処理されるため、Uber側はカード会社に対して手数料を支払う必要があります。しかし、「現金払い」によってユーザーが配達員に直接支払いをする場合はカード会社を介さないため、決済手数料はかかりません。(7/30追記)

また、これは根拠弱ですがUber側にとっては配達員に対価を支払う際の手数料コストの削減につながる可能性もあります(*3)。

まとめ:「現金払い」は「四方良し」の仕組み

UberEatsが開始した「現金払い」は、「クレジットカードを利用したくない」ユーザーのニーズと「収入を即現金化したい」配達員のニーズをマッチングさせる巧妙な仕組みです。また、「現金払い」の導入によりサービス全体の取扱高が上昇するため、レストラン側にもUber側にもメリットが生じます。

このように、UberEatsの「現金払い」は、サービスに登場する4者の全てにメリットを生じさせる「四方良し」の仕組みとして成立しています。

Appendix

(*1)UberEats配達員の登録センターで担当の方が語った数値
(*2)エリアによっては配達員に配達オーダーが入らず待機状態が続きがちという状況も多いようです。オーダーが入らない時間帯は収入が全く発生しないため、配達員としては単純に時間の無駄となり死活問題です。こうした注文過疎エリアにおいては、「現金払い」に対応することで他の配達員と差別化されてオーダーが入りやすくなると考えられます。実際、twitterでも「現金払い」に対応することで配達オーダーが増えたという発言が見られます。ちなみに私が配達している六本木エリアでは「現金払い」に対応しなくても配達オーダーが鳴りっぱなしで困るくらいなので、個人的にはこのメリットは感じません。
(*3)銀行振込とクレジットカード決済の違いです。通常の支払いは週払いの銀行振込のため、アメリカのUberの銀行口座から全世界の各配達員の銀行口座に海外送金しており、どんなに少額でも1件ごとに固定の海外送金手数料がかかっているはずです。一方で「現金払い」の場合は、配達員がユーザーから(PF手数料を乗せた金額の)現金を受領し、そのうちPF手数料に相当する金額を後日クレジットカードで支払う仕組みになっているため、決済手数料は金額に対する一定比率(1桁%)で済みます。ほとんどの配達員は毎週の収入が数千円~数万円程度だとすると、ざっくり考えるとクレカ支払いの方がコスト減になる気がします。(根拠弱)

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