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移動教室の思い出

先日、ニュースで、コロナの影響により小学校の日光移動教室が中止になったと言っていました。私も小学校の移動教室で日光に行った記憶があります。なぜ移動教室の定番は日光なのでしょうか。今回はその時の話です。

1.半泣きでホテル支配人に話しかける

移動教室は小学校6年の時で、たしか3泊4日の予定だったと思います。それまでにも少年野球の合宿の経験があったので、まあ大丈夫だろうと思っていました。
出かける際に母親から、「日光、行ったことないから近くに観光スポットとか、いいホテルとかないか聞いてきてよ」と言われます。私も気にせず、わかったと答えた気がします。そして移動教室が始まりますが、何のきっかけか忘れたのですがホームシックになります。これで、なんとなく泣きそうなベースができます。
さらにここで母親の頼みが大きなプレッシャーとなります。当時の私にとって、知らない大人に話しかけることが、かなり大変なことだったのです。さらに「ホテルの人と話しているところを、友達に見られたくない」、「人と違うことをしていることを友達に知られたくない」という、いま思えば謎の心理が働き、どんどん追い込まれていきます。かと言って、母親の言うことは聞かないといけないという、これまた謎の心理状態。「入り口横のパンフレットを持ち帰るだけだと怒られるよな」と妄想も膨らみます。
結果、夜の自由時間にこっそり部屋を抜け出し、半泣きになりながら受付の方に話しかけます。その方も、移動教室の小学生に話しかけられた経験はなかったようで、だいぶ親切に対応してくれ、大量の資料を手に部屋に戻ったのでした。
話は続きます。最終日の朝、生徒全員が集まり、ホテルの方にお礼を言います。目立つのが好きだった私は学年代表のようなことをやっており、ホテルの方に代表の挨拶とお礼をしました。あんな精神状態だったのに、この時は何事もなかったかのように挨拶をしました。次にホテルの支配人からお返事をもらうことになったのですが、なんとそれが話しかけた受付の方。余程、印象に残ったのか私の名前も覚えていてくれ、私の個人名入りのお返事スピーチをいただきました。周りの子は、なんでお前の名前を覚えているんだと不思議がっていましたが。

さて大人にとって大したことではなくても、子供にとっては大変なこともあります。もし小学校くらいのお子さんがいる方がこの記事を読んでいましたら、子供に何か頼む際、一度、子供の目線に立ってから頼まれることをお願いしたいです。

2.肝試しをめぐる争い

前にも書きましたが、私の小学校は学級崩壊していました。その前提で。

移動教室中の夜に肝試しが予定されていました。泊まったホテルは湖に隣接しており、その周りを歩くというものでした。
しかし事件が起きます。どこからかその日のニュースを見たという生徒がこんなことを言い出します。
「隣の湖で、さっき親子心中があったらしい」
そこからは大パニックです。特に普段、反抗している子達が肝試しは行かないと頑なに拒みます。しかし先生たちには、なぜか中止する気配はありません。ある生徒が先生に叫びます。
「だってさっきテレビで親子心中があったって、やってたもん。そんなとこ、行きたくない」
先生も謎のスイッチが入っています。
「誰がテレビ見ていいって言ったの!」
そこ?と思いました。
結論から言うと肝試しは決行されました。普段、反抗していた生徒たちが怖がって大騒ぎしてたのに対し、おとなしい私のクラスの生徒は割と淡々と参加していたのが興味深かったです。

肝試しは実際、どうだったのか?
私は知りません。実は、私は肝試しの日の夕方に熱を出し、早々に寝ていたからです。ある意味、ラッキーでした。

移動教室の間は、朝に湖畔の広場に全員が集まりラジオ体操などをします。しかし翌朝はホテルの駐車場集合でした。
「昨日、湖で亡くなられた方がいるので、近づかないようにと考えて、今朝はここで体操をやります」と先生から説明があります。
ってか、心中の話、本当やったんかい!
てっきり誰かが言い出した嘘が広まり、パニックになっているだけだと思っていました。だから肝試しも決行したのだと。
普段、反抗されて腹がたっていた先生たちのささやかな抵抗だったのでしょうか。なぜそんな状況で肝試しが決行されたのか、いまだに謎です。

3.まとめ

移動教室の思い出でした。これ以降、日光には行っていません。機会があればまた訪れたい場所ではあります。
今回もお付き合いいただき、ありがとうございました。

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