ほんのヒモ(ショート×ショート)

本についているヒモがすきだ。便利だからだ。長編でも、短編でも、あれがあれば、どこまで読んだかすぐに分かる。広告をかねた紙のしおりがはいっている場合もあるけれど、ヒモのほうがずっといい。
しおりは電車の中や、ねころんで読んでいると、パラパラおちてくることがある。それはとても不愉快なことだ。だって、物語が中断されてしまう。
今日、買った古本にはヒモがついていた。元は白かったんだろうけれど、今はまだらなグレーになっている。ようするに薄汚れている。
これは、彼女には貸せないなと頭の隅で考える。ぼくはあまりそういうことは気にならないけど、彼女は気にする。
彼女は、ぼくの2つ下の恋人で、やっぱり本が好きだ。でも、潔癖症気味なところがあって、古本自体があまり好きじゃない。いつも新刊か、電子書籍で本を読む。

本の中でくりひろげられる物語に没頭する頭の片隅で、ヒモについての想像をめぐらせる。
それは、出版社の二階の会議室だ。セピアっぽい色で、痩せてメガネをかけた中年社長がお誕生日席にすわる。彼はとても頭がいいのだ。ホワイトボードがあって、議題がかかれている。人気作家「恩田 幸太郎」の次の新作本にヒモをつけるべきかつけないべきか。
少し太っていて、やっぱりめがねをかけた内気そうな若い社員が口を開く。彼は良質の物語について、とても見る目がある。彼がほりだしてくる作家はだれもが1流とまではいかなくても、1.6流くらいまでのぼりつめる。(小説家にとって2流にならないってことは大事だ。そして、とても難しいことだ。)
「や、やっぱり、本にはヒモがあったほうが便利だし、い、いいと思うんですよ。」
彼は、会議とかが嫌いだ。人前で意見も言うのも苦手だ。できれば、家にひきこもって一日中本を読んだり音楽を聴いたりしていたい。いつも会議ではだまっている。でも、今日はちがう。本にはヒモが必要だと主張しなきゃいけない。彼自身のためにも。
すらっとした若くてかっこいい男が口をはさむ。彼は、営業マン。スーツのセンスがいい。
「でも、ヒモをつけるのはコスト的によろしくありません。紙のしおりにくらべて、××円よけいにかかるし、これがわが社の損益にあたえる影響は・・・云々」
自信たっぷりにすべらかな口調。
「で、でも・・・」
内気くんが必死で抵抗する。ぼくは心の中で応援する。
そうだ!本にヒモをつけてくれ!
営業マンは、わざとらしいため息をついた。
「じゃぁ、ききますけどね、木下さん(内気くんのことだ)は、ほしい本があったとして、ヒモがついていなかったら、かわないんですか?」
内気くんはパチクリまばたきをする。それから真剣に考える。そして答える。
「か、買います。」
会議室の空気がふっとゆるむ。営業マンは、それ見たことか、と内気くんを馬鹿にしたようなほほえみを浮かべる。ぼくは、内気くんに負けるな!とふたたびエールをおくる。声がとどいたのか、内気くんははっとしたように顔をあげる。
「で、でも、同じくらいほしい本があって、片方にヒモがなくて、もう片方にヒモがついていたらヒモがついているほうを買います。」
営業マンは眉をつりあげる。「そんなのは...」と言い返そうとする。
その時、バン!とおおきな音で机がたたかれた。社長だ。
「こうしよう。」

スマホが震える。
ぼくの出版社の会議的妄想は終わる。
電話だ。彼女からだ。まぁ、彼女くらいしか、ぼくに電話をしてくる人間なんていないんだけれど。
ぼくは、どうしようか迷って結局でるのをやめる。今は、あまり話したくなかった。だって、これから本を読むのだ。彼女という現実に向かい合ったら、物語の世界にひたれなくなりそうだった。そのうちに電話は鳴りやんだ。
静寂。
「いいのかよ?」
声のするほうを見ると、小人が本棚の上に立っていた。
「ほっとけよ。」
ぼくは、買ってきたばかりの本を手にとりベッドにねそべる。
「よくないぜ、おまえみたいな本の虫を好きになる女なんて、あの子くらいだぞ。さっさと電話かけなおせ。」
「いいんだって。」
うるさそうに言うと、小人は気分を害したのか、本棚からとびあがり、ぼくの読んでいる本の上にとびのってあばれだした。
口汚くぼくをののしる。書けないくらい、あまりにひどい悪口だった。
しかも、全部本当のことだった。
なんなんだ、本くらいゆっくり読ませてほしい。ぼくはイライラして、小人をつまみあげ、本棚にもどす。小人はあばれつづける。
「わかったよ。電話するよ。」
そういうと、小憎らしいほど、得意そうに小人は高笑いした。
油断している。馬鹿なやつめ、と思いながら、ぼくは、本のヒモを小人の首にまきつけて持ち上げる。小人は抵抗するが、本のヒモというのは、案外丈夫でよくできているのだ。お前ごときの力じゃ、切ることなんてできないんだ。
1分もしないうちに、小人はだらんとぶらさがった。そして、ラムネみたいにしゅわしゅわと蒸発してしまった。
ぼくは、ふたたびベッドにねそべり読書をはじめる。
ほら、やっぱり本のヒモって、とても便利だ。

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この間、変な夢を見ました
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みじかく ものがたる

ショート×ショート。書くのも読むのも好きです。
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