解されゆく深海めいたビルの中 体操座りで眠りに落ちる

もう数年前になるが、ビルの解体作業のバイトをやったことがある。

そのビルにはもともとスーパーマーケットが入っていたのだが、地域の過疎化に伴って閉店してしまい、そこには商品の置かれてない、光沢を失った無機質な陳列棚だけが残されいた。僕に任された仕事は、ビルを解体するために、まずはその陳列棚をひたすらに解体する、というものだった。

少し前までは家族連れのお客さんなんかで賑わっていたのであろうそのスーパーで、今は数人の作業服を着たおじさんたちが、思い思いに散らばり解体作業に勤しんでいる。子供達のはしゃぎ声の代わりに、電動ドリルの「ドガガガガ」という無骨でデリカシーのない音が響く。

かつての平和な賑わいが嘘だったかのように、その影も形もなくしてしまったスーパーの中で、商品の陳列棚に残る、かつてそこに置かれていたのであろう商品の形についた日焼け跡だけが、その面影を残していた。

日焼け跡に露わにされた商品の輪郭は、かつて自分がスーパーとしてこの街を確かに支えていたんだということを、この空間をバラバラにしていく作業員たちに、声なき声で主張しているみたいに見えた。

まるで、忘れたくなくて必死に脳に焼き付けた楽しかった頃の思い出みたいに、商品たちの輪郭が、白熱電灯によってプラスチックの板に焼き付けられていた。

だけどその輪郭を、再び商品がなぞることはもうない。

役目を終え、必要とされなくなった陳列棚。彼らは目覚めの時を待ちながら、今はただ眠っているようにも見えたし、すでにその生涯を終えているようにも見えた。

その陳列棚たちは、まるで孤独を具現化したような存在に思えた。

まだ昼だったのに、晴れていたのに、そして窓もあったはずなのに、そこにあったはずの陽の光が思い出せない。孤独たちが横たわるその空間は、光の届かない、地上の深海のようだった。

だけど陰鬱としていたわけではない。静かに眠る孤独たちを揺り起こしてしまうことがないように、光たちが遠慮しているような、そんな優しい空間だった。

居心地が良かった。そこにいると、ひどく安心した。

幼少期から、自分の家に居場所のなさを感じていた。家に親がいると、自分が邪魔者のように思えてならなかった。だから、家に誰もいないと安心した。

孤独は決して僕の存在を否定しない。
孤独は決して僕の居場所を奪わない。

孤独は唯一、自分がここにいることを許してくれる存在だった。

誰とも糸で繋がっていない状態を孤独と呼ぶのかもしれないが、僕は孤独そのものと糸で繋がっているような気がしていた。

このバイトをした当時の僕も、相変わらず誰からも必要とされていなかったし、誰も必要としていなかった。孤独だった。だけど、それでいいと思っていた。孤独は味方だった。

だからこのビルが、自分の居場所のように思えた。
陳列棚の形をした孤独達が、まるで友のように寄り添ってくれているように感じたのだ。

このままここで眠ってしまいたい。そう思った。

あれから何年もの時が経って、あのビルはもう、かつての賑わいを取り戻しているかもしれない。

だけど僕は今でも、あの空間を思い出す。そこで一人ぽつんと、孤独たちに囲まれて、体操座りをして眠っている夢を見る。

未だ僕の魂はあのビルで眠ったまま、還ってきていないのかも知れない。

解されゆく深海めいたビルの中 体操座りで眠りに落ちる  /  大庭有旗 

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大庭 ユウキ

93年生まれ。

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