オキナワンロックドリフターvol.7

初来沖の日まで1か月近くになった8月のある日。
当時私のサイトの常連さんだった方が沖縄に家族旅行に出掛けられた。
その方にとってのメインイベントは8月8日に行われるNew紫のライブ。
私は土産話代わりのライブレポを期待しながら毎日を過ごしていた。
その方が帰ってこられ、ライブレポがアップされると私は真っ先に読んだ。……が。
チビさんのMCのくだりに私は固まった。
「昔の紫を愛してくれてありがとう。でも、僕たちが見据えているのは未来。Future!」



ジョニー・ロットンではないが、その発言は読んでいるこちらにとってノーフューチャーになるものだった。勘弁してくれよ!

したことがしたことだから今さらあの二人が紫と合流するのは絶望的だろう。しかし、ついつい過去の自分とシンクロして切り捨てられた方に肩入れしてしまい、私は激しく落ち込んだ。
当該常連さんはNew紫を気に入っていらっしゃり、落ち込む私を叱咤激励したものの、それはますます私をささくれ立たせ、紫への気持ちが再燃したのすら間違いだったのではとさらに沈んでいった。
しかし、9月はじめ。仕事帰りに定期券の更新をしようと定期入れを探っていたら、忍ばせていたメモが見つかり、また私の心をぐらぐら揺らした。
ハローページで調べて書きなぐった城間兄弟の連絡先である。
こうなったら一か八かの大バクチだ。私は休みの日に思いきって電話をした。違っていたらどうしよう。しかし、行動しなければ前に進めない。
蒸し暑い自室で息を潜めて電話が取られるのを待った。時間がやけに長く感じた。
5回目の呼び出し音で電話は取られた。電話に出たのはハスキーな声の男性だった。
私は名を名乗り、「こちらは城間俊雄・正男さま兄弟のご自宅ですか」と恐る恐る尋ねた。
少し間があいたものの、「はい、そうですが」とぶっきらぼうに返事がかえってきた時、私は安堵と嬉しさから崩れ落ちそうになった。
心拍数は一気に上昇し、汗がだらだら伝う。
私は事情と、紫のファンサイトをしていることを明かし、知人と一緒に応援メッセージを募っていることを話した。
男性は一通り私の話を聞くと「ここの住所知ってるの?」と問われたので、 メモはしていたものの、郵便番号とか正確な住所を知りたかったので「いいえ」と答え、男性が告げた正確な住所をメモした。
私は、この電話の相手が俊雄さんと正男さんの弟さんかなと勘違いしていたのだが、お礼を言いたくて名前を尋ねた。

「あ、あの。失礼ですが貴方さまのお名前は?」
男性は答えた。

「俊雄です」と。

まさかの逆転ホームラン的展開に私は声にならない悲鳴をあげた

衝撃の余りに体温まで急上昇した。
俊雄さんは電話口であたふたし、号泣する私に戸惑い、苦笑いしつつも「あー、泣かないで。大丈夫だからね。心配かけたね」と慰めて下さった。
どうにか嗚咽をこらえるといつもの図々しさが頭をもたげた。
せっかく俊雄さんと連絡取れたんだ。初来沖まであと10日なんだから、思いきって俊雄さんに会えないかアポイントをとってみようと。
「あの、実は9月20日から22日の朝まで沖縄にいます。良かったら20日か21日にどこかでお会いできませんか?」と。
俊雄さんは暫く黙って考えこまれた。そして……。
「わかった。21日ならあいてるよ。俺、忙しいから30分くらいしか時間取れないけれど大丈夫?」
どうにか俊雄さんから了解を頂いた時は嬉しくてまた叫び出したくなるのを必死で堪えた。
場所と時間は俊雄さんが来沖前日に指定するということで、その日は話を終え、電話でのやり取りだというのに私は深々と頭を下げた。
電話を終えた後はまさかのチャンスに浮かれてはしゃぎ、倒れそうだった。
やった。願いは叶いそうだ。
私は6年前、ニュースステーションで見た紫再結成ドキュメントでの俊雄さんの姿をフラッシュバックさせながら初来沖の日を指折り数え、サイトの常連客の方々に俊雄さんに会えることを打ち明けた。
大半の方々が驚きながらも対面の成功を祈ってくださり、ますます私は誇らしげな気持ちになった。
しかし、そんな気持ちは初来沖の夜に思い切りへし折られ、私はかなり泣きを見るのだが、それはまた別の話。


文責・コサイミキ

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