オキナワンロックドリフターvol.19

流れるようなセッションの後、屋良文雄トリオの面々は一曲目に入られた。

曲は“Moon river”。オードリー・ヘップバーンの気だるげな歌声のイメージが強いこの曲だが、屋良文雄トリオバージョンのこちらは、砂金の川が海へと流れ、月明かりに照らされて煌々と光る夜光虫とダンスしているようなMoon riverなのである。

淡い橙色の間接照明を主体とした店内の雰囲気と相まって、私は、ライブの間、幻想的な空間に誘われた。

そして、間を置かず、なおかつ自然な流れで“Lullaby Of Birdland”、「煙が目にしみる」、“Everybody Loves Somebody”が演奏される。

3ピースなのに豪奢、なおかつシンプルな音色に私はただ呆けたように聞き惚れていた。

演奏が終わり、私は屋良さんにお礼をいい、「気に入ったみたいねー」と気さくに話しかけてくださった島ちゃんと呼ばれるベースの武島正吉さんとドラムの津嘉山善栄さんに握手を求めた。

そして、モスコミュールをもう一杯楽しんでからタクシーでホテルへ。

はしごして仲田幸子芸能館でお芝居をと思ったものの、寓話で堪能したジャズがまるで不眠症で悩んでいる夜に出された蜂蜜入りのカモミールティーのように安らぎを与えてくれたのでまっすぐ帰ることにした。

一風呂浴びて横になると、無意識に音を忘れないように、「煙が目にしみる」をハミングしていた。

だんだんと瞼が重くなっていく。私は、キャバクラとお土産売りの呼び込みを子守唄に眠りについた。

翌朝は、旅の解放感と昨夜の屋良さんのピアノの音色のおかげか、寝覚めは最高だった。

朝御飯は、首里のあやぐ食堂でのランチのためにキャパをあけておこうと思い、食べずにチェックアウト。

旭橋駅近くのコインロッカーに荷物を置いたら、いざ、一日乗車券を買ってゆいレールで首里まで。

駅ごとに変わる沖縄民謡のチャイムについついハミングしてしまった。

終点の首里駅を降りて、まずは首里城見学へ。途中、琉装に身を包んだきさくなスタッフの方にお世話になったので一緒に写真を撮っていただいた。

首里城をぐるりと回り、お昼ごはんまで時間があるので、前回那覇空港で買ったたかはしみきさんのコミックエッセイに紹介されていたぶくぶく茶専門店 嘉例山房でぶくぶく茶を堪能。なんともいえない不思議な味で、泡を楽しみながらお茶を飲んでのんびり過ごした。

首里の石畳を歩きながら、明星とか平凡とかで昔のアイドルがよく石畳を歩いていたグラビアがあったなあと思いながら目を細めたりしているうちにお腹がすき、あやぐ食堂へ。

あやぐ食堂は沖縄旅行のサイトではよく取り上げられる評判の食堂。お勧めはAランチ、味噌汁ということでみそ汁定食を注文。

メニューの内容を尋ねたら、サイドメニューにお刺身がつくということ。しかし、前の職場で働いてからもともと苦手な刺身がさらに苦手になり、残すのも嫌なので食堂のおばさんに他のものと変えてもらえないか交渉。交渉の末に刺身からポーク二枚に変えていただくことに。

みそ汁定食は思った以上にボリュームのあるものだった。どんぶりになみなみと注がれた青菜とポークを主体とした具だくさん味噌汁。サイドメニューは目玉焼きとマカロニサラダとキャベツの千切り、そして、ポーク二枚。

味噌汁を口にすると、やや薄味ながらも鰹節の風味とポークの塩気がいい出汁になっていて箸の動きが止まらない。サイドメニューのマカロニサラダもほんのり甘い味付けで、味噌汁といいコントラストに。

食べ終わる頃にはお腹も心も満たされた。

次は歩いて、当時は首里にあった沖縄県立博物館へ。ちょうど、芭蕉布やミンサー織の工芸展があり、芭蕉布の涼しげな質感や、ミンサー織の鮮やかな色合いを目に焼き付けた。

さて、そんなこんなしていたら午後13時に。

今日はコザでマネーペニー女史と待ち合わせだった。

急いで首里駅に向かうものの、ちょうどいいタイミングでマネーペニー女史からメールで待ち合わせ時間を指定されたところ、まだまだ時間があるので、牧志で降りて観光することにした。その時に、路上販売の天然石のアクセサリーが気になり、赤い天然石とウッドビーズの配置が綺麗なネックレスを買って早速着けた。

牧志から旭橋まで歩くと少し汗をかいた。 さんぴん茶を買って一気に飲んで、コインロッカーから荷物を取ったら、バスでコザまで。

たった半年足らずの間に浦添から宜野湾までの風景は変わっていた。

サイトの常連さんの一人は「沖縄がどんどん本土化」しているとそれを表現し、嘆いていた。

それをメールで読んだ際に、頷ける一方で、「それは住まずにノスタルジーだけ押し付ける旅人のエゴじゃないかな」と心の中で呟いた。

とはいうものの、いつの間にかなくなった食堂や古い家屋のことに思いを馳せながら車窓を眺めた。

コザの変わり様はさらに顕著で、山里三叉路近くにあった古本屋が閉店していたり、京都観光ホテル近くにあったクィーンズストアがなくなっていたりと開店より閉店の方が明らかに目立ち、寂しさが増した。

今回の宿は嘉間良にあるゲストハウス。

レストランがあるビルの上階がゲストハウスで、玄関を開けるなり犬に吠えられたので、犬嫌いな私は面食らった。

吠える犬に固まっていると、キノコみたいな髪型の女性が犬を抱えてくださった。彼女に宿泊費と観光オプション料金を支払い、部屋に案内して頂く。

女性専用ドミトリーの、まだ空いている二段ベッドの下段に荷物を置いて少しだけ横になる。

とろとろと微睡むと、一週間滞在するのだから、せっかくだし、俊雄さんに会えないかどうか尋ねようと私は城間家に電話した。

電話には俊雄さんが出たものの、やはり元気はない。簡単な挨拶を交わし、「良かったら滞在中に食事かお茶でもどうですか」と尋ねたところ、「ごめん。忙しいから」と口ごもるような口調で返されてしまった。

落胆して電話を切り、深くため息をついた。

時計を見ると、待ち合わせの時間まであと一時間。M.ペニー女史とはゲート通りの大衆食堂ミッキーの前で待ち合わせだ。

さっとシャワーを浴びて着替えると、嘉間良からゲート通りまで。

坂道を歩きながら、ゴヤ十字路とは違う風景を目に焼き付けた。

ゲストハウス近くのかねひで、驚くほど安く、レアな品揃えばかりの自動販売機、ひっそりとした佇まいの金物屋、エロい雑誌や漫画が主体の書店、十代の客で賑やかなコザボウル。

それらを眺めながらてくてく歩いた。

ゲート通りに着くと、がじゅまるの木に寄りかかる。日暮れの近いゴヤ十字路は黄金色の光に照らされていた。

遠くを見つめていると、アルゼンチン料理マリアの店先では、小さな男の子が店先でくるくる回るロティサリーチキンの傍らで宿題をしているのが見え、微笑ましくなった。

がじゅまるに寄りかかる私の横をアメリカ兵やフィリピンバーのホステスたちが談笑しながら通りすぎた。

ゲート通りの路面店では、酔ったアメリカ兵向けの屋台が準備を始め、焦げた醤油の匂いや甘辛いたれの匂いをさせている。

無意識に、ネーネーズの『あめりか通り』を口ずさみたくなる光景が広がっていた。

ぼんやりしながら夕暮れ時のゴヤ十字路を眺めていると、クラクションが鳴った。

赤い車に乗った女性がサングラスを外して一礼した。マネーペニー女史だ。

90年代前半のままのようなワンレングスの黒髪と、007の初代ミス・マネーペニー、ロイス・マクスウェルのようなそばかすが印象的なスレンダーなその女性は、本名を明かしてから、「ミキさんね。今日はよろしく」と仰ると、私に隣のシートに座るよう促した。

(オキナワンロックドリフターvol.20へ続く……)

文責・コサイミキ

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