オキナワンロックドリフターvol.21

薄暗い階段を上り、JETのメンバーに会った途端に暖かい気持ちになった。

ターキーさんから「久しぶり!」と声をかけられ、ジミーさんから手を振っていただき、コーチャンから「よっ!」と会釈していただいて、こちらは嬉しさでいっぱいだった。

最初に話しかけて下さったのはコーチャンだった。

「久しぶりだね。てっきり地元の子かと思っていたからなかなかこないから心配したよ」と。

リップサービスだとしても嬉しい言葉だった。私は常連客と談笑しているジミーさんをちらりと見た。あれから半年足らずなのにまた少し痩せていた。髪もロマンスグレーから銀とみまごうような白髪になり、かえってそれがセクシーではあったが、急速な老いに体の不調があるのではと思い、心配になった。

ジミーさんの容貌の変化に不安になっていると、ターキーさんから「リクエスト受け付けるよ」と声をかけられたので、遠慮なく、「“I shot the sheriff”お願いします」と一礼したところ、快諾された。

一曲目は、リクエストした“I shot the sheriff”。ターキーさんの朴訥とした歌声にコーチャンのハイトーンとジミーさんの艶やかな声のハーモニーが絡む。JETでこの曲を聴くと、私は70年代のコザにタイムスリップする。不夜城のゲート通りにセンター通り。アメリカ兵の喧騒、ホステスたちの甘い声、安い香水と酒、紫煙が充満するAサインバー。そして、それらによって研鑽されたオキナワンロッカーたち。生まれてすらいない時代の欠片をこの“I shot the sheriff”を通して体感することができた。

そして、間奏のジミーさんのギターソロ。その余韻が心の弦を震わせ、今も当時のJETのことを思い出す度に“I shot the sheriff”とジミーさんオリジナルのギターソロを無意識に口ずさみ、忘れないように心に刻んでいる。

閑話休題。

ぼーっと演奏に見とれていたら、背後から強い視線を感じた。がっしりしたアメリカ女性がメニュー表を指差して睨んでいる。しまった!

私はバーテンダーのアメリカ女性、ドーンさんにジンフィズを注文すると、お金を払った。

しかし、ジンフィズはジンの分量が多かったからなのか、口にした瞬間にジンの強い味が広がった。

すっかり酩酊状態でスツールに腰掛け、演奏を聴いた。

Lynyrd Skynyrdの“Sweet home Alabama”は、JETの定番曲なのだろうか、ジミーさんがあの独特のイントロを弾くと、地元客とアメリカ兵から歓声が上がり、テンションが上がったのか数名の客が踊り出した。私も踊りたい気分にはなったものの、かなり酔いが回っているので踊るのは大変危険だ。酔いざましにボトルウォーターを買い、それをチビチビ飲みながらスツールに座り、JETの音にしっかりと聴覚を集中させた。

Eric Claptonの“Cross Road”, Led Zeppelinの“Rock and roll”, The Animalsの『朝日の当たる家』、Black Sabbathの“Paranoid”と、立て続けに懐かしの名曲が奏でられる。途中、一転して、コーチャンがドラムを叩きながらボーカルをとり、コーチャンのボーカルで The Righteous Brothersの“Unchained melody”が歌われ、地元客の何人かがチークタイムに突入していた。

コーチャンのいかつい顔とは真逆の甘く優しい歌声に酔いしれていると、どこかで見かけた顔が。去年、ゲート通りのバーでマスターとハイタッチしていた常連客だった。

一気に酔いがさめ、目が合ったので一応は儀礼的に挨拶はしたものの、コザは狭いなあと内心舌打ちした。

演奏は佳境に入り、Golden Earringの“Rader Love”になると大半の観客が踊りだし、私もつられて踊ってしまった。

最後はAerosmithの“Walk this way”。『踊る!さんま御殿!!』のエンディングテーマにもなっているこの曲で観客の沸点が上がり、地元客とアメリカ兵が入り交じり、モッシュを始めた。私もぶつからないように隅で踊っていたら、ハーフがクォーターの女性だろうか、喜屋武マリーさんに少し似た女性に腕を引っ張られ、前で踊るはめになり、照れながらも踊った。こうして、二度目の沖縄旅行二日目の夜は終わりへと近づいていった。

午前3時、JETのライブは終了し、ターキーさんの流暢な英語で終演がアナウンスされ、帰り支度する人とターキーさんたちと話したいがために残った常連客と二つに客層が別れた。私は大人しく帰ることにし、ジミーさんたちにそっと手を振った。

まだライブの余韻があり、全然眠たくなく、ゲート通りをうろついていたら、件の常連客に手招きされ、ゲート通りの『フレット』に立ち寄ることになった。

彼女から「かっちゃんがきてるよー。入ったら?」と誘われたので、好奇心から来店してコーラを注文。カナヲさんは相変わらずの無愛想だが、去年のことは蒸し返さないのが救いだった。やはり相変わらずどんぶりサイズのグラスになみなみと注がれたコーラを啜っていたら、かっちゃんと目が合った。かっちゃんの目の焦点は定まっていない。ライブで相当ハブ酒をあおったのだろう、足元もふらついていて危なっかしい。

濁った目をしながら、かっちゃんは私を羽交い締めにし、かなり卑猥なことを口走りだした。その力の強さに久しぶりに会えた嬉しさよりも恐怖が勝る。誰か助けて!と悲鳴をあげそうになるが、周りの客は私に被害の矛先が向いた安心感からか囃し立てた。

頼れるのは自分だけだ。

私は逃げ出せるチャンスを伺うべく、かっちゃんから目をそらすと、かっちゃんはいきなり私の片胸を鷲掴みにして罵りだした。

無意識にJETのある方角に目を向けていたからなのか、「お前は俺よりもJETのほうが大事なんだな!ならば、もうジャックナスティに足を踏み入れるな!出ていけ」と喚き出し、その隙に私はかっちゃんから離れた。コーラをイッキ飲みすると、そそくさとバーを退散する。去り際に、かっちゃんを迎えにきたのだろうか、『ジャックナスティ』の女性バーテンダーさんから、「ごめんねー。最近のかっちゃんは荒れてるの」と申し訳なさそうに会釈された。その頃から、ウィークデーも営業していた『ジャックナスティ』は他のライブハウス同様に週末営業に変更していた。かっちゃんの荒廃はそれも影響しているのだろうか。かなり大トラになっているかっちゃんを腫れ物を扱うように常連客が宥めていた。

命からがら逃げ出したものの、恐怖と握り潰すように鷲掴みにされた胸の痛みもあって、さらに眠気は吹き飛んだ。

よたよたと歩き、中の町方面へ。中の町沿いのカラオケバー“Good Times”は明け方近いのにアメリカ兵たちでいっぱいで、彼らはがなるようにお気に入りの歌を唄っていた。スマッシングパンプキンズ、オフスプリング、ドリームシアター、フージーズが人気で、かなりの順番待ちで、私はカラオケで唄うのは諦めてボトルウォーターだけ買って退散した。

ふと、空が明るくなっていったので見上げると、ちょうど夜と朝の境目のような、黒、紺、濃紫、藍、青、水色のグラデーションが空いっぱいに広がっていた。

私は空とゲート通りの景色見たさに駆け出して、ゲート通りの入り口近くの歩道橋を渡った。

歩道橋から見えるゲート通りはまだネオンが散りばめられ、夜の顔を見せていた。しかし、着実に朝は来ていて、うっすらと空が橙色に色づきはじめた。

だんだんと消えていくネオン、帰り支度をするミュージシャンや地元の人々、屋台の片付けを始める路面店の人々、ゲート通りならではの朝と夜の移り変わりを歩道橋からずっと眺めていた。

そうこうしていたら眠くなってきた。

私は寒気からかくしゃみして、嘉間良まで歩いて帰った。時計を見ると朝の5時である。

ゲストハウスに到着すると、忍び足で二段ベッドの下段に潜り込み、荷物を抱き枕代わりに眠りについた。

こうして、コザでの長い夜は終わった。

(オキナワンロックドリフターvol.22へ続く……)

文責・コサイミキ

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