猫と希望のメロディーについて

 窓ガラスに張り付く桜の花びらと、まうまうと煙るふかし煙草の混ざり合った香りとが春の若者の目を焼き、新しくできたカフェテリアに並ぶ学生たちを面倒くさそうに見つめる老猫たちはいつも通り会議をはじめて、ウィーン・フィルハーモニーのニューイヤー・コンサートの出来について話し合った。

「小澤征爾は日本人だった」
「何年前の話をしているんだ、ケミカルウォッシュでも履いてな」
「それこそ何年前の話だ、でも、カラヤンが生きてたらよかったなあ」

【天国と地獄】一八五八、ジャックーオッフェンバック(地獄のオルフェ)
「好きだよ。」
「他の言葉で言って。」
「愛してる。」
「ほんと?」
「ほんとう」
「どれくらい好き?」
「うーん、そうだな」
「早く答えてよ」
「君と会えたから今週も生きていける」
「今日も、でしょう?」
「週に一度しか会えないじゃないか」
「好きよ」
「僕も好きだ」

【美しく青きドナウ】一八六七、ヨハン・シュトラウス二世
「君の寝顔を見ていると素敵な気持ちになるよ」
「ねえ、あの家には誰が住んでいるの?」
「旦那を亡くした女が住んでる、毎日夜になると海辺にロッキング・チェアを出して船を見つめてるんだ。彼女の泣いた目は赤く腫れているから遠くからでもよく見える。ちょうど、高度を知らせるビルの上のあかりみたいに。」
「うそ?」
「シャワーは?もう浴びた?」
「ええ、タオルが見当たらなかったからあなたが使ったのを借りたわ」
 

これから語ろうとすることはとても個人的なことだ、僕はそんな個人的なことを、個人的な言葉で語ることに強い拒否感があるし、それが誰の胸をも打たないだろうことを知っている。それなのに僕は語ることを強いられている。開店前の定食屋に響く不気味なまな板の音、十八歳の少年の耳に独特に響く踏切の音、希望のような音を包み込む夜の衣を剥いでしまった朝日に照らされた残酷な音は涙なしには耐えられない。しかしその残酷な響きを僕は十年もの間聴き続け、さらに残酷なことにそれに慣れてしまったのだ。だから僕は語らなければならない、時に理路整然としない場合があろう、時に時間の流れが一定でないことがあろう、それは僕の記憶違いや僕の勘違いという場合もあるだろうが、その多くに関して僕はそれが意図的でないということを強調して弁解しておきたい。ともすると、僕たちにはすでに語らなければならないことなどもう残されていないのかもしれない。しかし、語ることやめた瞬間に、語るべきことは波にさらわれてしまう、語り続けることでしか語るべきことを見つけることはできまい、以前ニーチェが言った通りだ。ワルツが指揮者によって全く違うものに変容してしまうように、一瞬の火加減でパスタが水分を吸いすぎてしまうように、個人的な体験を語るというのはひどく危険なことなのだ。

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