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うさぎを愛で、のどぐろを味わう #加賀・金沢旅行記

 まさか元旦にこんなことが起きるなんて。1月1日、信じられない気持ちでテレビを見つめていた。前々から計画していたとはいえ、この大変な時分に訪れてもいいのかな……と躊躇いつつも、石川を旅してきた。1日目は加賀、2日目は金沢。人生初の北陸で、重く垂れ込める曇天も、突き刺すような空気の冷たさも、灰色の日本海も、すべてが新鮮だった。そして(これは旅行するたびに思うのだけど)、美味しくて素敵なもので溢れていた。行けてよかった、ほんとうに。

 旅のあれこれを、写真とともに書き残しておく。


1日目

小松空港へ

 朝5時半発のリムジンバスで羽田空港へ。夜明け前の高速バスが好きだ。だんだん白んでいく空や、びゅんびゅん通り過ぎる高速道路の標識に、これから旅行が始まるよ!って言われているよう。子どもさながらにわくわくする。


 道路が空いていたからか、空港に着いたのは出発1時間前。手荷物を預け、朝ごはんを買い、余った時間で展望台へ向かう。飛行機、かっこいいな。かっこいいけれど、空恐ろしくなる。ナショジオに登録してから夫とたまに『メーデー!』を観るのだけれど、あんなに大きくて重い機械がエンジンと風のバランスで飛んでいるのだと思うと、その不安定さ?スリル?にハラハラする。(確率的に言えば)飛行機が車より安全な乗り物だって、わかっているのだけどね。


 飛行機に乗り込んで、いざ出発!雲の中を通り抜けて昇っていくのが毎度ながら不思議。「日本アルプスの上空は揺れますのでご注意ください」と言われて窓から見下ろすと、雪化粧した山が隆々と聳え立っていた。壮観だった。


 海老カツサンドと天むすを夫と分け合って食べる。食べ終えたところで、あっという間に小松空港に到着した。小松は羽田よりも寒かった。気温はたいして変わらないはずなのに、寒さの種類が違う。小松の寒さは鋭く、芯が通っているように感じる。


月うさぎの里

 お宿のある加賀温泉駅へ向かう列車で、チェックインまでの滞在場所を探す。外を散策したいけれど、小雨が降っていた。車なしでは行きづらい場所も多い。そんな中、夫が「月うさぎの里」を見つけてくれた。屋外スペースでうさぎを放し飼いにしており、自由に触れ合えるらしい。私はうさぎが大好きである。行きたい行きたい!と騒ぐと、夫も賛成してくれた。

列車から眺める景色


 入園料はひとり300円。300円でうさぎを思う存分愛でられるなんて、安いもんである。撫でる用の軍手をはめて屋外スペースに入ると、そこかしこにうさぎがちょこんと佇んでいた。小雨が降ってはいるけれど、広々とした空間に屋根付きの場所がちゃんとあり、濡れずに済んだ。うさぎたちは人に慣れた様子で、餌はないかと寄ってくる。毛並みはきれいで鼻がひくひく動き、生き生きとしている。いつか入った猫カフェの、疲れきった様子の猫とは違うなあ、と驚く。

 小さい子どもたちに混じってうさぎを撫でさせてもらう。寒さのせいか、香箱座りでまんまるになった姿が堪らなく愛おしい。ぽやぽやの産毛一本一本まで、すべてが可愛くてたまらない。耳の後ろに顔をうずめ、頬ずりしたい衝動を必死にこらえる。

 中には、他のうさぎが去った後に小走りで寄ってくるや、「撫でて」とでも言うように掌の下に頭を押し込んで来る子もいた。額から耳、背中へと掌を動かすと、目を細めて歯を鳴らしている。途中で眠ってしまったのか、ぷすーぷすーと音がする。亡くなった実家のうさぎが思い出されて恋しい。ああ連れて帰りたい。家に帰ってこんなに可愛い子がいたら、なんて幸せだろう。夫に「うさぎ飼おうよ!」と提案するも、「ちゃんと育てられるか、よく考えてからね」と諭された。はい。


富士屋旅館

 お蕎麦屋さんでお腹を満たしてから、電車で加賀温泉駅へ。お宿の方がマイクロバスで迎えに来てくださる。ラウンジで熱いほうじ茶と干菓子をいただきながらチェックイン。このひとときが好き。

 露天風呂付きの和室は広々として、石油ストーブの懐かしい匂いがした。暖かくて居心地がいい。今すぐ寝転びたいのをこらえて、館内を回ることにする。館内図で卓球場があると知り、夫が目を輝かせた。旅館に泊まるといつも卓球をやりたがるのだ。しぶしぶ付き合う。11点マッチの試合を5回して、0勝5敗で私が負けた。「意外と球が返ってくるね!」と無自覚に煽られ、苦笑いするしかない。

 図書コーナーも併設されていた。歴史書から雑誌まで、新旧の書籍が幅広く並んでいた。誰が選書してるんだろうと考える。面陳列されていた一穂ミチさんの『光のとこにいてね』を手に取り、読み始めると止まらなくなってしまった。持って帰る訳にもいかないので、帰り道で本屋に寄ろうと決意する。

 夕食までの時間で、部屋の露天風呂に入った。

 お庭や、柵の隙間から見える街並みにはこんもりと雪が積もっていた。冬らしくて最高の眺めだった。ぶるぶる震えながら熱いお湯に浸かると、指先までじんわり温もりが広がっていく。のぼせそうになったところでお湯から上がり熱を冷ます、その繰り返し。心地よくていくらでも入っていられる。普段のお風呂はあんなに面倒くさいのに、露天風呂には喜んで入るのだから、げんきんなものだなあと思う。


夕食

 お待ちかねの夕食!私にとって、お宿のいちばんの楽しみと言えば食事。普段じゃ考えられないような品数に、ご当地の名産に、初めましての地酒。ほろ酔いで美味しい食事に舌鼓を打つ幸せといったら。

梅酒に金箔が入ってた さすが石川
じぶ煮 あったかくて滋味深い
西京焼き 右の昆布まで美味しい
ふわふわのお肉……
新鮮で、ぷりぷりで、とろけるよう
加賀の月 すっきりして飲みやすい


 海鮮がとにかく美味しかった。カンパチは身が締まっていて、海老はぷりぷりで、イカはとろけるように甘かった。いくらと金箔がきらきら輝いていた。露天風呂で温まった身体が、日本酒でさらにほてる。満腹で苦しい、でも食べたい。旅館でしか味わえない、満たされた苦しさである。

 お部屋に戻ると布団が敷かれていた。温泉であたたまり美味しいごはんで満腹になったところに、清潔なお布団!温泉旅館にはこの世の幸せが詰まっていると改めて確信する。夫の「露天風呂行こうよー」の呼びかけに生返事をしつつ、布団にごろんと横になる。そうしてうとうとするうちに、いつの間にか眠っていた。


2日目

朝風呂、朝食

 夫のアラームに起こされ、朝イチで貸切露天風呂へ。半ばうとうとしながら浴場へ出たとたん、あまりの寒さにシャキッと覚醒した。冬の早朝に雪の積もった加賀で裸んぼ、これは危険なレベルで寒い。寒い寒い、でも熱いと悲鳴を上げながら肩まで湯船に浸かり、ひと息つく。お風呂好きな夫は、部屋付きでも貸切でも大浴場でも、入れるお風呂には入り尽くすタイプなので、その行動力にあやかっている。

 お風呂から出て朝食へ向かう。昨晩あんなに食べたのに、もうお腹が空いている。

 くるみ煮と生姜の佃煮があまりに美味しくて、ごはんが進む。この旅のメイン・のどぐろがこの後に控えていたので、ごはんおかわり禁止を自ら命じていたのに、しっかり食べてしまった……。温泉卵まで出してもらったら、もうしょうがないね。

 部屋へ戻り、布団に転がってローカル番組を眺めてから、また露天風呂に浸かった。お風呂に入る→食べる→布団でごろごろする、を繰り返している。幸せである。
 お宿ですれ違ったのは2組だけだった。平日だからというのもあるけれど、地震の影響も、少なからずあるのかもしれない。


サンダーバードで金沢へ

 お宿をチェックアウトして、バスで加賀温泉駅へ送っていただいた。3月には北陸新幹線が開通するらしく、案内板やホームが真新しい。コーヒーを片手にサンダーバードへ乗り込む。

金沢へ向かうにつれて雪が深くなる


 金沢駅に到着し、金沢百番街でお土産を物色する。さすが三大菓子処!店舗も種類も多くて目移りしてしまう。お土産は新幹線に乗る前に買うことにして、バスで近江町市場へ向かう。

金沢駅


のどぐろ! 近江町市場寿し

 そもそも今回の旅は「のどぐろを食べてみたい」という私の願望を発端に計画されたものだった。遡ること9年前、まだ夫が只の先輩だった頃、金沢で初めてのどぐろを食べたという彼にその美味しさを力説されたのだ。物静かな彼が「あんな美味しい魚は初めてやった」と顔を輝かせるのだから、相当おいしいに違いないと確信し、興味が湧いた。ところが、普段の生活でのどぐろを食べる機会などなく、のどぐろの産地へ旅行することもなかったため、その味を知らぬままここまで来てしまった。どこか旅行に行こう、行くならどこがいいかと夫に問われ、「そういえば」とのどぐろを挙げたのだった。

 近江町市場は、海鮮に金沢おでん、八百屋や喫茶店と、飲食店や食料品店が立ち並び賑わっていた。炙りのどぐろ重を目当てに「近江町市場寿し」に入る。職人さんの目の前のカウンターに案内してもらう。のどぐろに加え、私はほたてのバター焼きを、夫はぶりのカマ焼きを注文する。いよいよのどぐろデビューである。胸が高鳴る。早朝から活動しているからか旅行マジックか、朝食をあんなに食べたのにもうお腹が空いている。


炙りのどぐろ重

 運ばれてきたのどぐろは白い身に焼き目をつけ、脂をまとってつやつやと輝いていた。

 わさびをといた醤油にちょんとつけ、酢飯に乗せて頬張る。口に入れたとたん香ばしさが広がる。噛めば柔らかく、こってりと、でも上品に甘く、すうっと溶けていく。あまりの美味しさに目をみはり、夫を見た。夫は目を閉じて眉間に皺を寄せ、「うまい……」と絞り出すように呟いている。うまい、うん、わかる。ほんとうにうまい。こんな魚、初めて食べた。稲取で食べた金目鯛に似ているけれど、やっぱり違う。魚特有の臭みがなく、脂が乗っていて、……とにかくうまい。これに尽きる。


ほたてのバター焼き
ぶりのカマ焼き

 ほたてのバター焼きは濃厚で、これまで食べた貝類の中でいちばん美味しかった。ぶりのカマ焼きは身がぎっしりつまり、レモンと大根おろしを合わせるとさっぱりして、さらに美味しい。すごいなあと思う。魚がこんなに美味しいなんて。こんなに美味しく調理できるなんて。すべてあっという間に食べ終えてしまった。お腹はいっぱいなのに名残惜しい。また絶対、のどぐろを食べに金沢に来ようと心の中で誓った。


金沢おでん

 ごちそうで満腹のくせに、金沢おでんの屋台も気になる。夫が「丸いお麩が美味しいんだよ」と言うので、ひとくちでも食べておきたいという食い意地がむくむく湧き上がってくる。夫と分けて食べることにした。屋台で注文し、あつあつをその場でいただく。

 丸い麩は車麩というらしい。ずっしりとお出汁を吸い込み、箸でつつくと柔らかくほどけていく。ほんのり甘く、からしとよく合って美味しかった。あったまる。


森八

 腹ごなしに兼六園まで歩きながら、途中にある和菓子屋さん「森八」でお土産を買うことにする。私も彼も柴舟が好きだ。生姜風味のお砂糖をきらきらとまぶした、甘いおせんべい。自宅用、家族用にと買い込む。家に帰ったら少しずつ食べよう。



兼六園

 金沢といえば……な兼六園、いちど行ってみたかった。雪の積もったタイミングで来られたのが嬉しい。観光客らしき外国人が大勢、ツアーの旗を掲げたガイドさんに連れられて歩いていた。

 思っていた以上に広い。そして空気が美味しい。深呼吸をすると、きーんと冷えた清々しい空気が身体じゅうをめぐり、満腹感とバスの暖房でぼんやりした頭がクリアになっていく。雪のきらめきが目に眩しかった。

 新幹線の切符を取っていたので、写真を撮りつつさくさく歩く。紅葉の季節は映えるだろうな。でもものすごく混むだろうなあ。


きんつばと福うさぎ

 バスで金沢駅へ戻り、新幹線の時間まで金沢百番街でお土産を物色する。いくつもの店舗をぐるぐる回り、迷いに迷う。髙木屋の紙ふうせんも、石川屋本舗のかいちんも欲しい、でもせっかくだから食べたことのないものにしよう……。結局、中田屋のきんつばと、福うさぎのおまんじゅう(うさぎへの愛を確かめたこの旅で、買わずにいられなかった)に決めた。新幹線でのおやつに、ふらん・どーるのスイートポテトと、すゞめのいちご大福も調達する。

小豆の優しい味 熱い緑茶によく合う
うさぎさんはこれから開封します 楽しみ



北陸新幹線「かがやき」

 最後の最後に楽しみにしていたのが、この北陸新幹線。東海道新幹線には何十回と乗ってきたけれど、それ以外の新幹線に乗ったことがなかったのだった。東海道よりも座席が広く、ゆったりしているように感じる。驚いたのが、座席の背もたれについた枕の高さを変えられること。最初、壊したのかと思って「うわっ!」と叫んでしまった。

立山連峰

 富山に向かう途中、通路の向こう側に立山連峰が見えた。雪を被った姿は雄大で圧巻だった。富山出身の友人が「立山、立山」とことあるごとにその名を挙げていたのを思い出す。あああの子は、この山のもとで育ったのね。あの子の心には、この風景が根付いているのね。目の前にして初めて腑に落ちた。畏敬のような、感傷のようなしんみりした気持ちが湧き上がる。同じ日本でも、見たことのない景色はごまんとあることに、改めて気付く。世界は広い。普段、ちっぽけな執務室できゅうきゅうと悩んでいるけれど、世界はこんなにも広いんだ。

 長野を通り過ぎ、大宮を通り過ぎ、どんどん日常が近付いてくる。旅の終わりは寂しくて切ない。のどぐろを食べにまた来ようねと夫と話した。

 そして能登が、一刻も早く復興しますように。募金して、石川の名産をたくさん買います。


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