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「麻田君、オーディションに行く」・・・短編。あるミュージカルのオーディション会場で見たものは。


「面白いものが見られるぞ」

バイトを紹介してくれた大学の先輩が言っていた言葉を思い出しながら、
麻田君は、とある舞台のオーディション会場にいた。

大手エンターテインメント会社が社運を賭けて公演するという輸入ミュージカル舞台で、ミュージカルに興味の無い麻田君でも、そのタイトルは聞いたことがあった。

「ミュージカルって、なんで芝居の途中で歌わなきゃいけないんだろう」

紹介してくれた先輩には悪いが、当時の麻田君の
ミュージカルに対する認識は、その程度。
素人にありがちな偏見とイメージしか持っていなかった。


麻田君の仕事は、控室に集まった女優や女優の卵たちを
審査員たちがいる部屋に案内し、
審査が終わった人を控室ではなく、会場の外まで送っていくというもの。

簡単そうに見えるが、これが意外にきつい。

今回のオーディションは、主役の役者を選ぶものでは無いので、
結果はその場で言い渡される。
しかも、芸能事務所所属の俳優だけではなく、個人にも門戸を開いていたため、オーディションが初めてという人も少なくない。
つまり、落とされるのも初めて、という人もいる。

それでも、麻田君の目には

「あ。この子、可愛いな」

と思う女優がほとんどであった。

しかも、この子が一番だなと思ったら、次にくる子は
さらに可愛い。その次はさらに美人ということが続く。

キャンパスに居たら、すぐに男子生徒の注目を浴びそうな女の子たちが
ずらりと並び、
そのほとんどが不合格となって審査員の部屋を出て来る。
泣きながら出て来る女優。悔しそうに怒る女優。
廊下に出た途端、大声で叫ぶ女優もいた。

それらの女優たちを控室に戻すと、これからオーディションを受ける人たちに悪影響を与えるので、そのまま会社の外まで送っていくのが、麻田君の仕事なのだ。

子供の頃から可愛い可愛いと褒められ、舞台でも主役を張ってきたであろう若い女優が、初めて挫折を味わった姿を目の当たりにするのは、麻田君にとってもかなり辛いものがあった。


控室で順番を待つ中に、少し怯えているような、落ち着かない感じの女の子がいた。

「地味だな」

他の華やかな女優陣に比べるとやや見劣りがする、と麻田君は思った。
正式な関係者として選ぶ訳でもないのに偉そうなことを言っている事に気が付き、少し恥ずかしくなった。

その時、

「麻田く~ん!」

と背中に声が掛かった。

振り返ると、見覚えのある顔。
同じ大学の花田芽衣子(仮)だった。

「もう。さっきからずっと目で合図しているのに
全然気づかないんだから~」

普段から甘えた調子で話す芽衣子は
クラスでは人気のある可愛い女の子だったが
美人ばかり並んぶこの中では、それほど目立たない。
声を掛けられるまで全く気付かなかったのだ。

麻田君は、やはりこ世界は厳しいなと思った。

聞きもしないのに芽衣子は、自分がこのミュージカルに掛ける思いや、オーディションに来るまでのいきさつを話し続けた。

知り合いとは言え、あんまり一人の女優と長く話し続けるとマズいだろうな、と思った時、審査員室から声が掛かった。

「次、花田芽衣子さん。お入りください」

呼ばれた芽衣子は、麻田君に軽く手を振って中に入っていった。

そして数分後には、その他の女優達と同じように
悲しそうな顔をして部屋を出てきた。

「ダメだったわ。仕方ないわね」

と割り切ったように話していたが落ち込んでいるのが分かった。
麻田君はかける言葉も見つからず、会場出口まで見送った。

その後もオーディションは順調に進んだ。
途中数人の合格者を除き、ほとんどが悲しい顔で帰って行く。
一番最後に残ったのは、先ほど地味だな、と思った女の子だった。
自分より5歳くらいは若く見える。

緊張しているのだろう。少し震えて見える。

『この子には合格してほしいな』

麻田君の淡い期待に反して、
審査員室を出てきた女の子の表情は暗かった。

控室に誰も残っていないのを確認した麻田君が
審査員室に入って、「会場を片付けますか?」と聞くと、

「まだ早い」

と止められた。

それからしばらく、審査員たちは
テーブルに座ったままで、何かを待っていた。

履歴書を見比べる訳でもない。
この後まだ来る女優がいるのだろうかと思いながら、
麻田君も椅子に座って待つことにした。

20分ほど経った頃、ドアをノックする音がした。

急に審査員が目配せして、書類を片付けはじめ、
麻田君にはドアを開けろと言った。

怪訝に思いながら、ドアを開けると、勢いよく一人の女の子が入って来た。
先ほど最後にオーディションを受けた地味な女優の子だった。

「何だね。もうオーディションは終わりだよ」

書類を片付けていた審査員の一人が言った。

地味な女優の子は、胸を張って大きな声で返事をした。

「納得いきません。お願いします。
もう一度受けさせてください!」

めんどくそうな顔をする審査員が答える。

「じゃあ、やってみる? 音楽は出ないよ」

「はい。大丈夫です。ありがとうございます」

地味な女優の子は、深く一礼すると、
聞き覚えのある英語の曲をアカペラで歌いだした。

聴きながら麻田君はなぜか涙が出そうになるのを感じていた。

「分かりました。お疲れ様です。」

歌い終わった地味な女優の子は、そう言われて帰された。

あれ? この子には合否判定を伝えないのかな?

と思ったが、審査員たちにもう一度頭を下げて出て行く
その子はすっきりとして微笑んでいた。


数日後、麻田君はバイトを紹介してくれた先輩に
お礼かたがた、その時の事を話した。

「それは、変な噂が立たないようにしてるんだろうな。
『戻ってくれば再審査して合格させてくれる』なんて噂が立つと、この先面倒だから、その時は帰して後で連絡するんだよ。
情熱的な新人女優を探してるって言ってたからな。諦めきれずに根性を見せるくらいなら、多分その子は合格してるよ」

先輩の言った通りだった。
数か月後、
そのミュージカルの公演が決まって、ポスターを見た時、
ずらり並んだスター女優の顔写真の下に、
その地味な女優の子の写真が、小さく載っているのを
麻田君は見つけた。

「良かったな。なるほど、チャンスはこうやって掴むのか」

と思う横を、花田芽衣子が通り過ぎた。

「このミュージカルも大した女優は出てないわね」

麻田君は、「君もあきらめずにもう一度歌えば合格できたかもしれないのに」と言いかけて止めた。
それは余りにも残酷だと思ったからだ。

それに、自分が失敗したからといって
作品自体を貶すような芽衣子には、
ミュージカルの世界にいて欲しくないと感じていた。

そして麻田君は、次にミュージカルを見る時には、
俳優たちの苦労を感じ取りながら、
心して観劇しようと思うのであった。


            おわり


*これは友人が受けたオーディションで起こった出来事を、脚色したものです。実際には少し違う方法だったそうですが、友人はちょっと後悔しているようでした。私たちは「合格する方法が見つかったのなら、それを君も実践すれば良いじゃないか」と言ったのですが、結局彼女はミュージカル自体を諦めてしまったようです。


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