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「麻田君、モデルになる」・・・必要なのは体型だけじゃない。


麻田君は、海外でモデルのバイトをしたことがある。
一年ほど留学していた学生時代。
友人に頼まれて引き受けたのだ。

モデルのバイト」というと、頭が小さくて足が長くて、
という容姿を想像する方が多いのだが、
麻田君は決してそのようなタイプではない

当時はやせ型で、長身に見えなくはなかったが、それでも
身長は175cm。本職のモデルに比べれば見劣りがする。

見た目だけでモテるようなタイプではなく、
どちらかというと「普通」である。

だが、その「普通」が必要なんだと説得され
軽い気持ちで引き受けたのが、始まりだった。

その仕事は、カジノ用品を扱うメーカー
日本人向けに売り込みを計画しているので
カジノの説明ビデオを作るのだという。

ホームステイ先のお父さんからタキシードを借り、
指定された会社に行ってみると
そこは、半分を商品倉庫に使い、残り半分をカジノバー風に装飾している 撮影用のスタジオであった。

マホガニー製の調度
あらゆる種類のお酒が並んだカウンター。
中央にはルーレット。壁際にはスロットマシンなど。

ラスベガスさながらのカジノバーだ。

麻田君以外は皆、現地のモデル。もちろん皆西洋人で背が高い。
当初はモデル体型の森の中に迷い込んだ小鹿のように
緊張していた麻田君だったが、フレンドリーな監督や優しいモデルたちのおかげで、リラックスして仕事が出来た。

時々、監督からポーズをとるように指示があるが、

「そこに座ってテーブルのチップを触ってくれ」

「このカメラを持って撮影する格好をしてくれ」

「横にある大き目のリュックを背負って歩いてくれ」

など、簡単な事だけだった。

1時間ほど撮影したところで、監督から

「最後は、ルーレットテーブルでゲームしている場面を撮るから
実際にしばらくやってくれ、自然にだよ」

と言われ、実際のゲーム通りに、ルーレットをやってみることになった。

ルーレットのルールはあまり詳しくないが、
とにかくテーブルに書かれた数字のどれかにチップを置いて、
ディーラーが回転するルーレットに球を投げ入れ、
当たればチップが増え、負ければ没収されるというもの。

ルーレットが回り出すと、
麻田君はギャンブルは全くの初心者なのに、なぜか勝ち続けた。

「ビギナーズラックって本当にあるんだな」

と、のんきに思っていると
次第にモデルたちが緊張していくのが分かった。
麻田君の隣で、負けると本気で悔しがっているモデルがいたのだ。
タイガーと呼ばれていた彼は、相当なギャンブル好きらしく、
お金をかけている訳ではないのに
異常なほどエキサイトしているのが分かった。

なぜかこの日はバカつきの麻田君
どこに張っても三回に一度は勝ちが転がり込んでくる。

タイガーはと言えば、今まで一度も勝っていない
手持ちのチップも残り少なくなっていた。

「どうしてそんなに勝てるんだ? 何かインチキをやっているんじゃんないだろうな!」

タイガーがどうにも面白くない様子でからんでくるが、
八百長と言われても、ただ撮影の為にルーレットを
しているだけなのでどうしようもない。
逆にどうしてそんなに熱を入れるのか、麻田君には分からなかった。

「落ち着いて、ただの偶然だよ。次はきっと負けるから」

と慰めのつもりで言ってみても、なぜか又勝ってしまうので
逆効果になる。
ルーレットを回すディーラーも、両手を肩まで上げて、
お手上げのポーズをしている。

『まずいな。わざと大負けしちゃおうかな』

と思って、手元のチップを全部「00」に置くと
なんと「00」に球が入ってしまった。

ついに、タイガーがブチ切れた!

「野郎! やっぱり八百長だな!」

と大声をあげて、麻田君の襟首を掴んできた。

「く、苦しい・・・」

麻田君の体が、徐々に持ち上がっていき、足が床から離れた。

息が出来なくて、ぼーっとしてくる意識の中で麻田君は、
周りのスタッフや出演者に手を振って助けを求めたが、
烈火のごとく怒り続けるタイガーを怖がっているのか、
誰も近づこうとしない

「ちくしょう。こんなバイトなんか引き受けるんじゃなかった・・・」

麻田君は、絶望と恐怖と苦しさで顔が引きつっていった。


その時、監督が叫んだ。

「カット!オーケーだ」

途端に、怒りの表情で締め上げていたタイガーが
優しい顔に戻り、麻田君の体を下ろした

「大丈夫だったかい」

タイガーは笑いながら、今度は優しく麻田君の体を抱きしめてくれた。

「え? え? 何? 何があったの」

呆然と事態が呑み込めない麻田君に
監督が近づいてきて説明してくれた。

「ごめんね。実は、ルーレットのプロモーションじゃなくて
カジノが初めての日本人向けに、
注意喚起ためののビデオ撮影だったんだ」

周りのスタッフを見ると、麻田君を見てニコニコと笑っている。

「ギャンブルは楽しいことばかりじゃない。
特に日本人は慣れてないから、カジノ内でカメラ撮影をしたり、
大きなバッグを持ち込んだり、ゲーム中にチップを触ったりするかもしれないだろう。そのせいで、周りで楽しんでいる人を
怒らせてしまいかねないからね」

ということは、麻田君は考えた。

「さっきポーズをとらせた、カメラもバッグもチップに触るのも
全部禁止事項だったんですか?」

「そうだよ。もちろん君のバカ勝ちも、ディーラーの手腕によるものだ」

腕の良いディーラーは自由自在に、狙った数字のコマに球を投げ入れることが出来るという話を、麻田君は思い出した。

「君のおかげで、純粋無垢にマナー違反をする日本人の映像が
うまく撮れたよ。とても自然だった。特に最後のからまれる場面は
実にうまくいった。真剣におびえている表情が撮れたよ。
中々芝居ではできないからね。
あの表情が撮りたくて、最後の撮影まで、
ビデオの内容については黙ってたんだよ」

真実を聞かされた麻田君は、怒りを持つ以前に感動していた。

「たった一つの表情を撮るために、
全員が一緒になって、僕を嵌めたなんて、
まるで映画のスティングのようだ」

その後、麻田君は、すっかり撮られる仕事に
のめり込み、日本に帰ってからも、
エキストラのバイトを探すようになったのだった。

そのエキストラのバイト現場でもいろいろあったのだが
それは又、次の機会に・・・。


                        おわり





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