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#6 暖心

寒空の日々が続いているというか、
もうこれが日常になりつつあって
なんだか慣れてきたような気もしてる毎日。

Umeåにもついに雪が
降り始めました⛄️

最近、授業の合間を縫って
ストックホルムとキルナに行ってきたけど、
同じスウェーデンとは思えない気温の差。

やっぱりストックホルムみたいに
少しあったかいところがいいなぁ
とか思ったり、
オーロラがよく見えるキルナも良いなぁ
とか思ったり、
でも、Umeåに戻ってくると
やっぱりいいなぁとか思ってしまう🤔

***

さて、こっちの授業で面白いことが
まだあるので、書いておこうと思います。笑

先に簡単に言ってしまうと、
こっちの人たちみんな授業スタイルが
すんごいフランク。

まず、先生とのコミュニケーション。
日本だと〇〇先生みたいに語尾に『先生』
って単語をつけて呼ぶことが多いけど、
スウェーデンは呼び捨てでいいんだよって
最初の授業で教わりました。

だから、Mr.とかDr.とかProfessor.とか
そんなん付けなくていいよと。

しかも、これが幼い頃から
言われていることらしくて、
こっちの人の働き方にも通じているみたい。
今度、こっちの人の労働に対する価値観も
紹介できればしていきたいと思います。

そして、授業の開始時間も面白い。
例えば、13時から授業があるとしたら、
実際に授業が開始するのは13時15分から!
2時間の授業が基本で、
必ず休憩が1時間ごとに10ー15分ある!
日本で1時間半の授業ばかりだったから
最初は少し不慣れだったけど
最近はもう1時間経ったら
そろそろ休憩だぁって思い始めてるから、
日本帰ったら逆に慣れない気がする。笑

スウェーデンの大学は
“自己学習”に重きを置いていて、
授業も1週間に3日くらいしかなくて、
それも2時間だけ。
授業の中身も講義より
やっぱりディスカッションが好きみたい。

先月と今月履修していた
福祉の授業の最後ののテストは、
プレゼンとディスカッションと、
単語4000文字の課題で、
生徒によって取り扱うテーマが違うから、
生徒同士のディスカッションで
お互いに相互学習するスタイルという。

あぁ、、異文化。笑

***

さて、前回に引き続き
こっちで学んだことを復習含めて
まとめてみたいと思います。

今回は、

スウェーデンの“障がい”に対する価値観

福祉の授業の中で障がい者に関する授業で、
必ず見たこの図。

端的に表すと、

医学モデルでは、
障害は個人の能力・機能によって起こるもの
社会モデルでは、
障害は社会の障壁によって作り出されるもの
そして、ノルディックモデルでは、

障がいは個人と環境の
相互作用で生まれるもの

と考えられている。

以前noteでも投稿した自分が感じていた
“障がいの境界線”の違和感。

これはもしかしたら
ノルディックモデルに近い考え方から
派生したのかもしれない。

この考え方は福祉サービスの中でも
顕著になっていて、
障がい者の生活を支えるアシスタントを
十分に活用することができたり、
ソーシャルワーカーも
クライアントのニーズを聴取しながら
アシスタントの配置や手配を行うけど、
方針の固め方はクライアント自身の
“意思決定”を中心に進めていく。

環境の中で不自由なことがあればそこに
人的資源や物的資源を用いて、
不自由のない環境を整備していく。

ノーマライゼーションが徹底されている。

そして、教育の中でも
障がいに対する合理的配慮のあり方も
日本とは違うと感じた。

スウェーデンの学校のシステムは
写真のようになっている。

丸をつけたところに
見学をしてきた。
学校の区分としては、
Upper secondary schoolの中の
Individuals with learning disabilities
というものだ。

日本で言うところの特別支援学校
のような形態です。

この学校では日本とは違って、
通うために“権利”が必要となる。
スウェーデンの子どもたちは基本的に
普通級に在籍することになっている。
しかし、普通級の授業についていくには、
知的に難しさのある子や、
身体に難しさのある子がいる。
医学的に、心理学的に、教育的に、福祉的に
その子のことを評価したうえで、
特別支援学校に行く”権利“を与える。

そのため、特別支援学校と言っても
一概に"知的"や"肢体不自由"のクラスと
別れているわけではない。
学年によって割合も変わってくる。

小中学校は少し複雑になっていて、
聾学校がspecial schoolとして
別で残っていたり、
サーミ族というスウェーデンの北部の
原住民の言語を使う子どものための
The sami schoolがある。

そして、それらの学校も格段と
別々にするわけではなく、
同じ敷地内に在籍することになる。
スウェーデンのインクルーシブ教育の基本、
”場の統合“である。

実際に、見学に行ったところは
今後移動することになっているらしいが、
普通級の低学年の小学生と
同じ敷地内に在籍していた。

食堂が同じ場所に設置されており、
入学したての小学生たちは
車椅子に乗った高校生を見て、
最初は多少驚いているらしいが、
なんで、椅子に座ったままなのか?
と先生に聞いたりしているそう。

幼い頃から、障がいを抱えた人を
”知る“ことができる環境にあるのは
決して悪いことではないと思った。

そう、スウェーデンにおける障がいとは

障がいは個人と環境の
相互作用で生まれるもの

できないことがあれば
人的資源やら物的資源やらを使って
その相互作用を改善する。
例えば、特別支援学校の全ての教室に
リフト移乗ができるようになっていた。

さらに、車椅子を押すのも電動で操作する。

しかも、これらの福祉機器も
自治体からお金を出してもらっていて
自費での購入はほぼしない。

働く人たちや介助する人たちも
当然暮らしやすく働きやすく。
日本で導入するには色々批判が出て
頓挫しそうだなぁとか思ったり…

介助はたしかに人と人が触れ合って
安心感を必要とするものかもしれない。

けど、それ以上に
自分たちのことも考えた上で
どんな方法がベストなのかを
介助する側も
介助される側も
お互いに考えていく。
お互いを"知る"努力をしているからこそ。

スウェーデンの寒空の下には
人々の暖かい心があるように思えた。

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