26枚目「 うつろう季節 」

気づけば朝晩が少し肌寒くなってきた
私にとっては最高の季節がやってきた

雲ひとつない青くだだっ広く抜けた
見本のような秋晴れで気持ちが良い


骨董市の催される中を、気だるそうな店主を横目に
遠くから物色しながら歩く

日中はやはりまだまだ暑く
上着を着て来てしまったことを後悔する

古びた皿や昭和から持ってきたようなものまで
いちいち心をくすぐるようなものがひしめき合っている

色んなものを見て触れる度に
生活を想像してはうーんと唸ったり

想像して生活に馴染んでいるように思えても
色んな角度から見ていく度に

違って見えてしまい気持ちは少しづつ冷め
これまたうーんと唸ってしまう

こうして色んなものを見ていくうちに
惰性か諦めか折り合いがついてか

なんとなく欲しいかもしれないものを
ついつい買ってしまいがちで

案の定、今回は小皿と平皿を買ってしまった
もう少しいいものがあったのではないかと

そういった後悔はあるものの
程よく満足はしている

こういった小さな後悔が愛着になるんだろう
と勝手に思っているし実際そういう節はある


もしかすると合わなくていずれ手放すかもしれないが
その時は次の引き取り手がいればいいな、と

今まで大切にしてきた物も
なんだかんだそのように離れていった

意図せず離れていった物もあるけれど
それはそれで物悲しい


手放さざるを得ない時、私はいつも
その物があった時間のことを考えてから

最後に心の中でありがとうとさよならを唱え
包んだり袋詰めや諸々の準備をする

名残惜しさはあるので
のそのそと渋い顔をしながら執り行う


きっぱりと手放す決断をして勢いで進めていく方が
いいに決まってはいることは承知の上だが

如何せん大事にしてきた時間ではあるので
ある程度は気持ちを馳せたい

というのもこういった考えになったきっかけは
川上弘美 著の「ゆっくりさよならをとなえる」である


普段の生活や年末に行うことなど列挙しては
最後に過去を振り返って

今までで一番うれしかったことを決め
今までで一番かなしかったことを決め

今まで言ったさよならの中で
一番しみじみしたさよならはどのさよならだったか決め

決まったら心の中でゆっくりさよならをとなえる
といった内容だ


ゆったりとした時間、でも忙しない年末に
今までの出来事に思いを馳せては

その記憶を楽しむような様や
一番のさよならを思い返しまた心で唱える様が

私にはさよならに思えず
心の中で会うための言葉として残しているようで

とても美しく、愛した時間を尊び
とても人間らしく思えた


それからというもの
私は何かが自分のもとから離れる

ないし、自分が離れる、離れようとする際には
今までのことを思いながら

時にはうんうんと唸りながら
時には上の空になりながら

今までそれと過ごした時間であったり
与えて貰った時間のことを考えるようにしている


ただ、最近気づいたのだけれど
まだ馳せる思いがない状態なのに

離れる状態や終わりを意識するようになっている
そんな自分がいることがある

どういうさよならをしようか、どうしたらさよならできるか
そんなことを考えてしまう自分がいて

ときたま戸惑うことがある
始まってもいなかったり、過ごして間もないはずなのに

たぶん自分の意思とは関係なく
離れていくものの方が多かったからだろうか

お気に入りのお皿が割られてしまった時や
愛用していた筆記用具が直らなくなった時

もちろん物だけでなく人であることもあるのだが
次はどんなさよならなのか考えてしまう


私からさよならしないといけないときは
かなり少ないのだが

長年集めた漫画全巻を売る時や
作り貯めておいた作品を解体する時など

毎度のことどうするのが正しいのか全く分からないままで
気づいた時には戻らなくなっている

終わりを考えるその度につねられているように痛くなる
さよならには痛みが伴うのかもしれない


やはり自分からさよならと
区切りをつけようとするのは

中々に難しいものなんだなと
今までのことも思い返してしみじみ思う

そろそろ踏ん切りをつけないと
とは考えていることがいくつかあるけれど

どうにも上手くいかず
時間だけが過ぎていく


秋の空は七度半変わるとは言うけれど
どう変わるのかはやはり分からない

私自身、どう変わるかなんて
到底分かる訳も無い

早く区切りをつけないといけない気持ちと
まだ先延ばしにしようとしている私がいる

これも惰性か諦めなのか、時間に任せていれば
なるべくしてなるようになって行くんだろうか


買った皿を洗い、乾燥棚に立てながら
物思いにふける

夜風に当たりたいと外に出る
肌寒い空気が心地よい

うんうんと唸る私の横では
夏の役目を終えた室外機が静かに佇んでいる

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