見出し画像

生きるための希望をつかむ #02 谷川俊太郎展

こんなに素晴らしいひとが、おなじ時代を生きているひとりの人間なんだ。教科書に載ってるしらない時代のひととかじゃなくって、いまを生きているひと。それって何度考えてもやっぱりすごいことだ。谷川俊太郎展はそんなことを改めて心から感じた展示だった。

展示内容は大きくわけて4つで、そのうちひとつは彼の年表だから実質3つ。インスタレーション、自己紹介、書き下ろし作品。3つの展示はそれぞれ広い空間をひと単位として構成されていて、順路の矢印も不要なほどシンプルな構成。あれだけシンプルな展示がものすごい質をもって完成されることができたのは、もちろん彼の言葉の圧倒的なちからが最も大きな柱なのだろうけれど、展示方法の巧妙さが同じくらい貢献していた。

まずはインスタレーション。わたしが今回この展示に魅かれた最も大きな要素、小山田圭吾と谷川俊太郎のコラボレーション作品。製作した小山田さんがEテレでデザインあを担当していることを考えるとすごく納得のいく構成だった。(ライジングでのスクリーンを使ったパフォーマンスや最近のMVもかなりよいので、彼はそういうの得意なんですね)真っ暗な空間で四方をずらっと数十台で囲む液晶画面、音読することでことばの面白さがよくわかる3作品の詩が、朗読の音声とともに流れる。時折流れる電子音楽がことばにメリハリをつけて、音の不思議さがなお際立つ。朗読が自分の周囲をぐるぐるまわり、だんだんと早くなる音声は次第にオーバーラップして、詩の輪唱状態。言葉の砂嵐のまんなかにいるような気分になって圧倒されているそのときも液晶画面にならぶ文字。時折鮮やかな色にかわったり俊太郎さんの表情が混ざりこむ。「ことばと音に圧倒される」というほかないその空間は、数秒前までいた現実空間を完全に忘れさせる。あの場にきた誰もが完全に「ことばの面白さを全力で受け入れたいモード」に切り替わってしまうと思う。ずるい。そして素晴らしい。

インスタレーションの部屋と自己紹介の部屋のあいだにはインスタレーションで扱われた3作品が静かに掲示されていて、観客がそれぞれの脳内で改めて作品を反芻する。クールダウン且つ再認識の時間で、これはテスト勉強のあとの睡眠に似ている気がする。定着と整理。ひと休みして朝を迎えて再スタート。この場合の朝であり再スタートとなるのが自己紹介の部屋なわけで、そう思うととっても贅沢。

自己紹介の部屋は、ザ・インスタ映えという展示風景。SNSにあげるなら間違いなくここでしょうという感じ。自己紹介というタイトルの詩をメインに据え、彼を構成してきたさまざまなもの・ことがとてもきれいに陳列されていた。共に時を経てきた古い道具たち、言葉をしたためてきた歴代の仕事道具、彼のもとにやってきた著名人からのハガキに夏場の相棒のTシャツ、川島小鳥撮影の彼の近影まで。詩一行につき彼を構成するもの・ことが2種類、そして彼の過去の作品が一作というセットで設置されているのだけど、詩一行が長いセンテンスであれば背の高いセットに、短いセンテンスであれば背の低いセットになっていて、さらに彼の過去の作品はどれも腰ほどの位置の台に大きな本のモチーフにプリントされて配置されていたので、それらの高さの違いが空間のメリハリになって面白い光景になっていた。あの部屋のインスタ映えの正体は高さにある気がする。 陳列されていたもののひとつに彼の今までの全著書が揃った本棚があった。3列×6段ほどの本棚だったのだけど、「この棚わたしの好きな本ばかり!」という棚がいくつかあったので、「この棚ってなにかジャンルわけされてこういう本の配置になっているんですか?」と会場のスタッフさんにきいたら「いえ、特にないです」とあっさり言われた。ないのかよ!笑

今回の展示は一部を除いて写真撮影OK、インターネット掲載OKということで、自己紹介の部屋を撮影している人がちらほらいた。わたしも正直自己紹介の部屋に入ってすぐの光景は撮影してしまったし、なんならインスタレーションの部屋だって撮ってしまったのだけど、じぶんでやっておいてあれですが「やっぱりちょっとちがうよね」という感じがしている。SNSの影響が非常に大きいこのご時世、写真に映える展示を一般客がそれぞれに撮影してインターネットやリアルな友人関係の間で話題にしてくれれば容易に広告効果がうまれるし、それは運営側としても好都合だろうから、だから撮影可の環境って増えているのかなっていうのは思うけれど、それでも。だってだって、インスタレーションのあの圧倒的な世界観も、自己紹介の部屋のあたたかく有機的で心が掻き立てられる展示の空気感も、タッチひとつで撮ったその写真にはきっと残らなくって、結局心に刻まれたそのほんとの気持ちには勝てないじゃないですか。当たり前のことだし頭のかたい話をしているって思われるかもしれないけど、自分で撮影して余計にそう思いました。小さな画面でぱしゃっと撮ったあの一枚は、ひらべったいただの記録にしかならないんだなって。目の前のことに圧倒されているところにスマホを取り出してシャッターを切る行為を入れることで、展示の世界観の流れは一瞬断たれてしまうわけで、一瞬断ってまで残したその写真はひらべったいただの記録になってしまって。全面撮影禁止の展示のほうがすきかもしれない。

自己紹介の部屋を終えて入った空間には書き下ろしの新作が壁面に文字を貼りつけるかたちで大きく掲示されているのだけど、入ってすぐだと自分と壁のあいだに白いレースのような薄手の布がつるされていて、それで視界をやんわりと遮られるので文字がはっきりと読めない状態。その布の横を通って壁面をみにいくのだけど、白い布が広い空間をちょうどよく仕切っていて妙な安心感があったし、白い壁に貼られた黒い文字だけのシンプルな展示方法がより際立っていたようにおもう。そしてインスタレーションと自己紹介の部屋を経て壁面サイズで読む新作は、思わず溜息が出てしまうほどすばらしいものだった。

ここまで長々と書いておいて展示の面白さや構成にばかり言及してしまっているのは、すごくよい展示方法だったというのはもちろんあるのだけど、彼のことばの魅力について自分のことばで説明することの難しさがすごくあるからだなあと書きながらとても思っている。なんというか、彼はもうどうしようもなく高いところにいる言葉の神様のようなひとだなって。展示をひとしきり見終えて感じたのはそういうことでした。ことばの使い方がすきなひとはたくさんいます。サカナの一郎くん、チバさん、吉本ばななさん、スカート澤部さん。それぞれどういう風に素敵なのか、自分のことばでそれなりに説明できるのに、彼はちょっと次元が違いすぎる。彼の詩を読んでいると、見当もつかない宇宙のどこかから不意に登場したみたいな意外性のある言葉がでてくるのにそれが妙に腑に落ちてしまうことがあって、それはたとえば二十億光年の孤独の最後の「ぼくは思わずくしゃみをした」とか。あの詩は全体的に突拍子もないけれどくしゃみはもう本当にそれの極致。彼の作品はもうずっとそういう世界で、理屈では説明できないけれど感覚的にわかるとか、その「感覚的なよさ」がかなりあって、気持ちではわかるんだけど頭では整理ができなくて。だからそのよさについて説明するのもとてもむずかしいんだなあ。どこからあんな言葉がでてきてあんな風に組み立てられるんだろう。ぜんぶ魔法みたい。だから今回の展示で改めてさまざまな作品に触れても、「はあ…」という感じにしかならない、言葉にならない感想ばかりになるんだよなあ。宇宙からことばをもってくる天才なんじゃないか。だからネリリしハララするとかいえるのかな…。なんだか本当に、得体のしれない(ほめことばです)ことばの使い手という感じで。言葉が主軸のひとなのに、言葉で説明するのが本当に難しいひとだ。そんなすばらしいおじいちゃんの言葉の魅力が、言葉以外の手段を経由して伝わってくる今回の展示。言葉以外の手段により一層言葉の魅力が伝わってくるから、あの場に抜粋された詩の奥にある、彼が本当に伝えたいことの片鱗が少し受け取りやすくなっていく。いまこうして書きながら、彼の言葉は「言葉の向こう側にあることを具現化するための言葉」という気がしてきた。自己紹介の部屋で抜粋されていたいくつかの詩も、枠にはめられた言葉で具現化するには難しいことを彼の技量で言葉にできているというものだから理解が難しくて、なんの前置きもなく詩だけで読んでいたら感じられることはきっともっと少なくて、でもあの展示にちりばめられた彼のエッセンスを受け取りながら触れることで自然と彼に近いところでそれに触れられる。普段彼の言葉を介して辿りつく世界より一歩踏み込んだところにいけるから、なおさら偉大さが身に染みて「人間国宝かよ…」という結論になる。ああ、言葉で説明するのすごいむずかしいよ~って言いながらなんやかんやここまでつっこめたのでうれしい。うんうん。

展示はよさのあまり2周して気のすむまで楽しみ、図録がわりの書籍ももちろん購入。あの展示内容がよいデザインに編集されて小山田圭吾との対談も入って1800円は強い…それは買うしかない…ということで今回の旅行でいちばんのたからものはこれでした。帰りの飛行機でもおひざの上に大切に置いて過ごしました。赤黄青の3色で選べる表紙もにくかった。わたしは青にしました。会期中、ギャラリーショップで買い物をするとレシートに彼からのみじかいメッセージが印刷されるのだけど、帰宅してまじまじと眺めてそのレシートの日付が誕生日であることに気づいた。誕生日に行ったから当たり前のことなんだけど、まるで彼からの贈り物みたいじゃない。最高のレシートができちゃったな。これもちゃっかりたいせつなたからもの。

#谷川俊太郎 #谷川俊太郎展 #日記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?