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この絵はこの詩から生まれました ──詩の世界をアートに [第49回]


浪 礒部晴樹・画


むくむくと膨れあがり
舷墻から差し出した己の掌のひらに
あわやとどくかと思う途端に
するりと身を跼めて逃げてゆく
泡も立てず 飛沫も散らない
黙りこくった巨きな浪

揺れる帆布や索具のむこうに
かたむく舵輪や通風筒の肩越しに
たえず伸び上がってこちらを盗み見する
ときには 不意に真近く顔をもたげて
ゆっくり 甲板を瞰おろして通りぬける
まっ蒼い山の影のような巨きな浪

或る日 思いもかけぬ
そのひとかけらが跳ね上がってきた
見れば一頭の海豚だ
咄嗟に 己は踏んづけようとしたが
ああ 夢見たようだった一瞬間

かれは消えた
濡れた迹を
太陽がすぐ乾かした

丸山 薫


*膨れ上がり=ふくれあがり
舷墻=げんしょう=船の周囲のてすり
跼めて=かがめて
瞰おろして=みおろして
まっ蒼い=まっさおい
海豚=イルカ
迹=あと

久しぶり、海と帆船の好きな丸山薫です。
帆船は、普通のエンジンの船と違って、風を受けて走りますから、
横風のときは大きく斜めに傾いて航行します。
したがって低い方のふなばたは、水面に近くなります。
この詩のように、浪に手が届きそうなこともあったかもしれません。
太平洋横断の小型ヨットでの航海記などでは、
トビウオが舟に飛び込んでくる動画などよく見かけます。
絵の中で、横に張られたロープが舷墻です。






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