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ミノルが、死んだ。

いまからちょうど30年前。私は中学3年生だった。私立高校を受験する生徒のために、校長先生を面接官に見立てた“模擬面接”が行われることになっていた。都立高校しか受験する予定がなかった私には無用だったが、全員必須ということで、私も校長先生との“模擬面接”に臨むこととなった。

「尊敬する人は誰ですか?」というお決まりの質問がある。王道の回答は、両親や歴史上の人物あたりになるらしいのだが、面接の準備などしていなかった私は、心に浮かんだ名前をあまりに率直に口にした。

「クラスメイトの石橋ミノル君です」

校長先生は、一瞬驚いた顔をしたものの、私とミノルの関係性についてはご存知だったので、うっすらと微笑みを浮かべながら、あくまで“面接官”として、私に問いを重ねた。

「それはなぜですか?」

「彼は、自分自身のことよりもまず先に他人のことを考え、そして他人のために行動することができる人間だからです」

私の答えを聞き、校長先生は微笑みながらこう言った。

「それはいい友人を持ちましたね」

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ミノルと知り合ったのは、小学校1年生の時。じつに7歳の頃からの付き合いだ。クラスは違ったけれど、すぐ近くのマンションに住んでいて、集団登校の班が一緒だった。4人兄妹の2番目で、妹2人の面倒をよく見る、とてもいい子だと近所からも評判のやさしい子だった。実際、自分の妹たちだけでなく、近所の幼い子どもたちの面倒をよく見ている姿が印象的だった。

5年生で、初めて同じクラスになった。「面倒見のいいミノル君」は、重度障害のあるクラスメイトの面倒もよく見てくれた。体育の時間になれば体育着に着替えさせてくれ、理科の実験では代わりに実験器具を扱ってくれた。他にも彼がどんな手伝いをしてくれたか、そのすべてを書き出そうとしたら、おそらくは1万字あっても足りないだろう。

私のような重度障害者が地元の公立小学校に受け入れてもらえることなど、当時としては異例中の異例だった。ただし、両親のどちらかが登校から下校までずっと付き添っていることが条件だった。それでも、教育委員会が思っていた以上に私が自力でできることが多かったのと、友人たちが積極的に手伝いをしてくれたことで、4年生の途中からは送り迎えだけでいいこととなり、さらに5年生からは送迎すらしなくてよくなった。

手も足もない小学生が、保護者の付き添いなしに一人で学校生活を送ることができたのは、紛れもなくミノルがいたからだった。それでも、周囲は彼を「オトタケの世話係」ではなく、「1番の親友」だと認識していたし、私たち自身もまたそう思っていた。

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先月28日、ミノルの奥様から訃報を受け取った。クリスマスイブの夜、会社から帰宅途中に突然倒れ、そのまま帰らぬ人となったという。奥様も、小3の娘さんも、小1の息子さんも最期に立ち会えぬまま、旅立ってしまったという。何やってんだよ……。嘘だろ、おい。

先週、彼のご自宅に、当時のクラスメイトと弔問に伺った。奥様と二人のかわいい子どもたちにお会いできた。クラスメイトと代わる代わる、ミノルがどんなに素晴らしい人間で、どれだけ愛される人間だったかをお伝えした。奥様は「うん、うん」と頷くと、私たちにこう話してくれた。

「ふつう、妻である私から見た彼の姿と、周囲の方々から見えていた彼の姿って多少なりともズレがあると思うんですよね。だけど、会社の同僚の方々にお聞きしても、今こうしてみなさんのお話をお聞きしても、まったくズレがないんです。それくらい、誰にでも分け隔てなく、同じように振る舞ってきた人なんだなって」

私は下唇を噛み、涙がこぼれるのを必死でこらえていた。

「乙武さんのお話は、主人から本当によくお聞きしていました。それはもう、1から100まで」

「え、そうだったんですね……。アイツ、どんなことを?」

「ええ……『いやあ、本当にどうしようもないやつでさ、すげえ性格悪いんだよ』って……いつも嬉しそうに話すんですよ」

あの野郎、、、やっぱ親友だわ。

年末に奥様から連絡をいただいた時には、にわかに信じられなかった。しかし、ご自宅に伺い、遺影で微笑む彼の顔を拝み、線香を上げ、目を瞑ると、ようやく彼が旅立ったことを頭が理解し始めた。

ミノルが、死んだ。

「ふざけんなよ」とか「なんでこんな早く」とか「奥さんと子ども、どうすんだよ」とか、いろんな言葉が浮かんできた。だけど、やっぱりアイツに伝えなきゃいけない言葉は、「ありがとう」しかなかった。ありがとう。ありがとう。ミノル、ありがとう。たぶん、100万回言っても足りないよね。おまえには。

安らかに眠ってくれ。本当にありがとう。

                          2022年1月18日
                             乙武洋匡

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