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連載小説『ヒゲとナプキン』 #35

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「あっ、そうだ」

 境内の長椅子でしばらく手を取り合っていた二人だったが、サトカは何かを思い出したように、コートの内ポケットに手を突っ込んだ。

「イツキのお姉さんの名前って、コズエだっけ?」

「ああ、そうだよ」

「なんかお姉さんからイツキ宛てに封書が届いてた」

 そういうと、サトカは懐から一封の白い封筒を取り出した。

「え、年賀状でもなく、封書?」

「うん、家帰ってからでもいいかなと思ったんだけど、万が一急ぎだといけないから、一応持ってきた」

「なんだろ……でも、急ぎならケータイに連絡してくるだろ」

「ああ、たしかに……」

 怪訝な顔で封筒を受け取ったイツキは、上辺を破いて中身を取り出した。便箋三枚にまとめられた手紙を読むうちにみるみる表情が変わっていき、やがて左手で目頭を抑えはじめた。

「何かあったの?」

「ん……いや、特に……」

 無言でイツキが差し出した便箋を、サトカは戸惑いながら受け取った。

「私も……読んでいいの?」

 またしても無言でうなずくイツキの返答を確認して、サトカは静かに文面に視線を落とした。そこには几帳面な性格を窺わせる、まるで活字のような整った文字が並んでいた。

「あけましておめでとう。お母さんから聞きました。めでたし、めでたし、とは言えないかもしれないけど、ひとまずはお父さんと和解できたようで安心しました。

 私があなたのことを聞いたのは、あなたが家を出て行った直後のことでした。もちろん、まったく驚かなかったと言ったら嘘になるけど、不思議とショックというものはありませんでした。やっぱり、その前に“妹”だった人が“弟”になったのを経験してるからかな。

 あなたが私にカミングアウトしてくれた日のこと、覚えてる? 『ごめん、姉ちゃん……ごめん』って目の前で泣きじゃくって。あの日、思ったんだよね。なんでこの子は泣いてるんだろうって。妹だと思ってた子が弟だったとして、いったい何が変わるんだろうって。考えてみたけど、別に何も変わらなかった。さすがにこの子の前で着替えるのはやめとくかなと思ったくらいで。

 あなたは妹なのか、弟なのか。血がつながっているのか、いないのか。ちょっと混乱した時期もあったけど、結局、私が行き着いた答えはひとつ。大切な家族だってこと。それはお父さんにとっても、お母さんにとっても同じだと思うよ。お父さんは不器用だから、それを伝えるのにずいぶん時間がかかっちゃったみたいだけど。

 だから、お母さんから聞いたパートナーとのことも応援します。おめでとう。結婚のことも、子どものことも、あなたたちがどういう結論を出すのかはわからないけど、二人が家族になることを心から祝福します。

 家族って、なんだろうね。でも、少なくともいちばん大切なのは血のつながりなんかじゃないと思うよ。だって、あなたがそれを証明してくれたもん。弟よ、どうぞお幸せに」

 サトカは手紙を読み終えると、そっと目尻を拭って便箋を返した。

「素敵なお姉さんだね」

「ああ……」

 イツキはぶっきらぼうな答えとは裏腹に、サトカから受け取った便箋を丁寧に封筒へ戻すと、それを大事そうにコートのポケットにしまい込んだ。

「そう言えばさ……ひとつ頼みがあるんだ」

「何?」

「近いうちに……墓参りに付き合ってほしいんだ」

「お墓参り?」

「ああ……生みの親の……」

「うん、もちろん。私が一緒でいいの?」

 イツキは少し前かがみになると、緑茶のペットボトルをじっと見つめた。

「前橋にあるらしいんだ。場所は教えてもらったんだけど……なんか一人で行く勇気がなくて。墓前に立ったら、俺……わかんないけど自分自身が崩壊するというか、感情をコントロールできなくなるんじゃないかって」

「うん」

「だから、サトカと行けたら……こうして家族ができましたって、胸張って報告できたらなって」

「私も行きたい。イツキを生んでくれてありがとうって、お礼言わなきゃ」

 イツキが、そっと手を差し出した。缶コーヒーから片手を離したサトカが、その手をしっかり握りしめた。

「うちの両親も、あらためて会いたいって。急がなくていいから、湯河原にも会いに来て」

「そうだね。ちゃんとご挨拶しなきゃ」

 少しずつ西に傾いた太陽が、鳥居の影をさっきよりも長く延ばしていた。

「よし、行こっか」

 サトカはすっかりぬるくなった缶コーヒーを持って立ち上がった。

「だな」

 イツキがあわせて立ち上がる。二人は手をつないだまま歩き出した。

「ねえ」

「ん?」

 鳥居をくぐり抜けた頃、サトカがいたずらっぽくイツキを見つめた。

「やっぱり、ここの神社、ご利益あるよ」

「なんで?」

「だって私、いちばん始めここに来たとき、『イツキと家族になれますように』ってお祈りしたんだもん」

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