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【義足プロジェクト連載 最終回】 新記録達成——そして私たちはこれからも歩き続ける。

「乙武さん、ジャリッド・ウォレス選手と会えるかもしれません」

 遠藤氏からそんな話を聞いたのは、八月に入ったばかりのことだった。

 ウォレス選手のことは第二章で少し紹介したが、二〇一六年リオデジャネイロ・パラリンピックでは男子百メートル下腿義足クラスで五位に入賞。翌年の世界パラ陸上競技選手権では、二百メートルで金メダル、百メートルでも銅メダルを獲得した。東京パラリンピックでも有力なメダル候補の一人である。

 彼は陸上選手だった学生時代に、慢性コンパートメント症候群の診断を受けた。四年間に十二回もの手術を繰り返したが、その間ずっと合併症に悩まされ、二十歳のときに右足の膝下を切断した。しかしその後、板バネ義足をつけて陸上競技に復帰を果たすと、パラアスリートとして実績を積み重ねてきた。百メートルの自己ベストは十秒七一。この記録はリオデジャネイロ・パラリンピックの優勝タイムを〇・一秒上回っている。

 彼は、遠藤氏が代表を務める義足メーカー・サイボーグ社と契約を結んでいた。今回の来日の目的は東京パラリンピックに向けての打ち合わせだったが、スケジュールの合間に私の練習を見てくれることになったのだ。


「Nice to meet you(はじめまして)」

 八月二十七日、ランニングスタジアムを訪れると、ウォレス氏はハリウッドスターのような整った顔立ちに笑顔を浮かべて迎えてくれた。赤とグレーのランニングウエアに板バネ義足を履いた姿は、とてもさわやかで、そして凛々しかった。

 前日の夜に私の動画をチェックしたそうで、私が内田氏のストレッチを受けている間も「いまはどこが伸びているの?」などと話しかけてくる。自分が使っているストレッチ器具を紹介してくれるなど、はじめて会ったとは思えない気さくさがうれしかった。

「立っているとき、背中はリラックスできている?」

 そう言われると思いあたる節があった。

「いや、全身に力が入って、こわばってる」

「それなら、お腹に力を入れたときは、背中から肩はリラックスを心がけてみて」

 実際にやってみた。

 お腹にぐっと力を入れると同時に背中の力を抜く。すると、たしかに上半身がリラックスできて、気持ちの上でも余裕が生まれた気がした。それは、例の仙人のアドバイス「みぞおちで歩く」の半歩先を行く感覚だった。

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「もっと歩けるようになりたいなら、よくないフォームで百歩歩くよりも、きれいなフォームで五十歩歩いたほうがいい」

 このアドバイスもなるほどと思えた。

 私は、この日の練習はすべてジャリッドの言う通りにやってみることにした。

 トラックのスタートラインに立つ。

 内田氏は私の直後、北村は私の右前方四十五度の位置にスタンバイした。私はトラックの先に見える半円形の空間の上方に視線を定め、胸を張って歩きはじめた。

 一回目、五メートル。

 二回目、八メートル。

 なかなか調子が上がってこなかった。例によって右足の出があまりよくない。

 二回目の歩行のあとトラックに座りこんで休憩を取っていると、ウォレス氏が近づいてきた。もちろん彼には、私の歩行の弱点が手に取るようにわかるのだろう。

「利き足はどっち?」

 そう言われた。

「利き足というのはとくにないかな。ただ、左足に体重をかけるのが苦手なせいで右足が出しづらいんだ」

「左足に乗せる体重をコントロールできない?」

「左の股関節を脱臼しているせいか、うまく体重を乗せられない」

「痛みは?」

 私はすぐに答えた。

「痛みはないよ。日常生活には支障がないし、そもそも脱臼していることだって、このプロジェクトでMRIを撮るまで知らなかった」

 私の話を聞いたウォレス氏は、三本目の歩行に臨むべくスタートラインに立ち上がった私のもとに歩み寄り、力強くこう言った。

「Trust your leg!!」

 左足を信じろ、か……。

 私はまっすぐに前を見据えた。

 このとき私は、三つのことを肝に銘じていた。

 一歩ごとの歩幅が広くなりすぎないように。

 みぞおちを意識して、肩から背中にかけてはリラックス。

 そして、左足を信じる。

 息を大きく吸い込み、左足から踏み出した。少し歩幅を狭めて着地。

 左足の次は右足だ。かなりスムーズに前に出た。自然な感じで着地。

 その右足に体重をかけ、三歩目の左足。四歩目の右足。

 うん、いい感じだ。そして、五歩目……。

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「乙武洋匡の七転び八起き」
https://note.mu/h_ototake/m/m9d2115c70116

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