山で会ったら挨拶しよう!の本当の意味

普段、街中や電車の中で人とすれ違うとき、「こんにちは」とか挨拶する人はいないですよね。いたら、ちょっと怖いです。でも、山では半ば当たり前のルールかのように挨拶をします。いや、挨拶を推奨する向きすらあります。

ここ数年、山を走るトレイルランニングが発展する中、さまざまな業界団体が、トレイルランニングのマナーや啓蒙活動を発信し、いずれも必ず項目に挙げられているのが、この「挨拶」です。

TRAIL RUNNNING 10 RULE&MANNER


日本トレイルランナーズ協会



コロンビアモントレイル「アリガト山」


では、この挨拶は何のためにするのだろうか? そう尋ねると

「挨拶したら気持ちいいじゃない!」
「だって、そういうマナーでしょ?」

と真顔で言われることがよくあって、もちろん、それ自体は間違いでもないのですけど、挨拶というコミュニケーションのその先にある理由まで話をしてくれる人に、あまり会わないものです。

山における「挨拶」の意味にはいくつかあると言われていて、ここでは3つほど紹介しておきます。

1)気持ちがいい。マナーだから。
前出のそれですね。笑顔で声掛けできれば、確かに気持ちがいいし、マナーというか礼儀として、わざわざ解説する必要もないかもです。
2)リスクヘッジと情報源
街との大きな違いとして、山は道迷いや滑落など遭難の危険があります。例えば、山小屋のご主人や捜索隊の方々は、遭難者の情報(目撃情報など)を頼りにします。挨拶をすることで、自分の存在を他人に“記憶”させ、万が一の場合に備えるリスクヘッジの目的があります。
3)情報交換
すれ違う場合、相手はすでに自分が向かう先の道を通ってきたわけですから、挨拶を通じた一言二言の会話が、最新の状況を知ることが出来る貴重な情報源になります。

山での挨拶は、山で快適かつ安全に過ごす知恵であり、単なるコミュニケーション以上の、とても実利的な意図を持った行為なのです。挨拶は、すれ違いだけでなく、追い越すときも、道を譲ってもらうときも交わしますが、もし余裕があれば、その人の服装やバックパックの色など特徴にまで目を配るとなお良いです。

さて、山での挨拶に歴史があるのか調べてみたところ、平安時代にまで遡る記述がありました。
山歩きをしている薄暗い山の中で「あやしきもの」に出会った場合、挨拶の声をかけ、返事が無ければ用心して念仏を唱えつつ進むべし。との記載があるそうです。これは、山伏やマタギのような職業の人たちも、人か妖(あやかし)かを見分けるために挨拶をしたという話もありました。

余談ですが、お客様に「いらっしゃいませ」と挨拶をよくするコンビニは、強盗や万引きなどの犯罪が少ないという事例もあるとか。挨拶が防犯を促すんですね。
いずれにしても、挨拶というコミュニケーションを通じて円滑な社会活動を送る潤滑油の役目があるのでしょう。

ちなみに、私の場合は、ただのナンパかもでして、挨拶が極めて個人的な欲を満たすツールと化しています。きっと、相手は私のことを妖(あやかし)と思っていることでしょう。


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Yamada Hiroshi

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