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【ネタバレあり】「JOKER」は常に自分の中にいる

映画「JOKER」を観てきました。今回も相変わらずネタバレガンガンしていくので、ネタバレ嫌な人は映画を観てからまた会いましょう。では行きまーす。

監督はトッドフィリップスさんで、「ハングオーバー」シリーズなどを撮ってます。完全にコメディ畑の人で、その他にもプロジェクトXやデュー・デートなどを撮る、下品だけど面白い映画の監督というのが個人的な印象です。
主演はホアキン・フェニックスさん。やっぱ個人的には「her:世界で1つの彼女」なんだよなぁ。あれも良い映画なので是非。
このジョーカーというキャラクターは、もともとDC COMICSというMARVELと人気を二分する出版社のキャラクター。細かく言えばバットマンというDCのキャラクターの二大巨頭ヒーローのヴィラン。過去何作かジョーカーは映画に登場していて、ジャックニコルソンさんが演じたジョーカー(「バットマン」。1989年、ティムバートン監督作)と何よりヒースレジャーさんが演じたジョーカー(「ダークナイト」2008年、クリストファー・ノーラン監督作)が1番有名なのでないでしょうか。
「her〜」にしろ今回の「JOKER」にしろ、ホアキン・フェニックスさんの中にある「自分の内なる声に従順である」というのはとても大きくて、今回のJOKERはそれがとてつもなく恐ろしく、身近であることが恐怖心を倍増させます。
は〜、面白かった。いや、面白いと思っていいのか?これは自分にも当てはまるな。。。JOKERは自分の中にもいるな。んー、もしかしたら全部誰かの妄想なんじゃないか?本当はアーサーなんてそもそも存在してなくて(映画だから当たり前なんだけど)、どこまでがアーサーの妄想で、どこまでが映画の中で起きている現実で、どこまでがスクリーンの外で起きている本当の現実なのか分からなくなることが何回もありました。
アーサーの生活感がとても貧しく、身体も痩せ細っている。歩くのもままならなくて、食べ物もオートミールみたいな食べ物だけ。母親の介護をして、日銭を稼ぐ為にピエロの格好で病院や閉店間際の客寄せをやっている。でも心の中ではもっと大きな舞台で、コメディアンとしてテレビに出たいというそれはそれは今の現状からしたら大きすぎる夢を頭の中でビデオを再生するかのように持っている。これ、皆さん一度は経験あるんじゃないですか?夢と現実、この境目の感覚って私はすごく分かります。妄想していないと、どうにかなってしまいそうだから。辛い現実を忘れるために、映画やドラマのフィクションの世界へ、煌びやかな世界へ。それは悪い事ではないけれど、妄想を現実にさせようとすると狂気が滲み、溢れてしまう。アーサーも実は病気で、笑ってしまう病気なのだと明かされます。人に良い印象しか与えないはずの笑顔や笑い声が、彼の場合は混沌とした恐怖を与える。自分の思っていた方向とは逆に物事が進んで、とうとう自分ではどうにもできないところまで来てしまったところで、彼が「JOKER」に変わった瞬間が観れるのは怖くもあり、どこか諦めのようなものまで感じました。決意に満ちた彼は歩き方さえも変わっているのに気づきましたか?勇ましさに溢れた彼の歩き方!寂しさや悲しさを狂気に変えて、テレビ局に乗り込む姿。死ぬ覚悟は出来てたんでしょう、「失うものはない」と言っていた。妄想が現実になって、誰も悪くない恨みを晴らす時が来た時、喜劇の中にいるピエロが殺人鬼に変わった。その怖さと清々しい顔は、なんとも言えませんでした。

もう言葉を出そうとすると、恐怖心ばかり出てくるので、ここらで一旦やめときます。またこれからもこの文の添削は続けていきます。最後に、




あなたの部屋の隣には、JOKERが住んでいる。



また!


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