見出し画像

心の押入れ

彼女は、話を聴くのが上手だ。彼は気づけば自分の話ばかりしている。いつも彼が話して、彼女が聴くというのがお決まりだった。

あるとき、彼は自分ばかり話していることに気づいた。よく考えたら彼女のことを知らない。何でもない日々の出来事は知っているが、それ以上のことは知らない。ひとりでいるときにどんな顔をするのか。彼は「一体自分は誰と喋っているのだろう」と思った。

少しふみこんで聴いてみたが、あまり答えがらない。きっと彼女は心の押入れの中にいろんなモノを入れているのだろう。決して見せることのない、彼女自身の思い出や一面。浮かれてときめいている部分も、昇華しきれないドロドロしている部分も。奥行きはわからない。

どんな人にも押入れがある。それは子供でも、大人でも。例え一緒に暮らしていたとしても、知らない一面はある。そのことを知っているだけで、他人のことを簡単に決めつけることはしないだろう。世界はもっと平和になる。

彼はまた自分の話を続けた。

押入れはそっとしておこう。むやみに開けてもいいことはない。他人のLINEは見るようなものだ。わからないこと、全てわかりあえないことを知っていることは、人付き合いの礼儀であり、限界でもあり、魅力でもある。