ツウハン選書2019春

あなたのために選ばない2019/春

・本のしごとを学ぶ
『みぎわに立って』(田尻久子、里山社)
・物語を読む
『『百年の孤独』を代わりに読む』(友田とん)
・地に足をつける
『のほほんと暮らす』(西尾勝彦、七月堂)
・はたらくを考える
『100年かけてやる仕事 中世ラテン語の辞書を編む』(小倉考保、プレジデント社)
・おいしいごはん
『ノブうどん帖』(一井伸行、BOOKLORE)
・新しいとびらを開ける
『LOCKET03』(EDIT BY BODY)

はい、こんにちは。「あなたのために選ばない2019/春」のラインナップです。誰のためにも選んでいません、ぼくがいいなぁと思うものを選びました。合うか合わないかは、運次第です。ということなのですが、それってほぼ本屋で本を買うときと一緒だなぁ、と思っていて、なんか良さそう、ということまではわかっても、合うかどうかは買って読むまでわからないんですよね。そのくらいの、「自分で選んだぞ」みたいな気持ちを残したくてこのような形にしています。さて、いきなりであれなんですけれど、今回の選書って、税抜2,000円以内がいちおう、マイルールだったんですけれど、これ、難しいですね。難しかった。意外と、超えてきますね、2,000円。『ヴィータ』(みすず書房・5,000円)とか一瞬考えてやめました。逆に『ルッチャ』(750円)とかもどうかなぁって感じで。そういう思案の結果、一番お安くて1,200円、お高くて1,900円になりました。

いきなりお金の話ですみません。本題、行きましょう。

本のしごとを学ぶ
『みぎわに立って』(田尻久子、里山社)


これ、ぼく個人の仕事も大いに関係あるし、たぶん古い本も含めてけっこう詳しい方なんで、なにか、ガチ目のやつで、とか思っていたんですけれど、いきなり変化球で『みぎわに立って』です。だって、良かったんだもんさ、しょうがないよね。
熊本で本屋・カフェ「橙書店」を営む田尻久子さんのエッセイ集。新聞に連載されたものをまとめたもののようです。時期がちょうど、というか、熊本の、震災で、橙書店は一度移転しているのですが、その移転中の時期から連載がスタートしています。
冒頭の一編「かけら」は

“十五年を過ごした場所から離れ、店を引っ越すことになった。”


という一文からはじまり

“人は、どんなちいさな痕跡からも記憶をひろう。”


で閉じられます。引っ越しを契機に移り変わる風景、そこで出会うかけらから、ひとつひとつの物語が蘇ります。
晴れ、というよりは、雨が。現在、よりも、過去へ。出会い、というよりは、別れ。橙よりも、青、蒼、群青。そんな作品集でした。本屋っていう意味での、ノウハウはおそらく得られないでしょう、ただ、こころが、店をやって続けていく、というこころが、じわりと染み込んでくるはずです。
豊田直子さんの版画を、コズフィッシュ(祖父江慎)さんが包み込んだ装幀も、なんだかそれだけで満足してしまう形になっています。

物語を読む
『『百年の孤独』を代わりに読む』(友田とん)


これもねぇ、すごく迷ったんですけれど、というのも、HABを贔屓にしてくださる方は、ぼくがこの本を押しまくっていること、たいていすでにご存知であろうな、と。それで、迷っていたんですけれど、この原稿を書いている現在、ちょうど翻訳者の鼓直さんの訃報を知りまして、『百年の孤独』を翻訳された方なのですが、その方がお亡くなりになられたということで、これもういま、いまお伝えしなければ、と選ばれてイマココです。
「代わりに読む」というのは、なんだろう、というか、なんなんでしょうね? 音読ではない、解説書かと思うけれど、いきなり1991年のドラマ「それでも家を買いました」のスクリーンショットが目に飛び込んできて、どうやら解説書でもないらしい。いやもう単純に、著者は「代わりに読んで」くれている。誰の? ぼくたちの、代わりに。
「冗談」として「脱線」しながら読みます、と言われたのは著者本人からだったと記憶しているのですが、もしかしたら本書を読んで捏造した思い出かもしれない。とにかく、「冗談」と「脱線」は本書を読む上でのキーワード、というかルールで。もしかしたら、それは本を読む時のルールかもしれない、とぼくはハッとしたのでした。本を読んでいると、急に、その一説から急に、関係ない思い出が思い出されることってあると思うんですよ。主人公がバナナを食べるくだりで急に、先週伊豆まで行ったけど「バナナワニ園」には行かなかったなぁ、案内図の看板がゆる可愛かったなぁ、とか、それでいけないいけない、と本文に戻って読み直す、みたいな経験。それは、どこで、どう、脱線するかは人それぞれだけれども、誰しもが、そうやって本を読んでいるんだ、と思うんですね。それ、それがここにあります。著者は、たぶん90年代のドラマが好きで、ドリフも好きで、むかしミスドに通っていたりした思い出があって、それで「冗談」が好き。そういう人が、『百年の孤独』を確かに読みながら、脱線していく。村の引っ越しで思い悩むウルスラを読んで、「それでも家を買いました」の田中美佐子を思い出す。レメディオスが食中毒をわずらい毒殺の不安を感じたときに、ブエンディア家にも毒味の必要性を思い、ドリフターズの毒味コントを思い出す。著者は確かに読んでいる、著者なりに、著者の感性で、ずっと、ぼくたちの代わりに読んでいる。『百年の孤独』を読む著者を、僕たちは読んでいる。そうして本書を読了し、その後で自らの「冗談」と「脱線」で本物の『百年の孤独』を読み始めたなら……。特別な読書体験がそこにある、はずです。
あ、大事なことですが、本書はそういうめんどうくさいこと全部抜きで、単品の読み物としてすごく面白いです。

地に足をつける
『のほほんと暮らす』(西尾勝彦、七月堂)


西尾勝彦さんは、教師で詩人です。この、教師で詩人、ということばの響き、とてもいいですよね。大好きです、この響き。
奈良の、おそらくちょっと田舎の方にお住まいで、そういう自然の中で生活されています。西尾さんの詩を読むと(『歩きながらはじまること』(七月堂)や、『光ったり眠ったりしているものたち』(BOOKLORE)などまとまっていていいですよー。あ、これを選書で選んでもらってもいいです!)、うわー、“のほほん”としてるー、と思うんですが、それを一つの「実用書」としてまとめたものがこちらです。だからちょっと、ぼくはx新刊案内をいただいたときに残念だった、というか、詩集がいいなぁなんて思ったりもしたのですが、届いてみて、開いてみて、それで「これ詩集だ!」とうれしくなったのでした。
ことば。ことばを扱う方ですから、なにかを書く、表現するということが、それですでに詩的、詩、みたいに読み込めてしまうんだと思ったのでした。実際に、小ぶりな本の中には、詩の引用もありますし、「第二部 のほほん生活の様子」と題された章は、短くまとめられた詩(のような文章)が、のほほんのエッセンスを伝えてくれます。で、大事な「のほほん」ということなのですが、うーん、なんと伝えてよいか……。

だいたい、半笑いですごす
(本書P77、第五部 のほほん生活の種子、より)

という感じです。伝われ!
読むと、ふっと、詰まった息をついて、気を楽にしてくれる。詩集みたいに、かばんに潜ませて、ふとした時に読んで一息つく。そういう「実用書」です。

疲れてきましたよね?ここまでで約3000字あります。珈琲を淹れて、休憩とかしながら進んでください。
冒頭で紹介した書名で検索、していただくと該当の本のところまで飛べますよ!先に言えば良かったですね。思ったより、文字数増えています。無駄話が多い。でもたぶんこれ以降もきっと、さくさくとはいきません。


はたらくを考える
『100年かけてやる仕事 中世ラテン語の辞書を編む』(小倉考保、プレジデント社)


これも変化球です。というか、ここまでなんか、変化球しかないですね。いや『のほほんと暮らす』はそこそこ直球か。だとするとこの本もそこそこの直球、くらいな気がします。「そこそこの直球」って書くとものすごく打たれそうですね。ボールはホームランにされても、たぶん本は面白いですよ。

1913年に始まって、2013年に完成、2014年に後作業などを終え完了した、101年に渡る辞書づくりのプロジェクト、それを追ったドキュメンタリー、というか、思索の旅です。著者は「市場原理で効率を優先する社会」だと感じるいまの日本において中世ラテン語辞書プロジェクトに「長い時間をかけて、ゆっくりと少しづつ人々がつくり上げてきたものの中には、数字は測れない重要性がある」と思って、「僕の興味はラテン語や辞書そのものにあったわけではない」けれど、「どんな生き方、働き方が人間を幸福にするのだろう。中世ラテン語辞書作成に携わった人々を訪ねた時間は、僕にとって生き方、働き方へのヒントを求める旅だった」、とこの本をスタートさせています。

が、まだそんなところにいるのぉ、まじかぁ、もうぼく、そういうものからずっとずっと離れてきて、だからいま本屋やっているんだよなぁ、みたいな感じでその辺ぜんぜんわかり合えないスタートw、だったのですが、ぼくが、ぼく個人が楽しんで読んだのは逆に「ラテン語や辞書そのものにあった」のでした。だって辞書づくりですよー、楽しそうじゃないですか!
著者が巡る中世ラテン語の歴史、当事者たちへのインタビュー。それはとてもしっかり、予備知識を補足していただきながら、丁寧にまとめられています。日本に戻ってきてからは大修館書店など、実際に日本語の辞書作りに携わっている人にも話を聞きに行きます。なんと松岡正剛さんや、河野通和さんにも。その、おもしろさ、ゆるさ、たぶんもう今後実生活では使うことがないだろうラテン語の知識、そういうものをふんだんに楽しみます。あぁ、やっぱりことばに触れている人の話はいいなぁ。

おいしいごはん
『ノブうどん帖』(一井伸行、BOOKLORE)


最近、油もの、ラーメンとかもめっきり駄目になってきたので、しょっちゅううどんを食べています。家で茹でるだけで食べられて、たいへん便利。それで、信頼する出版社BOOKLOREさんから、うどんの本が、しかもマメイケダさんの絵で出される! という案内をいただき、うきうきしながら待っていたのがこちら。ぼくは、著者の一井さん(ノブさん)のことはこのときまで知らなかったのですが、最初に生い立ちというか、うどんに至る経緯が語られていて、父が脱サラしてうどん屋を始めて、とうんうんうなずきながら読んでいたら、儲かるからうどんやめてパスタ屋やります、からの、戦争がきたらやばいから農業やります、からの、一井さんはそれを横目にサラリーマンに、という流れで度肝を抜かれて、そこからたのしく、そんな父をもつサラリーマンだった一井さんがうどんのワークショップを始めるまでを文章で。二章ではおいしそうなレシピ、三章で友人のイメージをうどんで表す「うどんスケッチ」のレシピと友人へのことば、それをマメイケダさん絵とともに。なんと三度もおいしく読み進めると、そのあとがきには

「不思議ですね。若い頃、人生は自分で切り拓くものだと思っていました。でも、実際には、ある日突然やってきた何かに振り回されながら夢中で向き合っているうちに、気が付いたら何かを手にしていたりします。むしろそんなことの方が多いのかもしれません。うどんのおかげで、自分は少し変わったなと思います。」(本書P107)

とあって、そしてマメイケダさんの、すっと心に入ってくるうどんの絵が重ねられていて、それでふいに感動して、お腹も満たされてしまったのでした。文字と絵で、ですけれども。

新しいとびらを開ける
『LOCKET03』(EDIT BY BODY)


そして最後です。店番しながら営業中にこの文章を書き始めたのですが、すでに閉店から1時間経過しています。うーん、書いてますね。

旅をする、自らの身体で世界に触れて、それで文字に書き出す。そういう旅の記録を収めた、雑誌「LOCKET」の三号目。「MORNING ISSUE/朝の光源」ということで、世界各地の朝、インド、オランダ、奄美黄島、奈良、ベトナムなど、朝の風景が写真と文字で切り取られています。
って、おぉ、最後の本にして初めてちゃんと内容の概要っぽいことを適切に短く書いていますね。すごい! この本はタイトルだけだと内容わからないですからねぇ。ちなみに、ロケット、はロケットペンダントがモチーフにあるみたいです。旅の雑誌というと「TRANSIT」とかあると思うんですが、ぼくがいいな、この本いいなと思うのは、極めて一人称、ということなんです。基本的に本人、編集人本人が旅して書いて、それで取材とかもしている。全部が全部そういう記事だけではないんですが、もう、雑誌の人格がそのまま一人の人で、その語り口も、人格があるんです。一般の、たくさんの人が取材やライティングに関わる雑誌がダメだっていっているわけじゃなくて、何人で書いていてもいいんですけど、ただただ、いまの「LOCKET」の人格がぼくは好きだな、ってことなんです。妻の疑念をのらりくらりと躱しながら新婚旅行でオランダを自転車で旅するくだりとかすごく好きです。

さて、そういう本なのですが、独りよがりではなく、語り、構成、写真、デザインに至るまで(そのへんはちゃんとデザイナーさんが関わっていますよ)、とてもかっこよく、好ましく作られています。うーん、すごいなぁ。これを読んで、じゃあオランダ行こう! とは出不精なぼくは思いませんが、その土地と生活、「LOCKET」が見た世界、に思いを馳せて、新しい世界に旅立つことができるような気がします。

はい、ということで、お疲れ様でした。bearというライティングアプリによると、だいたい5800字、読了時間13分ほど、だそうです。13分も! お付き合いいただき感謝です。

大事なところお伝えしていませんでしたが、この中から、あるいは、この文章など読みながら「これほしいなぁ」と思った本を2000円(税抜)を上限として、ぼくあてに教えてください。調達して、『H.A.Bノ冊子』最新号とともにお届けします。

いやー、なんかそこそこ面白かったなぁ、ということであれば次回もやるのでよろしければまたお付き合いください。

とりあえずもう一回、試してみるときはこちら。


なんか、意外と楽しかったから毎回課金してみようかな、というかたはこちら。四半期(3ヶ月)ごとに課金されます(NEW)


ではでは、これからも本をよろしくお願いいたします。

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