嫌だなと感じる場所からは離れよう

最近Twitterにいると学校の教室にいるような気分になる。

例えるなら30数人程のクラスの中に仲良しグループがいくつか出来て、

「みんなでお揃いの物を持とうよ」とか

「アイツ気に食わないから無視しよーぜ」とか

不幸の手紙とかチェーンメール(平成初期の頃の話ですいません)拡散しないと仲間はずれにするからな!とか。

その中でしか通用しないルールが出来てきて、それを子分が見張っててリーダー格に報告する。


表向き仲良しグループに見えるのに、陰ではいないメンバーの悪口大会。

学校の帰りとか、休日遊ぶの一人だけハブられたり。


教室の端っこでワザと聞こえるように「あー!〇〇なやつってムカつくよなー!」と、特定の人を匿名で批判するとか。


そういうの苦手で、一人ベランダで休み時間を過ごしてたタイプの私は、なんだか窮屈に思えてきた。


自分の興味のあるコンテンツや同じ趣味の人をフォローして、最初の頃はキャッキャしてたのに、だんだんとその輪が大きくなるにつれて自分の意見が言えなくなる。

強い方に合わさなければいけない。
だんだんと何かに洗脳され、依存や執着心が芽生えグループから抜けられなくなる。

そんな空気が生まれてきて、やっぱり自分には合わない世界だなと思いつつ、


「友達や知り合いがいないのは人としてまずい。友達は居なければいけない。」


という思い込みがそうさせているのかもしれない。


リアルな世界で1人ぼっちでもなんの不自由もしていないのに。


個を尊重するここが今は居心地が良い。
同じことの繰り返しにならないように利用していきたい。


画像1

**ある時は何もない道端で
道端が飽きたらガードレールの足元へ
ちょっと冒険したくなったらコンクリの隙間に
寂しくなったら誰かの家の植木鉢にお邪魔して **

**ある時立ち寄った鉢の花がこう言った。 **

**「あんたが羨ましいよ。咲く場所を自由に選べて。私なんて見てよ、この家の人が手入れしてくれないから根っこが張りすぎて苦しいの。」 **

**「あー、そろそろ日除けが欲しいわ。私、直射日光に弱いから。その点あんたは日焼けとか気にしなくて良いから楽よね。はーぁ、早く日陰に移動してよね。まったく、あの人間と来たら」 **

**俺が羨ましい...か。 **

**雨が降らなければ渇きに耐え
誰にも見向きもされず踏みつけられる時もある
真夏の日差しにもじっと耐えてやっと背丈を伸ばしたと思ったら、鋭い刃で刈り取られ... **

**辛えなぁ。もう俺ダメかもしんねぇなぁ。 **

でもな、俺たち雑草は鉢の中では生きられない
いや、鉢の中でも生きられるが人間がそれを許さねぇ。

**だから、何度も何度も枯れそうになりながら、少しずつ生き延びる術を見つけてきた。 **

**鉢の中に居れば何もしなくても人間が勝手に生かしてくれる。 **

**でもそれは、人間の気持ちに左右される。
几帳面なやつに当たれば最高だ、だがそうじゃないやつの所に運悪く辿り着いてしまったら... **

**自力で生きる術なんて持ち合わせてねぇから、あっという間に枯れちまう。 **

**美しさや実をつける特性があるから価値がある
名前も無い、増えすぎる、虫が寄るから価値がない **

**それは目にする奴、手にする奴が勝手に決めること。 **

**俺にも立派な命がある。 **

**命は生きてるもの全てに平等に与えられたもの。価値の優劣なんかない。 **

**生きる事は俺の意思
自由に住処を変え、自由に咲く事もそうだろう? **

**「お前さんは、自分が鉢植えで、人間に世話してもらわないと生きられねぇと思ってるみてぇだが、俺たち植物ってのは元々は地面から生まれて育ってきたんだ。自分は自由に生きられねぇとか俺が羨ましいとか、自分はそうじゃねぇと勝手に思い込んでるだけだ。お前さんも自由に生きてぇなら、そうすりゃいい。 **

**なぁに、心配するこたねぇ。
お前さんにも自分で生きる力は元から備わってる。それに気付き、上手く使う。ただそれだけだ。」 **

**うな垂れた鉢植えの花を横目に俺はまた、新たな住処を探して種を飛ばす。 **

「さてと、今度はどこに辿り着くのやら。
全ては風の吹くままにーってな。」

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