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この生き様は、ニンゲン◯回目だろう?

大寒波がもたらした氷の芸術


 十数年に一度の大寒波がやってきた2023年のはじめ。岐阜県の東のはじにあるボクの実家は大丈夫だろうなんてタカを括っていたら、2月になり水道局の方から電話があり、「2階のトイレが凍結破裂したらしく、水道メーターがえらく回ってます」との話。

 翌日、高速道路を西に2時間ほど走り、実家に到着すると、トイレの北東側の日陰の辺りには、自然が長い時間をかけて造形した氷の彫刻が出来上がっていた。2階のトイレの天井はずぶ濡れ。廊下に溢れ出た水は、階下の居間と座敷にも及んでいた。

 夜。漏水騒ぎの片付けで、ボクはひどくクタクタになり、腹を空かせた頃、小学校の同級生であるM君から電話があった。

「どうよ、飯は食ったか? Jくんの店で今呑んでるで、よかったら来いや」
 M君は、日本料理屋の若主人、Jくんは蕎麦屋の店主である。ありがたい。

 Jくんは大阪や名古屋で飲食業をしていたけれど、新型コロナを機に地元に帰ってきて、この蕎麦屋をはじめたという。Jくんの店の暖簾をくぐると、懐かしい顔がカウンター席には並んでいた。

 学年が1つ上のSくん・Hくん・Nくんだ。僕は小学5年生の頃に父親の仕事で転校してしまっていたので、実に35年ぶりの再会。でも、話しはじめると昨日も一緒に遊んでいたかの様に話もはずんで不思議な居心地の良さを感じた。

消防の先輩Aさんは、人間をもう17回位しているらしい。

 カウンターの席に座るやいなや、厨房からJくんが黒ラベルの瓶ビールを置いてくれた。7人のオヤジたちが酒を呑みながら語る。なにせ僕らが過ごした小学校は、山奥の小さな学校で全校生徒は50人にも満たなかった。だからその夜は、小さな同窓会の雰囲気な感じもした。

 料理人のM君はすでにお酒が回っていて、いつにも増して饒舌だ。彼と話をしたくて彼の日本料理屋を訪ねてくる常連客もいるそうだから、彼の話を聞くのは、いつも楽しい。

 そんな彼が、地元の消防団でお世話になった先輩のAさんのことを話しはじめた。ボクから見ても、料理人のM君自身は魅力的で面白い男なんだけれど、その彼がAさんの話をはじめると、つくづくと感心して褒めちぎる。心酔している。

「Aさんはさぁ、たぶん、あの人、人間をもう17回くらいやってるな」
と突然、M君は話しはじめた。
「えっ、!? 人間を17回? どういうこと?」
ボクはキョトンとして聞き返した。

「Aさんってさぁ、お金とか地位とか名誉とか、イザコザとか意地汚さとか、そんなことは関係ないみたいでさぁ、いつもニコニコしてるんだよ」
「へぇ〜」
「あれは、人間という生き物を何回も経験していないとできない振る舞いだよ」

ボクの前世は、きっとテントウムシだといいな、と思えた。

 先付けの里芋の煮物を箸でつつきながら、M君の話に聞き入るボク。彼のこの話を聞いて、ボクはとても面白く感じた。

「えっ、じゃぁ、M君は、人間を何回目なの?」
と質問してみたら、
「そりゃぁ、俺は、4回目だよ」
となぜか自信たっぷりに言い放つM君。M君が4回目だというのなら、ボクなんてせいぜい、この人生が初めての1回目に違いない。

 そういえば、同級生のM君もJくんも社会人としては、大阪で20年ほど修行したり、いろいろヤンチャをして大人になってきている。人間という生き方にもある程度の慣れがあるみたいにも思える。

 それに比べてボクなどは、子供の頃からどちらかというと本を読んだり、空想しながらお散歩を楽しんでいるのが好きな日々を過ごしていた。それは今も変わらないけれど。

 きっとボクは初めての人間界には不慣れであったから、入門書がわりに図書館の本を読み漁ることで、初めての人生をおそるおそる歩めはじめたのかもしれない。

「M君が人間4回目の人生を送っているというなら、ボクなんて、この人生が1回目の初めてのお遣いみたいなもんだよ。きっとボクの前世はテントウムシだったかもしれないなぁ」

とボクはつぶやいた。

1回目の人生、そんなに焦ることもなくて良いのかもしれない。

 カウンター越しの厨房では、Jくんがゆったりと天ぷらを揚げていて、何も言わなくても熱々の品が目の前に運ばれる。ボクは2本目の黒ラベルを頼んだ。

 Sくん・Hくん・Nくんの近況を聞くと、みんな、ちゃんと社会人をしているみたい。それで週末の土曜日の夜は、蕎麦屋のJくんの店のカウンターで夜を語らいながら過ごすのが、最近の楽しみだという。 

 世間を見渡してみると、ボクの性格は、どうやらかなり不器用みたいだ。物心ついて以来そのことを感じてはいるけれど、人間を40数年やっている位では、それはどうにも変わらないらしい。

 なかなか思う様にいかないことも多くて、頑張り過ぎちゃったり、落ち込みすぎちゃったりの繰り返し。世の中の人をついつい羨望の眼差しで観てしまうこともある。

けれども、そんな時は
『あぁ〜、あの人はきっと、人間5回目なのかもしれないなぁ』
と思う様にして、これからは人間観察を楽しんでみようかなと思う。

(おわり)

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