アルト・コロニー

 太陽系、オールトの雲の辺境にあるコロニーで、優秀な精子と優秀な卵子からひとりの赤ちゃんが産まれました。個体ナンバー90031、後にサヌキノと名付けられる女の子です。
 サヌキノは優秀な遺伝子を継いで産まれたはずなのに、なかなか破天荒な性格で児童生産施設の先生を困らせてばかり。暴れ回りながらも本を読んで自分で勉強し、三歳のときには施設に備え付けの近距離移動用小型宇宙船に忍び込んで宇宙に飛び出してしまいました。そのときはお隣のソプラノコロニーの巡回船に保護されて助かりましたが、それからは先生が一人、サヌキノの見張りをしなければなりませんでした。
 もしまかり間違って逆側のテノールコロニーにいってしまっては大変です。休戦条約を結んでいるとはいえ、コロニー間戦争の引き金になってしまったかもしれないのです。
 
 サヌキノが五歳になった頃、とても大きな太陽嵐が一帯を襲いました。乱れた磁場の影響を受けないようにみんな家のドアを閉めて、じっとしていなければいけません。
 ですが、サヌキノはじっとしていることが苦手です。先生たちの目を盗んで外に抜け出しました。
 小型宇宙船に乗り込むと、三歳のときよりも上手に、こっそりと宇宙に飛び立ちました。
 太陽嵐の影響で、サヌキノの船はいうことを聞きません。今日は巡回船もお休みしています。サヌキノは誰にも見つからないまま、遠い遠い宇宙へと流されて行ってしまいました。

 人々がサヌキノの失踪に気がついたのは、それから三日も後のことでした。コロニー中を探しまわりましたが、誰もサヌキノを見つけることはできません。そのうち誰かが宇宙船が無くなっていることに気がつきました。
「サヌキノはまた宇宙に飛び出したんだ」
「こんな太陽嵐のなかじゃ、きっと生きては帰れまい」
 太陽嵐の影響がすっかり去った後、誰かがサヌキノの乗った宇宙船の発信信号を見つけます。
「大変です! サヌキノは遠くの惑星に不時着したみたいです」

 そうです、サヌキノは自然発生したワープホールに入り込み、偶然にも地球にたどり着いていました。
 
 サヌキノはなんだかよく分からないままに宇宙船をぶった切られ、なんだかよく分からないままにおじいさんとおばあさんに育てられました。なんだかよく分からない不味い物を食べさせられていましたが、栄養を取らなければ死んでしまうので我慢しました。
 この星の文明が発達するのを待とうかと思ってしばらく黙って暮らしましたが、技術進歩のスピードがあまりにも遅いためしびれを切らしてしまいました。どうにか自分で脱出しなければと思ったサヌキノは、先祖が残したと言われているオーパーツについて聞いて回ることにしました。
 信頼できない情報でしたので、なんだかよく分からないけれどサヌキノに会いに来た人たちに訊いてみることにしました。しかし彼らは対話すらできなかったようです。自分たちが見つけてくると言って外へ飛び出していったはいいものの、全くちがう物を持って来たり、偽物を作って騙そうとして来ました。
 サヌキノがこの星の文化水準にほとほと呆れ困っているところに、アルトコロニーからの捜索隊がやってきました。文明に影響が出ないように、この国の人の格好をしています。それが余計に滑稽でした。

「それでは、わたくしいかなければなりません」
 サヌキノは一礼すると、捜索隊の宇宙船に乗り込みました。

「この星の文明レベルでは、我々のことは全く理解できないようです」
「そうか、それを聞いて安心した」
「しかし太陽系内に我々が居住可能な惑星があるということは国家レベルの機密。他のコロニーに知られてはまた争いの種になりかねない」
「そうだな。サヌキノはまたコロニーを抜け出す可能性がある。テノールの連中に知られたらこの星に侵略を開始するかもしれない。最近居住区が足りなくて苛々しているからな」
「戦争を起こさないために少数づつコロニーに分かれたのに、皮肉な物です」

 相談の結果、サヌキノは機密保全のため宇宙船から亜音速で放り出されました。
 地球表面に燃えながら落ちたサヌキノは、その衝撃で関東一円の火山活動を活発化させたそうです。
 後に、それは富士山とよばれるようになりました。

 辺境コロニー群は、今でも戦争をせずに暮らしています。
 めでたし。めでたし。

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