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ズボン

会社に行くのが憂鬱で仕方ないので、せめて身につけるもので気分をあげていこう、と思い立ったのは昨年末、履き古した仕事用の革靴を新調したあたりからだった。
帰宅してすぐにブラッシングをする。馬毛のブラシで埃や汚れを落としたあと、仕上げに山羊毛のブラシでもう一回。2年前にレッドウィングのポストマンを買ったときに、店員さんに教えて貰ったやり方で、それ以来仕事用の革靴も同様にブラッシングをしていたが、そのときはただ綺麗な状態を保たせて長持ちさせたかったからやっていただけだった。それからやっていることは変わらないのだが、気の持ちようで、家のドアをあけて最寄りの駅まで歩いているときに視線を足元にやると、綺麗な革靴を見てちょっとだけ「よし」と思える。長いながい一日のなかのほんの僅かな瞬間だけど、その僅かな瞬間と少しの余韻で、少しだけ軽やかに歩くことができる。

そこまで収入は多くはないので、寧ろ少ないので、身につけるものを変えていくのは長い期間を要する。飲みに行ったり、レコードを買ったり、電車で遠くまで行ったり、たまにはいいものを食べたりしたいので、服に使えるお金はかなり限られている。春先にネクタイを新調して、先日は夏用のリネンシャツを購入した。
夏なので上だけ涼しくなってもしかたないな、と思い、夏用のズボンをいろいろと探し回り、少し背伸びをすればぼくでも身につけられる価格帯のズボンを見つけた。

ブルックス・ブラザーズのウール(60%)、リネン(21%)、コットン(19%)の混紡素材で、ベルトループがなく、サイドアジャスターで調整するタイプのズボンだ。お店に行って試着させてもらって、履き心地がとてもよかった。店員さんの商品説明を聞きつつ、もうこれにしようと思ったけど、そろそろサマーセールとかで安くなるんじゃないか、それまで待とうかな、と心のなかで呟いていると、「まだ大々的に宣伝はしていないのですが、実は本日から30%OFFのセールを開催しております」と店員さんに言われてギクっと、ちびまる子ちゃんでありそうな心象描写になりながらもまんまと購入してしまった。先週末に裾上げが完了して取りに行ってきた。

週が明けて早速おろしたてのズボンを履いて会社に行ってきた。勿論、仕事の内容や対人関係は変わるはずはないのだが、新しいズボンを履いている、という気分がうっすら頭のなかにあるので、嫌なことでどんどん薄まってはいくけど、新しいズボンを履いている気分の成分はゼロにはならないので、なんとか乗り越えることができた。

早くやめてしまえばいいじゃないか、見苦しいぞ、とお思いの方もいらっしゃるかと思うし、ぼくもほんとそう思うんだけど、特にやりたいこともないし、というかそもそもぼくに何ができるんだ状態なので、ここ最近ああだこうだと考えている。

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