【散文】夜を越える

忘れられない記憶が数十年後の自分を支えるかもしれない。
そんな事を考える夜だ。
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『あの人ボケちゃってね』
『おひとりで大変ね』
『まだ若いのにね、かわいそうに』
ある日、無為な言葉が他人から投げかけられた。
手もうまく使えなくなり、足腰が立たないので車椅子。顔も化け物みたいに右半分が引きつっていて、絶えず涎は垂れ流し。ひとりでうんちもオシッコも出来なくなった。
人が訪ねてくることはほぼない。施設で合唱させられる『ふるさと』にもう気が狂いそう。
無為な人々の話は聞こえないフリだ。
何年も前から、耳が遠くなっている「ことにしている」。
そんな彼女は、ひとりで車椅子に座ってテレビを見ながら、思うのだ。
誰にも語らなかった、あの時の記憶だけは歳を重ねるたびにうつくしくなっていくと。記憶の中の若い彼女は、このまま死んでいいと本気で思っていた。やるせない毎日を送る中でも、こんな記憶を内包する世界を確かにうつくしいと感じた確かな瞬間だった。
醜くなっても、体の自由がきかなくなっても、あの時の記憶を思い返して世界のうつくしさを再確認する。それだけで生きている意味はあるんじゃないか、と。

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ある写真家がひとりの女の子に出会って、その子を撮り続けることで感じたことを文章にしていた。
写真と女の子に生かされている「少女写真家」の大切な人 より一部抜粋
https://sheishere.jp/voice/201806-erikaiida/

この人が書いた文章を起点にして、今は喋ることも自分の力で歩くこともできないある人をモチーフに短い文章を書いた。
勿論、現実はこんなに美しくはない。
もっと、彼女は鬱屈としてるに違いない。
けれど、現実を書くだけが文章の役割じゃない。美しいものを信じたくなる夜があったのなら、それもまたひとつの現実なのだ。

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sara_nakano

ハムサラダの読書日報

毎日会社にかよっている。 1日のおわりに業務日報を書いて提出する。 わたしは毎日、お昼やすみと帰り、夕飯を食べてから本を読んでいるから、 読書の日報も書こうとおもう。
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