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1-8,ストーリーテラー/Autofiction

ストーリーテラー/Autofiction

「言いたい事が言えなくて本当によかった」なんて君に言えるようになってよかった。
産まれてからずっと嘘をつけずに、本音だけが口から流れ出る。
そんな病気なんだって母さんが言った。病院通いも散々な結果。
思った事を全て言葉にしてしまう。人の好意もお断りしてしまう。
思えばみんな可愛い子に「ブス」って言ってた。僕だけがブスに「ブス」って言ってた。
「心ない事を言うんじゃないよ」と先生の建前という社会も、
ターニングポイント代わりだった。担任だって結局他人だった。
周りからは人が消えていくんだ。心があるから心ない事が言えるんだ。
「今まで僕は嘘をついた事がない」その発言自体が嘘なんじゃない?
“イイネ”って二元論に逃げんのならきっとフレンドも増えんのかな?
好きな番組はテレビショッピング。病気が治ったようなこの気分。
思ってない事を口にできるならどんな深い夜だって昼間だ。
誰にも言えない事との戦い。現実にはできない言葉を吐きたい?
僕に言わせればそれ自体が綺麗事。まるで僕はギターのディレイのよう。
家族で揃ってご飯を食べなくなった。手作りの料理を見なくなった。
不味いって僕が言っちゃうからか。僕がいると不味くなるからなのか。

そんな僕を見かねて君が言ったんだ。「いっそラッパーになれば?」って言ったんだ。
「ラッパー?」考えた事すらもなかった。病気を治す必要がなくなった。
MCバトルってやつに出てからは、あり得ないくらいに世界が変わった。
裏で殴られそうになった事もあった。だけど殴られてきた過去とは何かが違った。
実際に殴られそうにはなった事もあった。だけど実際に殴っては来なかった。
それがラッパーだった。僕は病気を吐いてひたすらに戦った。
勝ったりもしたし負けたりもした。何枚もCDをもらったりした。
思ったように感想を言ってみたら最初は当然、曇った顔をされた。
ところが気付くと特に僕に、感想に求める人間が増えては、
黙秘している奴の多さを知った。逆に僕の事を言う奴を探した。
この汚れちまった心にすら、鳴いたり殺したしたりできるホトトギスが
巣を作っていたなんて驚いたが、待ってたなんて言うんだ一昨日から。
MCバトルで優勝した事もあった。「アルバム出さないの?」なんて声もあった。
あくまで僕は即興で言いたい事を言う事にこだわった。
舌の上を石ころみたく転がった。後ろを振り向いたら多少のフォロワーが、
僕が次に何を言うか期待したんだ。僕がしたかったのは仕返しだった。

また嫌われ者に逆戻りだ。心の中は閑古鳥だ。
ラッパーも結局は病気じゃなかった。建前を重んじてるプロパガンダ。
輝けた気がしたフロアーだった。本音を言い過ぎた。みんな離れた。
言い過ぎたなんて一ミリも思えない。外出たい。だからもう踊れない。
嘘をつかないサタデーナイト。同じ月を眺めてももう触れない。
今まで僕は数え切れない数の嘘をつかれて疲れたよ休もう。
「生きづらい」ただそれだけの事だ。病気じゃない人はみんなこう言うんだ。
「生きづらい」そう思った時にこそ、口に出さずに耐えて生きるんだ。
それは嘘なのか?僕に無い発想なのか?空想なのか?それとも価値の無い雑草なのか?
思ってたよりも思ってなかった程度の思いで済んだらよかった。
久々に会った君は可愛いかった。あの時「ブス」だなんて言って悪かった。
君は僕にこんな質問をした。「物語を作る人は嘘つきだと思うか?」ってさ。
僕が思った事を言おうとしたその時、君は僕の口元をおさえて一息。
「実際に自分で、物語を語ってみればわかるから、そして変わるから」
それからの僕は駆け出しのストーリーテラー。それはこんな風な書き出しから始まっていった。
「言いたい事が言えなくて本当によかった」なんて君に言えるようになってよかった。


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