8月30日

靴ヒモ

最近買い替えたスニーカーの評判が賛否両論です。

スニーカーが好きで、外出の時は大概スニーカーを履いている。好きといってもコレクションをしているわけではなく、気に入ったものをずーっと履いているタイプである。とにかく履き心地も楽だし、いくらでも歩けるような頼りになる感じが好きだ。(実際は履いている本人の体力が間に合わない説もある)

先日の買い替え前まで愛用していたのは、靴屋で処分セールを食らっていたコンバースのスニーカーだった。あまり見ない淡いブルーの色合いで、しかもよく見るとペイズリー系の刺繍が施されている個性派なデザインだった。サイズからいってメンズスニーカーらしかったが女子向けっぽい淡色、にも関わらず刺繍で個性を主張する中途半端さが売れ残ってしまった理由か。

その意気や良し。俺ァ嫌いじゃないぜ。実は自分の足のサイズより+1.5センチくらいでかかったが、お買い得なこともあってそれを買って帰った。以来、そのスニーカーを2年ほど履きまくった。

そのお気に入りスニーカーを買い替えるきっかけになったのは、雨の日に履くと数分で靴下までビチョビチョになってしまう現象に見舞われ続けたからである。布製だからかなあ、でも今まではここまで濡れなかったけどなあ…とよくよく見てみると、靴の裏面の踵部分がすっかり擦り切れ、切りこみ状の穴があいていた。しかも両足である。布以前の問題であった。

修復も難しいし、十分に役目は果たしてくれた。ちょうど外せない用事で外出するし、ついでに買い替えよう…と思ったのだが、困ったことに台風接近中で雨がざんざか降っていた。そして諸事情で私が履ける靴はその穴のあいたスニーカーのみであった。

結果、靴下は履かない素足スニーカーで私は旅立った。石田純一スタイルである。案の定スニーカーの中は秒単位で水浸しになり、指先はガンガン冷えるわ素足が擦れて痛いわで想像より体力と精神力を削られた。なんかすごく惨めな気持ちになってくる。靴下と靴(穴の開いていないタイプ)があることは幸せなことなのだとしみじみ実感した。

というわけで、靴をがっぽがっぽ言わせながら友人ふたりと合流し、無事に用事を済ませた私はそのまま彼らを引き連れて靴屋へ向かった。本来であれば長いこと使うことになる靴などはじっくりと時間をかけて店をまわり、気に入ったものを探したいが、もうそんなことも言っていられない。次の日も大事な用事があった。今日中に靴を手に入れねば明日も足のみ地獄である。

駅ビルの靴屋へはいり一直線にスニーカーコーナーへ向かう。ここで急に攻めたりなどしない。最速で足が馴染むようにコンバースのスニーカー一択である。

言っても人気ブランドである。様々なデザインのスニーカーのなか、あーだこーだと友人たちと物色していると、ひとつ目を引くデザインのものを見つけた。スニーカー本体、ヒモを通すリング、ソールもコンバースエンブレムも全てブラックというクールなデザインのハイカットスニーカーだ。なかなかいいじゃないか。友人たちも「ええやんええやん」と同意してくれた。だが一つ謎な点があった。

靴ヒモがついていないのである。

まわりに陳列されているスニーカーは当然のごとく靴紐が通された状態だ。真っ黒なデザインだしヒモはカラフルでもモノクロでもお好きなものを合わせてください、という仕様で別売りなのか。そうこうしているうちに、友人がさっそく呼んでくれた店員さんがサイズを聞きにやってきた。

「すみません、これってヒモは別売りなんですか?」
「あっ、こちらスリッポンなんでヒモいらないんですよ」

なんだと…。
店員さんの説明通り、よく見るとそのスニーカーはベロのところが伸縮するようになっており、かぽっと足を突っ込めばいいらしい。
待て待て待て待て。じゃあなんでリングついてんだ。しかし世の中には見た目はしっかり靴ヒモの通ったブーツでありながら、ヒモはフェイクで実は横にチャックがついてて楽々履けるブーツもある。これもそのたぐいではないのか。

「えっ…でも一応ヒモとおすのもできるんですよね?リングあるし」
「あー、これつま先の2つぶんのリングは本体に完全にくっついているので、ちょっとそこは通せないんですよね。その上からなら通せると思いますが…」

店員さんも何言ってんだこいつという顔をしていらした。つまり無理やりヒモを通しても途中からスタートする謎仕様になると。それはそれでいやだ。
さっきまであんなに好みだったスニーカー(思えばもうこいつはスニーカーではなくスリッポンなのか?)を前に私は急に迷い始めた。

私の悪い癖のひとつで、「あえてこうしているんです」のデザインをイジりたがる、というものがある。例えば友人がダメージジーンズとか履いてくると「どうしたん? 誰かに襲われたん?」とか言っちゃう。目玉焼きのヘアピンの子に「朝ごはん頭についてるで」も言ったことある。人によってはマジギレされる可能性もある悪い癖である。
そんな私が、ヒモはいらないけどあえてリングのついてる靴なんて見たら絶対言うもの。

「どうしたん?ヒモ忘れたん?www」

こういうクソみたいなイジりを絶対に言ってしまう。
しかし、友人たちの評価ははむしろヒモがいらないスリッポンだと聞いたあとのほうが上がっていた。

「すごくいいじゃん! オシャレだよむしろ! スリッポンって楽だし!」
「うん。お揃いになっちゃうのはさすがにあれだからやめるけど、俺もこれ欲しいもん」

マジかよ…。ぜんぜん茶化していない。本気トーンのお言葉である。しかもこの友人たちは私の何倍も身だしなみに気を遣うタイプの人たちであった。髪もきれいに整え、コーディネートもきちんと考える。単純に自分の好きな服装すればええんや!だけで終わらず、行き先や一緒にいる相手への敬意も含めた、TPOをわきまえた大人なおしゃれをするタイプなのだ。説得力が違う。

ホントに?ホントにそう思うんだね?と友人たちに何度も確認をした後、私はそのスニーカー(スリッポン)を購入した。チョロいとか言うな。よく言われるんだ。

リングはあるがヒモはねぇというトリッキーな部分以外は気に入ったデザインだったし、実際のところ履き心地もよかった。すぽっと履けるの超楽。
すっかりそのスニーカーが気に入った頃、久しぶりに父と外出した。電車に乗りながら他愛のない会話をしているなか、ふと父が私の足元を見てニヤッと笑った。

「なんだお前、ヒモ忘れたのかwww?」

血とは怖いな親父よ。