排気口のこれから新作公演後半戦?の巻。

 無事、初日を開けられて、昨日、無事、全員が揃って公演出来た。なんとかここまで来れた。怒涛のバタバタも喉元過ぎればなんとやら。これから後半戦です。

 自分でも自分のタフさに驚く。今日も夜中の2時まで酒を呑んで朝の7時に起きて次の台本作業をしていた。そうしてこのnoteを書いている。

 次の台本作業をしていると、この『時に想像しあった人たち』という作品が段々と過去のものになっていく。まだ公演があるのにも関わらず。それが不思議だ。そして淋しい。

 しょうがないのだけれども、出演者の方々も、スタッフの方々も今の公演に現在の両足の接地面を見ている。私だけパソコンの画面に未来の接地面を見ている。1人だけ過去を忘れられずにいるのも淋しいが、1人だけ未来を想っているのも淋しいのだと気づかされる。

 たった1人で書いた台本が、こうして膨らんで、作品になること。それがいつも可笑しく思う。それにめちゃくちゃ大変だ。100万貰っても稽古初日にはタイムスリップしたくない。1億なら全然アリ。

 夜中に、朝方に、暑さ盛る真昼に、部屋のパソコンに書き付けた言葉を、私はたった1人で想像して、それを繋げていった。その想像と、今、こうして客席でみる作品が大いに違う事を大変に嬉しく想う。

 哀しい事も、淋しい事も、現実的な事も、ましてや社会的な事も、メッセージも、書きたくなかった。私はただただ「過ぎていく時間」が書きたかった。

 くだらなくて、次の日には忘れてしまうような、そんな時間を書きたかった。それを留めようとする力を芸術だと誰かが名前を付けたのは、人間のくだらない営みに豊かな美しさが宿っている事のなによりの証だ。

 まだまだ予約できます。宜しくお願いします。

  

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