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或る男 ~新・東京ポチ袋短編①~

『今回は私どものインタビューに答えてくださりありがとうございます。ここで質問ですが、普段はどのような生活をなされていますか。』

「私は仕事の都合上、家でもできますので基本的には家で仕事をしています。妻は外に出て働いていますので、子供の面倒は、日中は私がよく見ます。」

『仕事の時間とかはしっかりととれるのですか。』

「去年までは下の子が二歳だったこともあり、朝九時から十一時半まで仕事をして、それから下の子と私の昼ご飯を作り、食べて、それから四時くらいまで仕事をしていました。上の子を迎えに行って、それから妻の帰りに合わせて晩御飯を作っていました。そのあと子供たちをお風呂に入れたり、みんなでテレビを見たりして、子供が寝着いてから妻と二人きりの時間を過ごすという一日でしたね。」

『なるほど…そうなると一日にとれる仕事の時間は五時間くらいだったのですか。』

「そうですね、ただ仕事の締め切りが迫っていると、妻との時間の時に話しながら仕事をしていましたね。」

『意外と大変なのですね。メディアにも出演されていますが、そういったところで支障などはありませんか。』

「自分から言わなければ基本的に皆さん気付きませんね。だからそこまで気にしていません。ただ、子供の送り迎えだったり、授業参観の時にお父さんが来るというのが原因で子供たちが周りの子たちに何か言われてないか気になります。多くの家庭でお母さんがそういう仕事をしますからね。」

『ということは、専業主夫に近い雰囲気ですね。』

「そうですね。ただ私としては、子育ては夫婦二人でやっていくものだと思っているので、自分がこういった自由な業務体系だからこそできるうちにやっておこうと思っています。」

『奥さんは今の家庭の形になることに何か言及されていましたか。』

「妻との間に子供ができるときにどうしていくか、という話にはなりました。そのときに妻は『自分のアイデンティティの一つである仕事は続けたい』と言っていたんです。だから私は妻の意見を尊重して働いていいよと言いました。そしていつでも僕は応援しているとも伝えました。」

『いい夫婦ですね。』

「いい夫婦かはわかりませんが、しっかりと自分たちの考えを話せる間柄だと思っています。」

『そういえば最近教育熱心な親が増えていると言いますが、それについてどう思われますか。』

「そうですね、習い事をたくさん子供にやらせる親がいますよね。月曜日は英語、火曜日は水泳、水曜日はピアノ、木曜日は英語、金曜日はパソコン、のような。これっていったい親は子供に何になってほしいんだろうってすごく不思議に思うんです。親が強制して習わせても子供はその習っているものが好きになるか分からない。でも、たくさんの機会を与えて、そういった体験の中で子供が興味持ったものを習わせてやるべきだと私は思うのです。有名進学校に受験させる親もそうです。子供が本当になりたいものを知ってから、子供と一緒に将来を考えるのが私たちのやるべきことなんですよね。本当は職人さんになりたいと思っている子供に有名進学校に入れても果たしてそれが子供のためになるのか、と私は疑問ですね。」

『大学全入時代と言われていますが、それでも親としては子供の意見を尊重すべきだと思いますか。』

「正直なところ子供にも大学は出てほしいというのが私の気持ちです。ですが、やはり、子供が将来をどう考えているかということにしっかり向き合わなくてはいけないと思います。それに大学全入時代というのなら、大学まで授業料を無料にするべきですよね。大学に行かないといい職業に社会なのに、政府は教育費を免除しない。これでは家庭の所得により受けられる教育が変わってきてしまいます。すると自然と親の所得が子供の所得に影響を与えてしまうことになりますよね。そうするとそれこそ生まれた家によって子供の将来が決まってしまうということにもなります。本当に危険な状態だと思います。」

『なるほど。だからこそ本心では子供に大学まで行ってほしいということなんですね。』

「共働きなので、なんとか大学までは上の子も、下の子も通わすことができますからね。ただ今の政府の動き方と社会の流れがあまりにも乖離している気がします。少し乱暴な言い回しですが、定年退職した方々にお金を回すのなら、次の世代を担っていく子供たちにお金を回してもらいたいものです。国が子供を育てていかないといけないと思います。」

『やはり今の状態だと子育てをしにくいと感じることが多いですか。』

「そうですね、たまたま運よく下の子を保育園に入れることができたからよかったのですが、もし入園を拒否されていたと思うと、私の仕事を少し削らないといけなかったかもしれませんでしたからね。」

『入園拒否されていたとしてもやはり主夫なんですか。』

「妻が仕事はアイデンティティの一つだと言っていたので。私の仕事は場所を選ばないのでやはり家にいますかね。私は子供が好きなので全く苦にならないと思います。」

『なるほど、お話を聞いていると本当に絶妙なバランスで成り立っている夫婦ですね。うまくやっていく秘訣はあるのですか。』

「そうですね、照れくさいですが、やっぱり毎日二人の時間を作って話すことでしょうか。そこでお互いの考えを話すのが大事なんですね、僕たちの間では。」

『失礼ですが、授業参観があったり送り迎えがあったりすると他のお母さんたちに会いますよね。そういうとこで気持ちがなびくことはないのですか。』

「全くないですね。妻には日々感謝していますし、尊敬もしていますし。私は面倒くさがりな性格なので、そもそも男女の仲に対しても面倒くさいと思ってしまう節があります。だから、妻ですら少し面倒だと思う瞬間があるのに、もう一人増えるとか勘弁してほしいですね。それに妻以外の女性で私のことを面倒見られる方はいないと思いますので。だからそうですね、浮気とかそういうのは私には無理ですね。」

『いやあ、怪我の功名というやつですね。』

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「浩、あなたさっきからなに一人でぶつぶつ言っているの。早く仕事探してきなさい。お父さんもお母さんもいつまでも生きているわけではないのよ。いい加減に独立しなさい。」

その男の頭の中では同年代と同じく二人の子供がいる。そして皆が知らないことも知っている。その男にはもう母の声すら届かない。

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