見出し画像

春の終わり、夏の始まり 10

3月中旬の週末。
寒の戻りに身震いしながら、唯史はキッチンでコーヒーを淹れていた。
マグカップに注がれる濃いブラウンの液体が、静かな部屋に小さな生命を吹き込む。
この頃、朝はコーヒーだけで、朝食を摂る気力は失せていた。

熱いカップを持ち、唯史はリビングへと戻った。
ソファは乱れたまま、周囲には雑誌や郵便物が散乱し、その孤独な生活を物語っている。
唯史はソファに沈み込むと、窓の外を眺めることもなく、ただ珈琲をすすった。

その時、スマートフォンが振動し、メッセージの到着を告げた。
唯史は無表情のまま、スマートフォンを手に取る。
最近の通知は大抵広告のものだったから、特に何も期待はしていなかった。
だがプレビューに「同窓会のお知らせ」と表示されているのを見ると、形の良い眉がふわりと上がった。

それは、中学時代の同窓生のグループチャットに届いていた。
本文を開くと「卒業15周年記念・同窓会のお知らせ」の文字とともに、開催日と場所が記されていた。
開催日は3月末の週末、場所は地元南大阪の居酒屋、とある。

そういえば、もう卒業から15年も経ったのか……
俺も今年で30歳か、と唯史はひとりごちる。

そして立ち上がると、クローゼットの奥にしまいこんでいたアルバムを取り出した。
唯史はゆっくりとアルバムを開き、中学時代の写真に目を落とす。

一枚一枚の写真は、かつての友人たちとの楽しい瞬間を切り取っていた。
サッカーボールを追いかける笑顔、文化祭での賑わい、そして卒業式。
それぞれの写真からは、当時の明るさと希望があふれていた。

唯史は中学時代の写真をながめながら、心の中で自問自答を始める。
「これがかつての俺の姿…今の俺はどこにいるんだろう?」
部屋の静けさの中で、唯史の心は過去と現在を行き来していた。
いつの間にか失ってしまった何かを、これらの写真の中に見つけようとしていた。

ソファに座り直し、ふたたびスマートフォンを手に取る。
指は少し震えていたが、確かな決意でキーボードを打ち始めた。
「行きます。楽しみにしています」
送信ボタンを押し、唯史はほっと息をついた。

#創作大賞2024
#恋愛小説部門

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

いただいたサポートは、リポビタンDを買うために使わせていただきます!