二、王子とヘブンの使者

二、王子とヘブンの使者
 フローラン王国の東の端に大きな大きな森が存在している。そこは人食いの森と呼ばれ、人々は滅多に近寄らなかった。フローランで育った子供なら、その言い伝えを耳にして育ったはずだ。
 リシャールももれなく知っていた。知ってはいたが、その森もフローランの領土の一部だと思っていた。今、ダイアン王の話をきくまでは。
「ヘブンというのですか」
「ヘブンには滅びの一族が住んでいる。かの者達は怪しげな妖術とは違う、この世の恵みによる力を使う。精霊族とも言われている」
 南に面したダイアン王の執務室に、リシャールは呼ばれていた。何の用かと思えば、ダイアン王は人食いの森、正式名称ヘブンの話を持ち出した。
「ヘブンの使者が今朝方お見えになってな。お前にも会いたいそうだ」
 昔来たときはまだ小さかったしなあ、と机の横の大きな窓からしんみりと城下町を見つめるダイアン王である。
「リシャール。お前にはヘブンへ赴き、ヘブンの主に会って欲しい。そして、同盟の延長を結ぶという意志を伝えてもらいたい。供はエリクひとりいれば十分だろう」
 切なそうに目を細め、ダイアンはリシャールに告げる。
「君の母親の故郷だ。彼女の、亡きティアラの残した森だ。主はティアラの妹が務めている。少し変わった女性だ。失礼のないように、気をつけたまえ」

 ヘブンの使者は豪華絢爛な客間で侍女たちとおしゃべりしていた。冬の雪のような肌、鍛えられた上腕二頭筋、上等の蜂蜜のような色をした長い髪をひとつに結わえ、豊かな表情をたたえた瞳がリシャールへ視線を向けた。 リシャールがにこりと微笑むと、彼もにっこりと笑った。
「あらあ、リシャール殿下。ずいぶん大きくなったんじゃない? 目と鼻がティアラ様にそっくりね」
 うんうん、と自分でうなずきながら、彼はがっちりとした両腕を広げた。
「アタシの名前はシーニイ。ヘブンの主、メイヴィット様の側近のひとりよ。お見知りおきを」
 ばっちん、と音が鳴りそうなくらいの大げさなウインクをして、シーニイはリシャールを抱きしめて、頭をなでる。リシャールは衝撃のあまり頭が真っ白になったが、咳払いでごまかすと、丁寧にその腕を引きはがした。「フローランの王、ダイアンの子、第一王子のリシャールという。お目にかかれて光栄だ、シーニイ殿」
 リシャールが丁寧に名乗ると、シーニイはうふふと口元を弛ませた。
「ごめんなさいねえ。アタシ、嬉しくって。あのちっちゃな男の子が、こんなに立派に成長するなんて。頼もしいわあ。じゃあ、行きましょうか」

 ヘブンの森の入り口は街道の途中で脇にそれたところにあるという。そこに辿り着くまで、馬を飛ばして三日ほど。途中で野宿を挟みながら、森の影がおぼろげに見えてきた頃。夕方に差し掛かったあたりで、街道の横に太くて立派な気が五本ほど生えた広間のある場所に出た。シーニイは太陽の高さを調べ、馬を止めると、リシャールとエリクを振り返った。
「今日はここまでにしましょう」
「まだ日はあるが、先へ行かなくても良いのか?」
 リシャールが問うと、シーニイは肩をすくめた。
「夜に入り口付近をうろつくと危ないのよ。いろいろとね。ここの方が戦い易いわ」
 物騒な言い方である。シーニイは木に馬を繋ぐと、荷物を下ろしたき火の準備を始めた。リシャールとエリクもそれに倣う。
 たき火のはぜる音に耳を傾けながら、早めの夕食をとる。
 シーニイが鍋に水をいれ、干し肉、キノコ、野草をを投げ込んでいく。それから得体のしれないショッキングピンクのキノコを採りだし、ナイフで削って鍋にいれた。リシャールは唖然とし、おそるおそるシーニイにきく。
「それは、なんだ? ものすごく体に悪そうな色をしているが」
「これはヘブンで採れる希少価値のキノコよ。食べれば元気満点、疲労回復に効果があるわ。ここまでほぼ休みなしできたし、いい効果を期待したいところね」
 ぐつぐつ煮える鍋。湯煙があがり、食欲をそそる匂いが辺りに充満する。
 ぐう、と低いうなり声がした。リシャールは慌てておなかを押さえた。思わず隣をみると、エリクがにやにやしてリシャールをみていた。ほんと、この従者ときたら以下略。
「うふふ、殿下は正直なのね。いいことでしょう。まずは腹ごしらえといきましょうか」
 ショッキングピンクのキノコは思いの外うまかった、というのがリシャールの感想だった。歯ごたえがあり、かみ切るのに苦労はしたが、食べ応えがあった。
 夕日が沈んでいく。食器を片付けながら、シーニイが言う。
「明日はいよいよ森にはいるわ。長旅ご苦労様でした」
「まあ、たまにはこういう旅もいいな。なあ、エリク」
「殿下の間抜け図鑑がまた一ページ埋まりそうですよ~。とても面白い旅ですねえ」
 白湯を飲みながら、のほほーんとしているエリクは、リシャールの方を穏やかな表情で見つめている。というか何作ってんだ、お前は。リシャールが睨んでもエリクはにまにましている。リシャールは悔しくなった。いつか絶対この従者を負かしてやると息巻くリシャールである。
「いいわねえ、あなたたち。のんびりで」
 この国も平和になったものよねえ、とシーニイが遠くを見つめた。

 一寝入りしようと寝袋にくるまって夜も更けた頃。リシャールが寝ずに番をしているときに不意に視線を感じたような気がした。街道の脇、平和なフローラン。しかしここは国の外れだ。不審に思って、傍らにおいた剣に手を伸ばしたとき。
「動くな」
 短く低く。耳元で声がした。
 気づけば広場を取り囲むようにして体格の良い男から少年まで六人ほどが、剣を手にじりじりと近づいてきていた。
「殿下!」
 飛び起きたシーニイとエリクも剣を構えている。リシャールの首元に剣を突きつけた青年らしき体格の男は、綺麗な青い髪に紅い目をしていた。たき火の薪がはぜる。
 瞬間にしてリシャールは自身の体を低くし相手の手が緩んだところで相手を投げ飛ばした。
 シーニイとエリク、リシャール。たき火を背にし、向かいくる剣をはじき返す。
 話には聞いていた。朝議のときだったか。街道に盗賊ーー義賊と名乗る集団が、道行く人々を襲い、金品を攫っていくと。命まではとらないとのことで、そんなに問題にはなっていなかった。
「キールか」
 リシャールが義賊の名前を口にすると、頭領らしき青年が、ふんと鼻を鳴らした。
「わかってんじゃ話は早えな、旅人さんよ。荷物を置いていってもらおうか。そうすりゃ命まではとらん」
 リシャールと剣を交え、青年がにやりと口角をあげた。人を品定めする目つき。リシャールが過去嫌と言うほど味わった屈辱が思い返される。第一王位継承権を持つが、フローランには王子がひとりというわけではない。
 花がいると潤うと、ダイアンがたくさん愛でているため、それなりに人数がいる。今でさえ時期国王の補佐として一族の繁栄を願う腐った輩は後を絶たない。そしてその犠牲として、リシャールは母親を失った。苦い思い出である。
 不思議とリシャールは落ち着いていた。苦い思いもあったが、目の前の剣を完全に見切っていた。
 青年の剣が弾き飛ぶ。丸腰になった青年が地面に腰をついた。
「殺せよ」
 青年が言う。目が真剣だった。リシャールの手が震える。戦にでたことのないリシャールはまだ人を手にかけたことがない。
 青年が馬鹿にしたように言う。
「良いよな、お坊ちゃんは。のほほんとしていても生きていけるんだからよお」
 他の仲間は倒れていた。血が流れてないところをみると、気絶しているだけらしい。
「黙れ。この方の努力を知らないくせに、いい気になるな。死にたいのか」
 リシャールの後ろで、エリクの殺気のこもりすぎた声が聞こえた。なんだかんだでリシャールを一番評価しているのはこの従者な気もする、とリシャールは思った。
「なぜ、こんな事をする? 君たちは隣国の民だろう? フローランで暴れてどうするっていうのだ」
 膝を折り、リシャールが問う。
 キールと呼ばれる一族は、北の隣国中央帝国の少数民族だ。中央帝国は今、内紛でごたごたしていて、フローランでも難民の受け入れはしているはずだった。
「俺たちは国境を歩いて越えてきた。他にも飢えている仲間がいる。生きるためには仕方がない」
 リシャールは考え込んだ。
「ちょっとお、リシャール様? どうにかしようなんてお考えじゃないでしょうねえ」
 シーニイが横から声を上げた。
「ここを解決してもこういう者は後を絶たないのよ。中央帝国はそれだけ大きな国だもの。フローランだけでは受け止めきれないわ」
 反論しようとするリシャールを、シーニイは目で制した。
「人を救おうとすることは大事だわ。でも最後まで面倒が見きれる? 捨て犬を拾って、途中で飼えなくなったからって保健所連れてくようなものよ。相手は生き物なのに。物じゃないわ。最後まで面倒を見切れないのに手を出しちゃだめ」
 シーニイが踵を鳴らして、リシャールの前に立つ。そして青年を見下ろした。
「いいこと、ぼくちゃん。フローランではちゃんと難民を受け入れている。役所へいけば正当な手続きを受けられるわ。こんなところで腐ってないで、さっさと町へ行きなさい。甘えてんじゃないわよ。じゃあね」
 行くわよ、とシーニイは馬のところへ行き、馬に跨がる。
「なにをほうけているの? 時間がないわ、二人とも。行くわよ」
 シーニイの言葉にエリクが動いた。つられてリシャールもようやく青年から視線を外した。弱り切った青年の視線がやけに胸に残った。


三、王子とヘブンの主→https://note.mu/hakago00/n/n365d082753b3

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やったあ!
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和水

フローラン王国物語

この物語は、のちに賢帝となるリシャール王の若き頃を記した物語である。青年王子の恋と成長の物語。彼は王になる過程で何をみて、何を選ぶのか。
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