表面はお貴族で、心はヤンキーで生きよう。

「きちんと怒る」って結構大切だな、と最近感じています。

「怒る」ことが苦手な人って物凄く多いと思います。若い人は特に。エネルギーも使うし、怒り慣れてないから「怒る」ことで嫌われるのも嫌だし、上の世代の「『お前のことを思って』怒って『あげてる』」みたいな考え方に疲弊してる部分があったり。実際こういうこという人って、怒りたいから怒ってるんだと思うんですけどね。っていうのはさておき。とにかく色んな要因で、「怒るのって苦手だなあ」となる人は一定数いるんじゃないでしょうか。わたしもどちらかと言えばそちら派です。

でもこのところ、「価値観の押し付け」に合うことがとても多くて。それこそ「『あなたのため』にわざわざ『忠告してあげてる』」とか。「あなたはこれ以上失敗できませんね」とか。

今までは、「そうですね」とか「すみません」とか「ご指摘ありがとうございます、気をつけます」みたいな感じで理不尽なものにもぺこぺこしてたんですが、近頃それがワーッと爆発してしまって。終いには会う人会う人から「なんでそこまで言われて今まで我慢しちゃった!?!?」とドン引き&心配される状態になってしまいました。関係各所すみません。

よく考えたら、何が「わたしのため」になるかなんていうのは「わたし」にしか判断できないし、何が「失敗」か、なんていうのだって、本人にしかわからないんですよね。「正義感」を持つこと自体はとても素敵だと思うんですけどね。それをフルスイングして相手をぶん殴って相手を傷つけて、そこで得るものって一体何なんだろう?と考えたりするわけです。

前にも少し書いたかもしれないのですが、実際そこにあるのって「事実」だけで。正しい、正しくないってきっぱり割り切れるものって本当はないんじゃないかなと思います。

それで、先ほどの「相手をぶん殴って得るものって一体何なんじゃい」という話なんですが、それはきっと「自分が絶対正しい」という「優越感」。ただそれだけなんですよね。ただの自分の欲を満たすだけの行為。それでぶん殴られた方は溜まったもんじゃないです。はっきり言ってとんだ迷惑行為です。

そんな迷惑行為には、ちゃんと怒っていいと思います。でもやっぱり、正面切って怒るのってなかなかこの社会だと難しい。だから、自分の部屋とか会社とか学校のトイレの個室とかでもいいんですけど、1人のときに「なんだこの野郎、馬鹿野郎!」「おめーの価値観押し付けてんじゃねーぞコラ!」ってキーッとなってガス抜きしておいた方が、長い目で見たら楽なのかなあと思います。慣れてないうちは本当に難しいし、ついつい自分のことを責めちゃうんですが、相手が価値観を押し付けてぶん殴ってくるんだったら、自分だって自分の価値観でちゃんと怒っていい。本来、人に優劣ってないはずだから。対等じゃないと思ったら、それに対して異を唱えることって全く悪いことじゃないんじゃないですかね。

ただ、それで相手をぶん殴ると相手と同レベルになってしまうので、表面上はヨーロッパの貴族みたいに「オホホホホ」って笑っておいて、あとでこっそりヤンキーみたいに「ゴルァ!」となる。そんな感じでやっていくのが良いのかなあと思います。ちゃんと怒っていいことに怒れるキャラクターを持てる。そんな部分も今は必要なのかなあと思います。

わたしもまだまだ修行中で、心の中のヤンキーをちょっとずつ育てているところです。怒るのが苦手な人、一緒に心のヤンキーを育ててみませんか。

あ、ちゃんと相手を尊重した上で「愛情」のある「指導」をすることは問題ないと思いますよ。念の為。

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白花

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