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水滸噺番外「背中で語る」

あらすじ
九紋竜行者奥義を伝授し
彼の敵は飛天夜叉生鉄仏
桃花の縁は彼のみが知る
打虎将の背は梁山動かす

水滸噺番外 注意書き
北方謙三先生水滸伝何でもありな二次創作です。
・番外編ですので、ネタバレしています。ご了承ください。
・小噺は作者のtwitterにて毎日三本目安で連載中です。 
・ご意見ご感想等々、こちらまでお寄せいただけると、とても嬉しいです。いつも助かっています!
・原作に興味を持たれるきっかけになったらこれ以上の喜びはありません

前節

李忠「扈三娘は晁蓋殿を好いていると思わんか?」
杜興「思うが…」
韓滔「なぜお前がそこまで執心するのかよく分からぬぞ、李忠」
李「それは」
杜「扈三娘に惚れたか?」
李「…」
韓「それとも身内に娘か姪がいるのか?」
李「…すごいな、韓滔」
杜「なるほどな」
李「いるではなく、いた、だが」

韓「話したくないなら、話さなくてもよいぞ」
李「…爺どもなら構わんか」
杜「…」
李「昔、それはそれは可愛い姪がいてな」
韓「…」
李「目に入れても痛くないとはこの事だと思うほどだ」
杜「眼に浮かぶな」
李「…私がいない時、賊に攫われてな」
韓「…」
李「それっきりさ」
杜「…だが、李忠」

杜「死んだと決まったわけではないだろう?」
李「こんな酷い世だ。死んだに決まっている」
韓「諦めが早すぎるのう、李忠」
李「韓滔?」
韓「姪のためなら足のもう一本は捨てられるじゃろう?」
李「足どころか命だっていくらでもくれてやる」
杜「その覚悟がありながら、なぜ諦める」
李「…友よ」

李忠(りちゅう)…まずは石勇に依頼してみるよ。
杜興(とこう)…何のための梁山泊だ、李忠。
韓滔(かんとう)…こんな世でも信じられる人間がいるのは幸せな事だのう。 

李忠「雲を掴むような話しですまない、石勇」
石勇「李忠の生まれは?」
李「太原県だ」
石「あの辺りか…」
李「まさか、心当たりが?」
石「聞いた話に過ぎぬのだが」
李「おう」
石「賊による人攫いが頻発しているらしい」
李「なんだと?」
石「瓦罐寺という寺の悪僧の酷い噂を聞いたことがある」

・李忠(りちゅう)…そんな寺が近所に昔あったような…
・石勇(せきゆう)…女や子どもを攫っては、人買いに売り捌く下衆野郎どもだ。

第一話 打虎将奮起

李忠「瓦罐寺…」
石勇「近隣の村々は酷い目に会っている」
李「そいつらにもしかしたら、私の姪が…」
石「しかし、もう十年以上は前の話だろう?」
李「…そうだ」
石「…俺も諦めろ、とは言いたくないんだが」

史進「よう、師匠。いつも以上に陰気な面してるな」
李「…お前の軽口に付き合う暇はないんだ」
石「師匠?」
史「…実は餓鬼の頃、初めて棒を習った師匠が、李忠、殿だったんだ」
李「呼び捨てにしようとしたな、貴様」
史「何の話だ?」
李「…別れる時、話したことを覚えてないか?」
史「…見つかってねえのか?」
李「…諦めたんだよ、桃花山で」
史「じゃあそれまで、ずっと当てもなく探してたのか?」
李「まあな」
石「…」

李「私はいつもそうだからな…」
史「…」
李「それに、私は弱い…」
史「師匠!」
李「!」
史「今あんたに必要なのは、言葉でも強さでもねえだろ?」
李「なんだ?」
史「命だ」
李「…そうだな」
石(どっかで読んだようなやりとりだ)

史「師匠の弱音なんざ、弟子に聞かせるもんじゃねえ」
李「…その通りだ」
史「…らしい顔になったじゃないですか」
李「史進」
史「どうした、師匠?」
李「師匠として弟子に命令するぞ」
史「なんですか、今更」
李「私に棒を教えろ」
史「…師匠?」

李「お前は見上げるほど強くなった、史進」
史「…」
李「強い者は教える者を選ぶ権限があると、私は思うがな」
史「…」
李「昔のよしみで命令させてもらう」
史「…」
李「私に棒を教えろ、師匠」
史「…本気でいきますからね、師匠」
李「今の私は弟子だ。お前が教えたいように教えろ」
史「…やっぱあんたは強いよ、師匠」

李「…」
史「まだいけますよ、師匠」
李「今は弟子だ。李忠、と呼び捨てにしろ」
史「命令ですか?」
李「命令だ」
史「立て、李忠」
李「…」
史(義足なのに、よくやるぜ)
李「師匠」
史「なんだ、李忠」
李「義足を上手く活かす技はないか?」
史「なるほど」
李「これは私の弱点だが、例えば、相手の油断を誘うならば、使わない手はないだろう?」
史「一緒に考えましょう」

史「今から俺も片足だけを使った棒の技を工夫してみます」
李「師匠」
史「なんだ、李忠」
李「愉しいな」
史「…懐かしいですね」
李「いくつの時だ、史進?」
史「片手か両手で数えるくらいじゃないですか?」
李「こうしていると、あの頃からお前は何も変わってないな」
史「俺が餓鬼だと?」
李「稽古に全く手を抜かない」
史「…」

李「お前はいい弟子だったが、必ずいい師匠にもなれる」
史「…」
李「私はお前のいい師匠にはなれなかったが、お前の一番いい弟子になってやるぞ」
史「師匠」
李「今は呼び捨てにしろと命令しただろう」
史「俺は今、あなたからたくさんの事を学んでいます」
李「史進?」
史「稽古の時は呼び捨てにしますが、終わったら、また師匠と呼ばせてください」
李「今のお前から師匠と呼ばれると居心地が悪いんだが…」
史「嫌でも呼びますからね、李忠」
李「…稽古の時間だな」

第二話 玉環歩鴛鴦脚

李忠「朱仝殿」
朱仝「どうした、李忠」
李「折言ってお願いしたいことが」
朱「史進との稽古か?」
李「…当面暇をもらい、梁山泊で修行をしたく」
朱「…お前は俺の副官になって、一日も休んでいないだろう?」
李「当然のことです」
朱「鮑旭には出来ん芸当だが、孫立は巧みに調練を休むからな」
李「さすが病尉遅」
朱「行ってこい、李忠」
李「朱仝殿!」
朱「男が決意した目に弱いんだ、俺は」
李「…何を言ってらっしゃるので」
朱「女なら、惚れていたかもな」
李「…」
朱「…」
李「…それでは、しばし行って参ります」
朱「必ず帰ってこいよ、李忠」

李逵「おう、やってるなお前ら」
武松「…」
李「武松、いいところに!」
武「李忠?」
忠「お前の武器はその拳なのは承知しているが」
武「…」
忠「この義足を活かした足技はできないかな?」
武「…そうだな」
史「武松の足技だと?」
武「こんな技はどうだ?」
逵「面白そうだから、俺が受けてやるよ、兄貴」
武「…」
逵(隙だらけだ)
武「!!」
逵「!?」
史「ほう…」
逵「なんだよ、今の技は…」
武「玉環歩鴛鴦脚…」

忠「すごい…」
史「跳べるか?」
忠「片足で跳べる分だけだが」
武「軸足は?」
忠「ある方だ」
武「ならば、工夫すればやりようはあるかもしれん」
忠「ぜひ教えてくれ」
武「…分かった」

忠「もう一度…」
武「今日はここまでにしておけ」
史「焦る気持ちも分かるが、身体を壊しては修行の意味がなくなるぞ、李忠」
忠「史進師匠、武松師匠」
史「…」
武「…」
忠「ありがとうございました!」
史「本当に、あんたらしいな、師匠」
武「強くなったな、李忠」
逵「今日は四人で食うぞ」
忠「腹が減ったことも忘れていた」

忠「もう少しでできそうなのだが…」
武「義足の調子はどうだ、李忠?」
忠「…稽古に夢中で、だいぶ消耗している」
史「義足か…」
逵「湯隆に作ってもらえよ」
忠「鉄の義足か…」
武「それはここ一番のものかもな」
忠「普段は木の方が良いか…」
史「安道全の所に得意なやついないんですか?」
忠「そういえば、この義足を作った若者は見事な腕だった」
史「名は?」
忠「毛定、といったな」
史「明日行きましょう、師匠」

毛定「ご指名とは光栄ですな、李忠殿」
李「また義足を頼みたいんだが」
毛「前と同じでいいですか?」
忠「それが、今回はそうはいかんのだ」
毛「それは?」
忠「一日で、これだけ使い込んでしまってな」
毛「…何してたんですか、李忠殿?」
忠「稽古だ」
毛「並みの足に比べても丈夫なはずなんですがね」
忠「もっと丈夫にしてくれ」
毛「なるほど」

忠「あと、湯隆とも連携してほしい」
毛「湯隆殿と?」
忠「鉄の義足も一本欲しいのだ」
毛「戦のため、ですか?」
忠「まあな」
毛「その足で蹴られたら痛いでしょうね」
忠「その足ですごい技を見せてやるよ、毛定」
毛「全力を尽くします」
忠「ありがとう、毛定」

忠「だいぶ動きは分かってきたぞ」
武「…李忠」
忠「どうした、武松?」
武「この技は、実戦ではやめておけ」
逵「もう少しでできそうじゃねえか、兄貴」
武「教えておいてすまんが、木では打撃が軽すぎて、鉄では上手く跳べないと思う」

忠「…大丈夫だ、武松」
武「李忠?」
忠「お陰で足腰が座ってきた」
史「…確かに、棒の音は太く鋭くなりましたね」
忠「義足になると、跳ぶという発想に思い至らなかったからな」
武「…次に虎に遭ったら、お前のところに行くように導いてやるよ」
忠「勘弁してくれ…」

毛「李忠殿!新しい義足です」
史「これで強さも百倍じゃないか、師匠?」
忠「何を言っている、史進」
毛「鉄の方は、当面は試作になると湯隆殿が」
逵「あいつらしい」
忠「ならば、鉄は諦めるかな」
毛「よろしいので?」
忠「今はお前の足で充分だ」
毛「鉄の足ができれば、消耗はずっと減りますよ?」
忠「時間が惜しいんだ」
毛「…」
忠「…湯隆には、私から詫びておくよ」
毛「いつかとっておきを見せてくださいね」
忠「勿論だ」
史「今見せろよ、李忠」
忠「史進!」
史「師匠の命令だ」
忠「…しょうがない」
毛「…」
忠「!?」
毛「まさか今の技が?」
忠「いつもなら転ばないんだが…」
史「本番に弱いんだよ、師匠は」

第三話 竜虎共闘

石勇「李忠」
李忠「どうした、石勇?」
石「瓦罐寺のことを調べてきた」
李「様子は?」
石「さらに酷いことになっている」
李「…梁山泊らしい事をしてみたくなったな」
石「宋江殿も同じ事を言っていた」
李「ぜひ私に行かせてくれ」
石「一人では不測の事態が起きかねんから、供をつけろと」
史進「じゃあ俺だな、師匠」
李「いいのか、史進?」
史「なんだか俺も、その寺と縁があるような気がしてならないんですよ」
李「よく分からんが」

段景住「李忠殿!」
李「久しぶりではないか、段景住」
段「梁山泊らしい事をしに行くとのことを聞いたので、餞別を」
李「見事な駿馬だ」
史「乱雲にも負けてないですね」
段「俺にできるのは、これだけですから」
李「何を言う、段景住」
段「李忠殿?」

李「お前は桃花山の頭領を勤め上げた男ではないか」
段「…俺には無理な話でしたよ」
李「それでもやり通した。並の男のできることではない」
段「…」
李「周通もお前がいたから、安心して後を任せただろう」
段「…」
李「胸をはれ、段景住」
段「李忠殿?」
李「これから何かあった時、必ず思い出せ。俺は桃花山の頭領を勤め上げた男だ、と」
段「…はい」

李「今のお前の仕事は天職だ、と私も思う。しかし、桃花山の軍を見事に率いていた事も、決して忘れるなよ」
段「李忠殿!」
李「おう」
段「ご武運を!」
李「では、行ってくる」

史「…」
李「…どうした、史進?」
史「…敵わねえな、と思いましたね」
李「なんの話だ?」
史「…俺だけのことにさせてください」
李「?」

村人「…」
史「…嫌な村ですね、師匠」
李「人の住んでいる気配がしない」
史「年寄とモヤシしかいない村だ」
李「瓦罐寺に奪われ尽くされたのだろうな」
史「自警団でも作ればいいのに」
李「それはきっと、村の保正の倅が暴れ者だったらできることだろうな」
史「師匠?」
李「もしくは、どこかの頭領のように、保正自身が戦好きであったりするか」
史「…どういうことですか?」

李「誰もが闘える強さを持っていると思うな、史進」
史「…」
李「私だってそうだった」
史「…」
李「桃花山で棒の使い方を知らぬ者に教える程度のことはできた」
史「…」
李「だが、戦の仕方なんて、てんで分からなかったよ」
史「…」

李「孔明が来てくれて、私と周通は、初めて戦というものを知ったんだ」
史「…」
李「初めて実戦をする時、私は本気で怖かった」
史「そうだったんですか?」
李「あの時は、周通が背中を叩いてくれたおかげで、やっと吹っ切れたんだ」

史「…俺は初めての実戦の時は、ただただ嬉しくて、楽しみでしたよ」
李「史進らしい」
史「…それは間違っていたのでしょうか」
李「史進はそれでいい」
史「…」
李「史進には史進の悩みがあるだろう?」
史「はい」
李「私には私の。この村の者にはこの村の者の悩みがある」
史「…」
李「悩みそのものに優劣は無いし、比べられるものでも、断じてない」
史「…」
李「人の悩みなど、そもそも私ごときには到底理解できない代物だ」
史「…」
李「だから私は、少しでも相手の悩みを理解できるよう、分からないなりに、歩み寄ることを心がけているつもりさ」
史「…なるほど」

第四話 飛天夜叉

李忠「…誰かいるぞ」
史進「賊の気配ですね」
?「なんだ、てめえら」
李「少し物を尋ねていいかな?」
?「なら金を寄越しな」
史「瓦罐寺を知っているか?」
?「おう、俺のねぐらよ」
李「それはよかった」
史「ちょうどそこに行くつもりでな」
?「仲間入りか?」
李「そのつもりで来たから、道を教えてくれないか?」
丘小乙「俺は丘小乙。飛天夜叉って呼ばれる、瓦罐寺二番目の頭領よ」
李「おう、あなたが飛天夜叉殿か。噂はかねがね聞いたことがあります」
史「一番のお頭にも是非ともお目にかかりたいのですが、お名前はなんというのですか?」
丘「崔道成様だ。生鉄仏と呼ばれる生き仏様よ」
李「生鉄仏、崔道成様ですな」
史「我らは旅の武芸者ですが食いつめましてな」
丘「割に良い馬に乗ってるじゃねえか」
李「追い剥ぎしてきた馬に決まっているじゃないですか」
史「仲間入りの暁には、喜んで差し上げますよ」
丘「良い心がけだ、ついて来な」

丘「ここが瓦罐寺だ」
李「…これは見事な」
史「…丘小乙殿」
丘「なんだ?」
史「…我らは旅の武芸者とはいえ元は軍人。近くの地形をご案内していただけないでしょうか?」
丘「どういうことだ?」
史「官軍に襲われた時の退路を確認したいのです」
丘「この辺の官軍は俺らの手先だ。確認するまでもねえ」
李「…おや、ご存知ないのですか?」
丘「何をだ」
李「近々梁山泊が、この瓦罐寺を討伐しに来るとの噂を」
丘「なんだと!」
李「梁山泊を相手にも、万に一つの負けもないお二人かもしれませんが、退路を確認しておくのも無駄ではないかと愚考します」
丘「そいつはまずいな」
史「いかがでしょう、丘小乙殿」
丘「分かった。案内しよう」

史「…ここならもう大丈夫でしょう」
李「そうだな」
丘「そういえば大事な事を聞き忘れてたんだがよ」
李「何かな、丘小乙殿」
丘「てめえら、名前は?」
李「私は李忠」
丘「…そっちの若造は?」
史「…」
丘「…名乗れ、小僧」
史「九紋竜、史進」
丘「は?」
李「本物だぞ」
史「冥土の土産に俺の面でも焼き付けときな」
李「色々親切にありがとうよ」
史「お前の仕事はここまでだ、雑魚」
丘「…てめえら許さねえ」
李「ここは私が相手をしようか、史進」

丘「こんなしみったれた爺にこの俺が負けるか」
李「…」
丘「九紋竜の前座にしても惨めじゃねえか?」
史「おい、雑魚」
丘「貴様」
史「俺の師匠に何言ってやがる?」
丘「この爺が師匠じゃ九紋竜もしれてんな」
史「お前、今まで稽古で棒を振った数を覚えているか?」
丘「そんな無駄なもん覚えてる馬鹿がいるのか?」
史「今まで何本振りました、師匠?」
李「この二十年で少なくとも七百三十万は振った」
丘「は?」
史「その二十年、千本の素振りを欠かした日は?」
李「雨の日でも病の日でも、欠かしたことは一日もない」
丘「はったりだ!」
李「ならばお前の目で確かめろ」
史「三合以内で倒さないと素振り一万本だぞ、李忠」
李「それはきつい」
丘「飛天夜叉と呼ばれた俺を」
李「!」
丘「」
李「喋る暇があるなら棒をふれ」
史「まあこうなりますよね」
李「これくらいなら私もできるぞ、史進」
史「ところで師匠」
李「なんだ?」
史「脚を落とした日の素振りは?」
李「…流石に無理だった」

第五話 生鉄仏

李忠「お前、芝居上手いな」
史進「俺もその場でここまでの阿吽の呼吸が出来るとは思いませんでした」
李「両足揃ってたら、遊撃隊の副官になれたかな?」
史「爺の副官はこりごりです」

杜興「史進はどこ行った!」
陳達「気まぐれに李忠と出てったぜ」
鄒淵「じきに帰ってくるだろ」

李「山門はガラ空きだな」
史「そんだけ好き勝手できたってわけでしょう」
李「…」
史「師匠?」
李「なんでもない」
史「…」
李「丘小乙の紹介できた、と言えば入れるかな」
史「馬を献上しに来た、とも付け加えりゃ会えるでしょう」
乱雲「!」
史「騙すためだ、乱雲」
李「じゃあ堂々と入ろうか」
史「梁山泊らしい」

李「頼もう!」
賊「なんだ貴様ら」
李「丘小乙様から紹介を受けてきた李忠と申す」
史「俺は、史斌と言う」
賊「仲間入りか?」
李「この馬を仲間入りの証として献上したく、参った」
史「どうか、瓦罐寺一の頭領様に御目通りさせていただけないだろうか」
賊「よし来た、馬を曳いて来い」

崔道成「仲間入りか」
李「ご尊名はかねがね」
史「生鉄仏という生き仏様の噂を」
崔「李忠と史斌ねぇ」
李「…」
史「…」
崔「史斌は知らねえが、李忠ってのは聞き覚えがあってな」
李「…それは?」
崔「今までで一番高く売れた娘っ子が、散々李忠叔父上と泣き叫んでたのをよく覚えている」
李「…」
崔「良い馬だな、俺と丘小乙の馬にさせてもらう」
史「…」
崔「…早く寄越せ、小僧」
史「…これ以上もつか、師匠?」
李「もたんな」

崔「…なんの話だ?」
賊「仏様!」
賊「表に丘小乙様の骸が!」
崔「なんだと!」
李「…きちんと隠したのか?」
史「…あまり触りたくなかったもんで」
李「しょうがないか…」

崔「貴様ら何者だ」
李「梁山泊。打虎将李忠」
史「同じく梁山泊。九紋竜史進」
崔「九紋竜だと!」
史「有名人は大変だ」
李「お前は目立ってなんぼだからな」
史「うらやましくないんですか?」
李「…少しな」

李「史進」
史「なんですか?」
李「一つ頼まれてくれ」
史「命令じゃないんですか?」
李「万が一私が負けたら、仇をとってくれるか?」
史「その時は、このクソ坊主に生まれて来た事を後悔させながら成仏させてやりますから、安心して負けてください」
李「そいつは安心だ」
崔「てめえら」

崔「野郎ども!」
賊「!!」

史「まあ、これくらいなら任せてください」
李「九紋竜に背中を任せられるとは」
史「あんただけですよ、師匠」
李「じゃあ私はこのクソ坊主の相手を」
崔「てめえ、この崔道成様を…」
李「その娘を売った相手は覚えているか?」
崔「さあな。値段のことしか覚えてねえや」
李「外道め…」
崔「くたばれ!」
李(もうこいつの動きが始めから読める)
崔「野郎!」
李(避けるまでもない)
崔「くそ!」
李(史進と武松の稽古のおかげだ)
崔「くたばりぞこないが!」
李「念仏を唱え…」
崔「あ?」
李「!?」
崔「悪運尽きたな、爺」
史「師匠!」
崔「足に愛想尽かされてるとは、惨めなもんだ」
李「くそっ!」
崔「冥土に送ってやろう」
?「お前をな」
崔「!?」
李「…あんたは」
魯達「…久しぶりの禅杖だ」
史「魯達殿」
魯「加勢するぞ、史進」
史「頼みます!」
賊「!」
魯「禅杖が喜んでいるぞ、史進」
賊「!」
史「一度でいいから、魯達殿と一緒に戦いたいと思っていた!」
賊「!」
魯「奇遇だな、史進」
賊「!!」
魯「俺もだよ」

李「…冴えないな、私は」

史「魯達殿がなぜここに?」
魯「この面子には俺が欠かせないと思ったからさ」
史「…よく分からないが、なぜか俺もそんな気がします」
魯「…武松と李逵の知らせだ」
李「…」
史「何しょげてんだよ、師匠」
李「…最後の最後まで、私は冴えないと思ってな」
魯「…確かに、やる事を終いまでやったのに、愚痴を言うお前は冴えないぞ、李忠」
李「魯達?」
史「…ちょっと足を見せろ、師匠」
李「…」
史「…これはまた、良く使い込んだもんだ」
魯「義足が潰れたのか、馬のように」
李「…そういうことか」
史「学習しねえなぁ、師匠」
李「…面目ない」
史「…馬には乗れるか?」
李「それは片足の頃から稽古したから、いくらでも」
魯「馬の置いてある所までは?」
李「…這っていくしかないかな」
史「…しょうがねえ」
李「史進?」
史「馬に乗るまで、弟子を馬にしていいですよ、師匠」
李「…」
魯「這って行くよりも速そうだぞ、李忠」
史「…」
李「…頼む」
史「…重くなったな」
李「お前の背に乗るなど初めてだろう、史進」
史「間違いなく、重くなった」
李「…お前も大きくなった」
史「…」
李「誇りだよ、大きくなったお前の背に身を預けられる私が」
史「…走りますよ、師匠!」
李「まて!その道ではない!」
魯「…師弟か」

第六話 桃花

史進「瓦罐寺を潰しただけでも大手柄じゃないか」
李忠「ああ…」
史「義足の調子は?」
李「歩く程度なら問題ない」
魯達「…武松と李逵から聞いているぞ」
李「…姪のことなど、値段のことしか分からなかったよ」
魯「…ついてこい」
李「魯達?」

李「ここは?」
魯「乞食の病棟だ」
史「…ひでえ所だ」
?「…」
李「ここがどうしたんだ?」
?「…その声は、我が叔父、李忠叔父様、ですか?」
李「!?」
魯「…」
李「…桃花?」
史「…」
医者「声を出したらいかん」
李「すまぬ医者殿」
医「…あんたは?」
李「…この娘の、叔父、かもしれない」
医「…彼女はもう、眼が見えない」
李「…」
医「おまけに肺の病を患い、死ぬのを待つ身だが?」
李「…構わん、少し、ほんの少しでいいから、話をさせてくれ」
医「肺の病に、あんたもかかるかもしれんが?」
李「それがどうした」
医「…分かった」
魯「…俺たちは、どうしていようか、李忠?」
李「…先に梁山泊に帰っていてくれ」
史「そういうわけには」
李「健康体のお前まで、病を移すわけにはいかん」
史「師匠、あんた…」
李「…出て行け、史進」
史「…」
魯「行こう、史進」

李「桃花…?」
桃花「手を、触らせて」
李「手?」
桃「…叔父上の手だ」
李「…」
桃「…名前を、呼んで」
李「桃…」
桃「聞こえないわ」
李「桃花…」
桃「叔父上の、声だ」
李「やっと…」
桃「叔父上?」
李「なんだい、桃花?」
桃「泣いてるの?」
李「…泣いてるよ」
桃「…どうして?」
李「ずっと、探してたんだ」
桃「…」
李「遅くなって、ごめんな」
桃「…大丈夫よ」
李「…」
桃「絶対に、叔父上が助けに来てくれるって、信じてたから」
李「…」
桃「…叔父上、これを」
李「これは?」
桃「お姉ちゃんに貰った宝物」
李「そうか、お姉さんがいたのか、桃花は」
桃「金翠蓮お姉ちゃんよ、覚えておいてね」
李「絶対に、忘れないよ」
桃「お姉ちゃんに、よろしくね」
李「分かった」

桃「!」
李「桃花!」
桃「…私、ずっと独りで眠るのが怖かった」
李「…」
桃「でも、今は叔父上がいるのね」
李「そうだよ」
桃「独りじゃ、ないのね」
李「私が、いるよ」
桃「叔父上」
李「…」
桃「ずっと怖かった夜から、叔父上が助けに来てくれた」
李「そうさ。私は、桃花を助けに来たんだ」
桃「ありがとう、叔父上」
李「…」
桃「叔父上…」
李「桃花?」
桃「私、眠るわ」
李「…」
桃「私は、ずっと、とてもとても独りで寂しく眠っていたけど、今は、叔父上がいるのね」
李「…傍にいるよ」
桃「だから、今日は、とてもよく眠れそう」
李「…良かった」
桃「お休みなさい、叔父上」
李「桃花がよく眠るまで、傍にいるからね」
桃「嬉しい…」

李「…」
桃「…叔父上」
李「…なんだい?」
桃「ありがとう」
李「…」
桃「…」
李「…」
桃「…」
李「…」
桃「」
李「…」

医「叔父さん…」
李「…心から礼を言わせてくれ、医者殿」
医「…後のことは、任せてくれ」
李「あなたのような人がいてくれるから、私は人を信じる事ができると思うよ」
医「私も、あんたのような人がいるから、この仕事に誇りを持てるのだと、今思ったよ」
李「息災でな、医者殿」
医「あんたもな。養生しろよ」

李「さて、梁山泊に…」
史「師匠」
魯「さすがに今のお前を置いて、先には帰れんよ」
李「お前たち…」
史「一緒に帰ろう、師匠」
魯「旅は道連れ、世は、なんとやらだ」
李「…ありがとう」
史「その耳飾りは?」
李「…姪の宝物だ」
魯「…すまん、よく見せてくれ」
李「魯達?」
魯「見覚えがある」
李「金翠蓮という姉からもらったと」
魯「金翠蓮だと!」
史「…覚えが?」
魯「俺にあてのある名だ、李忠」
李「本当か?」
魯「俺は梁山泊ではなく、金翠蓮に会って話を伝えてこよう」
李「その人は今どんな暮らしを?」
魯「幸せに暮らしているよ。近々梁山泊に来るかもしれん」
史「なんだって?」
魯「すぐにではないかもしれんが、時を待て、李忠」
李「…分かった」

最終話 男の背中

韓滔「姪っ子には会えたのかのう」
李忠「会えた」
杜興「そうか」
李「…随分と痩せたのではないか、韓滔?」
韓「馬を楽にさせるために目方を落としてるところだ」
杜「…」
李「…大事な戦いの時にも、私は僻地にいるかのように、隅っこだったよ」
韓「しかし、居場所はあっただろう?」
杜「お前はやることを全うしたではないか」
李「…」
韓「わしも呼延灼の威を借りるだけでなく、わしの戦をしたいと常々思っておるよ」
杜「そうだな。この戦は李忠の戦だった」
李「私の、戦か」
韓「お前が隅っこにおる事が生きる戦が起こるかもしれんぞ」
杜「義足には気を配れよ」
李「そうだな」
韓「…何をしておるかのう」
李「誰が?」
韓「女房と倅だ」
杜「李応殿の奥方と、お嬢様とお坊ちゃんも…」
李「いつか、梁山泊に来るのだろう?」
韓「…いつかはな」
杜「いつになるかは、皆目見当がつかんが」
李「…」
韓「会えて、どうだった、李忠?」
李「…」
杜「…」
李「言葉にできんな」
韓「…それでよい」
杜「そういうものだろうな」
李「…それでは、素振りをするから私はこれで」
韓「おう」
杜「またな」
李「…」
杜「…語っているな」
韓「男は背中で語るものよ」

李「やっとお会いできましたか」
金翠蓮「…あなたが桃花の叔父様の」
李「李忠と申します」
金「金翠蓮です。魯達殿からお話は伺っておりました」
李「これを、あなたにお返しに」
金「…懐かしい」
李「…姪の、宝です」
金「それはあなたが持っておくものではないのですか?」
李「…私には、資格がありません」
金「自分の資格など、あなたが決めることではありませんよ、李忠殿」
李「金翠蓮殿…」
金「もしも今、私が生きる資格がないと言って自裁しようとしたら、あなたはどうしますか?」
李「全力で止めるに決まっている!」
金「…私はずっとそう思って生き続けていたのです」
李「…」
金「桃花とは短い間でしたが、姉妹のように過ごしていました」
李「…」
金「姉妹になった暁に、二人で耳飾りを買ったのですよ」
李「それが、これですか」
金「勿論片方は、私の家に残っています」
李「そうなのですか」
金「急に別れ別れになる事になって、お別れを言う間もなかったんですよ…」
李「…よろしく、伝えるよう、言っていました」
金「私も、辛かった時は、この耳飾りを見る度に気持ちを奮い起こしていたものです…」
李「…」
金「だから、この耳飾りは李忠殿に持っていてもらいたいのです」
李「…」
金「それに、今両方揃ってしまうと、変な気持ちになってしまうかもしれませんしね」
李「分かる、という気がします」
金「わざわざご足労ありがとうございます、李忠殿」
李「こちらこそ、金翠蓮殿」
金「…」
李「…なにか?」
金「もしかして、どこかでお会いしませんでした?」
李「いや、そんなはずはないと思うが」
金「…こんな時は女に話を合わせるものですよ、李忠殿」
李「…すまぬ、金翠蓮殿」
金「まったく、教授料をいただきたいくらいですわ」
李「二両しか持ち合わせが…」
金「けちんぼ!」
李「!?」

李「それでは私は双頭山に帰る」
史進「またな、師匠」
李「また、か」
史「…師匠?」
李「なあ、史進」
史「…」
李「私たちの別れに、また、が容易くつくのはおかしいと思わないか?」
史「!」
李「忘れるなよ、史進。私たちは宋と戦をしているのだぞ」
史「はい」
李「これが今生の別れになっても、何もおかしくない」
史「…はい」
李「だからな、史進」
史「…」
李「別れは大切に」
史「…」
李「そして、笑って別れないか?」
史「そうですね」
李「史進!」
史「おう、師匠!」
李「大切に言うぞ!」
史「言ってみろ!」
李「また稽古するからな、史進!」
史「その時までに、腕を磨いておけよ、李忠!」
李「さらば!」
史「またな、師匠!」
李「…」
史「…あんな背中になりてえもんだよ」

人物

梁山泊
李忠(りちゅう)…よもやの主人公。かっこいい所と鈍くさい所のズレが絶妙。
史進(ししん)…李忠の弟子。何か期待してなかったか、お前ら?
石勇(せきゆう)…たまにはこんな悪党を懲らしめる梁山泊も悪くないな。
朱仝(しゅどう)…帰ってきた李忠の背中を軽く叩いた。
武松(ぶしょう)…俺の足技はめったに見せないがな…
李逵(りき)…俺には覚えられねえ、技の名前だよ…
宋江(そうこう)…悪党や悪徳役人を懲らしめるのも、替天行道だ。
段景住(だんけいじゅう)…李忠殿も周通殿も頼りないと思わせて、ここ一番の底力があるんだよ。
周通(しゅうとう)…初めての実戦は震えが止まらなかったが、李忠の背中を見て自分を取り戻した。
孔明(こうめい)…李忠も周通も、初実戦の前と後の顔つきが変わりすぎてびっくりした。
魯達(ろたつ)…この寺には魯智深の頃に通りがかったことがあったからな。俺と金翠蓮には妙な縁があるんだよな。
韓滔(かんとう)…まぁ、今生の別れってのは、しょっちゅうやりたいもんではないのう。
杜興(とこう)…李応殿なら、上手く二人を導けるだろうが、私では到底無理だよ…
陳達(ちんたつ)…史進のやつ、随分調練が念入りになったな。
鄒淵(すうえん)…教え方も丁寧で根気強くなったな。

毛定(もうてい)…安道全の弟子。義手義足作りや外科手術は安道全の次に上手い。

金翠蓮(きんすいれん)…双頭山の大戦が終わった直後に、耳飾りを無くしてしまった。
李桃花(りとうか)…李忠の姪っ子。人の良い商人に買われたが、金翠蓮が義父と逃亡し、商人が仲間に裏切られてから、放逐された。

医者…開封府の乞食街で医者をやっている変わり者。師匠は文律というらしい。

瓦罐寺
崔道成(さいどうせい)…あだ名は生鉄仏(せいてつぶつ)。生きる仏様。お察しのゲス坊主。
丘小乙(きゅうしょういつ)…あだ名は飛天夜叉(ひてんやしゃ)。空を飛び回る夜叉。飛ぶ前に撃ち落とされた、お察しの賊徒。

元ネタ
 ・水滸伝

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