宇宙人になった猫


宇宙人が家に来たので、今日は会社をお休みします。明日も行けないかもしれないです。だって、UFOで連れ去られちゃうかもしれないでしょ。交渉次第なんです、これからの。

きっかけは些細なことでした。
コピー用紙がからだったんです。A4の。

からっぽだよ、金子さん。って言われて。
いや、私、からっぽじゃないですって思って。

そう、気づいたんです。わたし、からっぽじゃないんですよ。

でも、頭からっぽにしないとがんばれないことだらけじゃないですか、この星は。

明日もまた6:30に起きなきゃ行けないことも
ありがとうが言えないあの人も
朝晩の満員電車も
くだらん不倫のニュースも
いちいちマウントとってくる同僚も
好きじゃない仕事も
馬鹿高い税金も
残業も
強制参加の飲み会も

いまやからっぽではないと気づいたわたしの中には、何一つそれらを入れる余地はなくって、そしたらもう、今まで頑張れてたこと、全部無理になっちゃって。

目の前の景色がバッて灰色になって、あれ、おかしいなって思ってトイレに行ったら、もう、滝みたいに涙が溢れてきて

セメントだったんですね、灰色。
みんなの前で涙が溢れるのをセメントでせき止めてたから、だから、視界、灰色だったんだなって。
みんなの前で泣くのって、恥ずかしいんですもんね。

それで、眼球にセメント貼り付けたまま、戻ったんです。自分の席。明らかに目腫れてるのに私。だれも何にも言わなくて。

それからはもう帰りました。
もうだめだって思って、ゆるめるモ!の逃げろ!聴きながら帰りました。

帰ると宇宙人がベランダに来てました。

宇宙人っていうのは、近所の野良猫のことで、猫宇宙人説って知ってますか?猫は本当は宇宙人で、地球に視察にきているっていう。私はその説を信じていて、だから彼もきっと、宇宙人なのだろうと思っています。

わたしはベランダの扉をあけて、宇宙人を中へ迎え入れました。宇宙人は、わたしの足を3周ほど回ったあと、畳の上でごろんと昼寝を始めました。

猫は賢いなあ。

きっとからっぽに見えて、人間よりもうんと沢山のことを考えてんだよ。

明日は会社、行かなきゃだめかなあ

やだなあ。

連れてってよ

ねえ、連れてってくれよ、宇宙。

このままじゃほんとにからっぽになっちゃうよ。

宇宙人は片目を開けにゃあ、とひとつ、返事をしました。

だいじょうぶかな、わたし。

宇宙人の毛がクーラーの風で揺れていると思ったその時です、その毛の先が少しずつ光り始めました。見たことのないその光に目を見張っていると、今度は外から、クーラーの音よりももっと大きく、うねるような音が聞こえました。ベランダの方をみるとそこには、宇宙人と全くおんなじように光った大きな乗り物が、ふわふわと、くじらが浮いているのか、くらいの迫力でもって、浮いていました。

え、なにこれ。

この世のものとは思えない美しさと恐ろしさに、わたしはその光から目が離せません。眼球に張り付いたセメントがポロポロと落ちて行き、光はもっと、色鮮やかになって行きました。

宇宙人が家に来たので、今日は会社をお休みします。明日も行けないかもしれないです。だって、UFOで連れ去られちゃうかもしれないでしょ。交渉次第なんです、これからの。

すると宇宙人は、ベランダの窓をカラカラと、器用に手で開け、しっぽでわたしに手招きをしました。そして………

なんてね。

(しばらく猫を見る)

(猫に向かって)辞めたろか、仕事。

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