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大好きなあの人から認められたい。自己肯定感0の男が愛と月収200万円を手に入れるまでの物語。

初めまして。ハクです。

「あなた誰?潜在意識?なにそれ…」と思ってるでしょうから、少しだけ自己紹介を。

僕は現在、潜在意識の専門家として日々人生の向上を行っています。

失敗を繰り返しながらもやっと本質に辿り着いたこの「人生を大きく好転させていく方法」を自分のためだけに使っていてはもったいないと思いtwitterにて発信を始めました。

今でこそ収入は以前から10倍以上の200万円を超え、念願だった大好きな彼女と幸せな日々を過ごしていますが、ほんの2年ほど前まではこんな状況とはかけ離れた生活を送っていました。

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2年前の僕はすごくネガティブな人間で自分には自信がなく

「どうせ僕なんて…」「僕は人より劣っているんだから人並みになるには人の100倍努力しないと」

というように自分を無意識のうちにいじめまくってきました。そんな、自分大嫌い・自己肯定感0のこじらせた僕が、人生を思い通りに変容させて、ストレスのない毎日を過ごしお金と最愛のパートナーと出会うまでの物語です。

僕の家族は売れない自営業者の父、パート勤めだった母、6つ離れた兄がおり、本来大黒柱である父の収入は少なくあまり裕福な家庭ではありませんでした。

そのため、母からは
「うちは貧乏だから」
「うちは他の家とは違うから我慢して」
と言われ続けて、お金はあまり使ってはいけないものだと教えられてきました。

そのため自然と
「わがままを言ってはいけない」
「僕は他の子とは違うのかも」
と思うようになりました。

兄は大学受験に失敗し結局就職もうまくいかなかったことがきっかけで引きこもりになり、母が愚痴っていたのを聞き、僕は中学生ながら

「あぁ、僕は失敗してはいけない。好きなことをして親に迷惑をかけてはいけない。しっかりしなくては。」

と思ったのを覚えています。このこともあって、ますます自分の意見や希望を口に出すこともなくなり、前向きという言葉からどんどん遠ざかっているような状態でした。

近しい存在である兄は常にイライラしていたので、全く相談もできず自分の気持ちを理解してもらえる人がいませんでした。

親や兄に自分の気持ちを上手く伝えられず、正面から向き合ったり、愛された記憶がなく、思い返すと思春期の頃はイライラや悲しみの記憶がほとんどです。

褒められた記憶もほとんどありません。やり場のない苛立ちで、布団や壁を殴ったり、枕を叩きつけたこともあります。

僕なんか結局受け入れてもらえない。
わがままを言ってはいけない。
僕なんて生まれてこなければよかったんだ。

いつもこんな風に思っていました。
進学の時はその頃はデザイナーになりたかったので、意を決して両親に伝えてみましたが、母親に

「あんたなんかに出来るわけない」

と一蹴されました。
親の前で初めてボロボロ涙を流したのを今でもはっきりと覚えています。

ここでも
「あぁ、やっぱり僕は好きな道を選んではいけないんだ」
「親には否定される存在で、応援なんてしてもらえないのだなぁ」

と思うばかりでした。結局、母に勧められるまま、進学は諦めて工場に就職することになりました。

安い給料とやりがいこそはありませんでしたが、職場の環境も良く、同僚の人たちのお陰で人と話すのが苦手だった僕も打ち解けられてすごく良い職場でした。

ただ、仕事も友人関係も順調なのにも関わらず、どうしても上手く行かなかったのが恋愛でした。

自己肯定感がめちゃくちゃ低くて、友達や他人に対しても、劣等感がものすごくあったので

出会いがあっても、
「どうせ僕よりもお金持ちで自信がある人の方を選ぶんでしょ。」
という意識でした。

そんな感じで彼女もできず20代も折り返しの歳まで来てしまいました。

その時にふと通勤途中にある本屋さんで潜在意識と引き寄せの法則について書かれている本に目が惹きつけられました。

「なんか怪しいけど今の状況を抜け出せるならやってみたい!」

そんな想いでとりあえず買ってみて実践しました。しばらくすると会社で大きな会食があり普段なら断っているところ、なぜかご縁を感じたので参加してみることにしました。

その懇親会で出会った年下の女性が僕に好意を持ってくれるようになり、僕も自然と好きになれて初めての彼女ができました。
初めて彼女ができたその時27歳8か月です(笑)

周りからも、からかわれるくらい当時はラブラブだったと思います。
それまでの人生の悩みとかどうでもよくなるほど、すごく幸せに包まれていた時間だったのをよく覚えています。

でも3ヵ月で上手くいかなくなり、あんなに愛し合っていた彼女から別れを告げられました。

僕はどうしても忘れられなくて、潜在意識や引き寄せの法則についてとても、“真剣に”勉強と実践をしました。

ただ状況は一向に良くはなりませんでした。いや、むしろLINEをブロックされたりと状況は悪化してしまいました。確かにタイムラグ(願望が現実化するまでの時間のずれ)はあるにしろ、全力で潜在意識に向き合っていた僕の心が折れるには十分な期間でした。

追い打ちをかけるように職場での上司が変わり、自信なさげな僕が気に入らなかったのかなぜかいじめを受けてしまい、体力的なしんどさもあいまって倒れてしまいました。

わがままを言ったり相手を責めることもしないのに、なんで僕は必要とされないのだろう?
僕はきっと魅力もなくこれからもこの生活のままなんだ…。

恋愛も仕事も上手くいかず、「僕はもうこれでいい、何も求めない。」と人生を諦めました。
潜在意識を勉強したところで自分には無理。もういいんだ。

それから1ヶ月くらい、ベッドの上から起きれなかった僕もメンタルの回復のために散歩をしていたのですが、そこで良く話しかけてくれるお爺さんがいました。

初めは軽めに挨拶程度で返事していたのですが、なぜかそのお爺さんの優しい言葉の端々に心惹かれ、僕に起きたことを相談しました。

お爺さんは僕の話を聞き終わり、優しくもはっきりとした物言いで僕に言いました。

「それは潜在意識の使い方を間違っているよ。君は家族関係がよくないね。」

僕は一瞬何を言っているかわかりませんでした。潜在意識なんて日常で使われる言葉ではありませんし、自分の家族の話まではしてませんでしたから。

まさかこんなお爺さんからその言葉が出てくると思っていませんでした。

お爺さんは潜在意識の原理原則を教えてくれると言ってくれていますが、自分でも勉強して上手く行かなかった経験があるのであんまり乗り気にはなれませんでした。

ただまぁ、これ以上状況が悪化するようなものを持ってもいないし、半ばやけくその気分でどうとでもなれ!と思い教えてもらうことにしました。

余談ですが、後で分かるのですが、お爺さんはいわゆる“達人”と呼ばれる人でした。

そこからお爺さんの家に通うようになり、

「自分の潜在意識に願望ではなく呪いをかけてしまっていること」

「執着は悪いものではないが、執着する部分を間違っていること」

など他にもいろいろなことを教えてもらいました。

「自己評価が低く、自己否定をしてしまう人は成長の過程で親から否定的な事を言われて育った場合が多い。
お前はダメだ、お前なんてと言われたことが潜在意識として残ってしまい人生を悪くする。君のせいじゃないよ」

今まで上手く行かなかった原因や自分の自己否定の原因などを知り、まさにこれだ…
と、とめどなく涙が溢れてきました。恥ずかしながら嗚咽するほど泣いたのです。

ずっと、
何故こんなに自分を責め続けているのだろう?
何故自分を認められないんだろう?
と苦しんでいました。

「自分はダメな人間」
「我慢しなくてはいけない」

という呪いのような自分からも脱却するきっかけになり、楽に生きられるようになりました。ワクワクといい気分でいれば自然とそれに見合った現実が引き寄せられる。

あとは教えを生活に取り入れていくことで、願ったものが様々なルートを経て自分の元に来るようになりました。

そうやって僕はやりたい仕事も豊かさも引き寄せることが出来ました。

そして何より音信不通になってしまった彼女からも連絡がきて復縁することができました!
今では新しい家族もできて幸せな生活を送れています。

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僕が今こうやって充実した生活を送れているのも、潜在意識を教えてくれたお爺さんとの出会いがあったからです。知っているか、知らないか。が僕の人生を大きく変えました。

僕と同じように今苦しんでいる人にはぜひ人生を変えてほしいと思い潜在意識の専門家として歩いていくことに決めました。

ぜひ今、お金がなくて苦しい思いをしているあなたも、大好きなあの人に振り向いてもらえなくてふさぎ込んでいるあなたも望む現実は必ず引き寄せられるので、僕の発信を見ていてほしいです。

ここまで読んでくれた人はぜひいいねとRTしてくれたら嬉しいです!

https://twitter.com/haku_senzai


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