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てすと

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    • 群青、君が見た空の軌跡 #35

       観客席はすでに超満員となり、それ以外のアンサンクトナディアの街中の至るところにもレースを観戦するための人だかりができていた。トゥラディア最終日のメインイベントに、アトリア全体が最高潮の盛り上がりを見せているようだった。  レースの開始時間が近づくと、各ピットの前に出された機体の前にそれぞれのパイロットが歩み寄って観客に手を振る。毎年恒例のセレモニーだ。  ハンスもゾフィーもヴィルも、堂々と機体の前に立って笑顔で手を振った。すると会場は割れんばかりの拍手に包まれた。  そ

      • 群青、君が見た空の軌跡 #34 時計

        「ハンス、腕はどうだ?」  二人が去って行ったのを確認して、ケガの状態を心配したジャンがハンスに声を掛けた。 「大丈夫!ここ数日で痛みはだいぶ引いてきたよ。モーリスさんにもらった痛み止めの効果もあると思うけど、10日前に比べたら随分状態は良くなってる。」  ハンスは笑顔で答えたが、それが強がりなのか本当なのか、ジャンには判断がつかなかった。ただどちらにしろ今日のレースを辞退するという選択はハンスの中に一ミリもないことだけは確実だった。  するとジルベールが真剣にハンスの目

        • 群青、君が見た空の軌跡 #33 アンサンクトナディア

           開催地であるアンサンクトナディアにあるレース会場正面となる海沿いには、横幅が600m近くにも及ぶ大階段のような観客席が設置されている。観客席は海に向かってレースコースが見やすいように設計されており、コの字型になった席の左右の部分は開かれたように海へと斜めに伸びていた。  観客席の下部には出場する9つのチームのためのピットがずらりと並んでいて、スタート地点に向かうまでの間はこのピットに各機体が保管される。ピットの前の観客席に囲われた部分は幅の広い道路になっていて、ピットから

          群青、君が見た空の軌跡 #32 開幕

          「おいハンス、忘れてるぞ。」  着替え終わって控え室から出ようとしたハンスを呼び止めて、クリスはハンスの頭に制帽を載せた。 「ああ…堅苦しいから嫌なんだよな。このレース用の制服もそうだけど。」  それでもハンスは制帽を改めて被り直した。 「この制服に憧れてる奴らも沢山いるんだぞ。学校の伝統だから、多少堅苦しくても守らないとな。」  まるで先生のようにそう言いながら、クリスは制服の一つである白い手袋を両手にはめた。  上は紺色の詰襟に鷹の校章が入った赤い腕章をつけ、下は同

          群青、君が見た空の軌跡 #32 開幕

          群青、君が見た空の軌跡 #31 変わらない心

          「…で、どういうことだよ。何でこんなことになったんだ!?」  ジャンは悔しさの矛先をどこにぶつけたらいいか分からず声を荒げた。 「…ごめん、全部俺の責任だ。俺が判断を誤った。」  ハンスが断言したとき、廊下の方からビーっという呼び出しベルの音が響いた。 「きっとレイたちだ。続きはハンスの治療が終わってからにしよう。」  言いながらイアンが廊下に出ると、ちょうどモーリスが副木や包帯を持って戻ってきたところだった。  モーリスは早速ハンスの腕に木製の副木を添えて、自分でもできる

          群青、君が見た空の軌跡 #31 変わらない心

          群青、君が見た空の軌跡 #30 怪我

           4人を乗せた車は航空学校に程近い場所にあるイアンの家の前で停まった。車を待たせたまま、4人は大きな家の前の門に設置されていたブザーを鳴らした。  春本番になっても夜は少し肌寒い。クリスは背中が開いたドレスを着ているゾフィーを気遣って、自分が着ていたジャケットを脱いでそっとゾフィーの肩に掛けた。するとゾフィーはクリスを見上げて小声でありがとう、とつぶやいた。  ハンスは後ろから何となくその様子を眺めていて、クリスとジルベールがゾフィーを巡って三角関係になったりしないだろうな

          群青、君が見た空の軌跡 #30 怪我

          群青、君が見た空の軌跡 #29 奪還

           ゾフィーが顔を上げると、ここにはいないはずの兄が息を切らしながら立っていた。 「…お兄ちゃん!?」 「こっちへ来い、走るぞ。」  周りが反応する前に、ハンスは素早くゾフィーの手首を掴んで走り出した。アドルフは一瞬のことで何が起こったか理解できなかったが、ゾフィーの腰から手が離れた瞬間、「おい!待て!!」と後ろで声を張り上げていた。  ハンスは当然のようにその声を無視し、開いていた窓側のガラス戸からテラスへ出た。  テラスから向こうはホールからの光が届かない暗い庭が広がって

          群青、君が見た空の軌跡 #29 奪還

          群青、君が見た空の軌跡 #28 婚約者

           その少し前、ホールではダンスタイムに入ったところだった。  ゾフィーはジルベールと一緒に会場後方の壁際で楽しく話をしていた。時間が経つにつれて少しずつ緊張が溶けてきて、ジルベールはだいぶゾフィーの顔を見られるようになっていた。 「お話中失礼いたします。お坊っちゃま、ご主人様がお呼びです。」  振り返ると、ジルベールの家の使用人である年配の男が軽くお辞儀をしていた。 「父さんが?何だ?」 「お坊っちゃまに紹介したい方がいらっしゃるそうで。ラスキア政府の方のようですが。」

          群青、君が見た空の軌跡 #28 婚約者

          群青、君が見た空の軌跡 #27 危機

           人々が会場に集まり出した頃、ハンスはゾフィーがすでに家を出ていることを確認しつつ自分の部屋に帰って来ていた。  以前義父の秘書だという人からゾフィーの婚約者に関する情報を聞いてから、ずっとゾフィーのことは自分がなんとかしなくてはと思っていた。  事前にゾフィーに全て伝えて義父が例の人物を紹介する前に会場から消えるように言おうかとも考えたが、自分が完全に義父にとって権力を掴むための犠牲と思われていると知れば、やはり少なからずショックだろう。それにゾフィーが一人で義父の監視か

          群青、君が見た空の軌跡 #27 危機

          群青、君が見た空の軌跡 #26 パーティーへ

          「本当に素敵ですわ、お嬢様。やっぱり髪も衣装も専門家に任せて正解でしたね。とてもよくお似合いですよ。」  マリアンヌは上機嫌で鏡越しのゾフィーに語りかけた。 「そうかな…?ちょっと派手じゃない?」  ゾフィーは鏡に背を向けて自分の後ろ姿を確認した。  落ち着いたワインカラーのドレスは背中の部分が大きく開いている。髪は左右に三つ編みの編み込みをして美しくアップさせていた。  両腕にはさりげないレース編みのロンググローブをして、足元はドレスと同じ色のハイヒールを履いている。薄く

          群青、君が見た空の軌跡 #26 パーティーへ

          群青、君が見た空の軌跡 #25

           その後、ハンスたちは二十日以上かけてなんとか機体の改造を完了させた。操縦訓練に入るギリギリのところで無事テスト飛行まで漕ぎつけたのだ。  表面蒸気冷却方式はラジエーターを使用した場合よりも構造が複雑な分、パーツも数倍に増える。さらにそれらのパーツはほぼ全て一から自分たちで作らなければならない。現在量産されている機体で表面蒸気冷却方式を採用している機体は一機もないため、そのためのパーツを作っている会社も存在しないからだ。  ハンスたちは十日以上基地に寝泊まりしながら製作に

          群青、君が見た空の軌跡 #25

          群青、君が見た空の軌跡 #24

           スタルツは長い廊下の先の突き当たりにあるドアの前で足を止めた。  ポケットから鍵が沢山付いたキーリングを取り出し、じゃらじゃらと鳴らしながらその中の一つの鍵を選んでドアの鍵穴に差し込む。  部屋の中は思ったよりは広かったが天井は低く、入ってすぐのスペースに丸いテーブルとイスが数脚置いてある以外は、ほとんどのスペースが背の高い本棚に埋め尽くされていた。  その本棚の中身にもぎっしりと資料のようなものが詰め込まれていたが、同じファイルケースできれいに揃えられたコーナーもあれば

          群青、君が見た空の軌跡 #24

          群青、君が見た空の軌跡 #23

           その二日後、早くもメルクシュナイダー社から資料を見せてもいいとの返事が来た。  アトリアの大手航空機メーカーの一つであるメルクシュナイダー社は、他の大手と同じように上層部には航空学校出身者がたくさんいる。そのため、基本的に航空学校に対しては好意的かつ協力的なのだ。  もちろん優秀な技術者を育てることは自分たちの会社にとってもプラスになることでもあるため、普段から授業で使用する航空機関連の機器やパーツを提供したり、学校から実習生を受け入れたりということも積極的に行なっている

          群青、君が見た空の軌跡 #23

          群青、君が見た空の軌跡 #22 機体改修

           喧嘩を止めたのはゼミの担任のクラメル先生だった。二人は一瞬停止したが、すぐにむすっとした顔でそっぽを向いて席に座った。 「お前達、熱心なのは良いんだが…、毎度レースのことになると熱くなりすぎだ。」  クラメル先生はため息をつきながら二人を見た。気づけば他のグループも全員がこちらを見ていた。 「おい、二人とも仲良くしろよ!レースまでに仲間割れされたんじゃたまんねぇ。」 「そうだそうだ、今度こそ優勝期待してるんだからな!」  他のグループの何人かが笑いながら二人を冷やかした

          群青、君が見た空の軌跡 #22 機体改修

          群青、君が見た空の軌跡 #21 ケンカ

           以前クルトの家でヒントを貰ってから、新型エンジンへの換装に伴う反トルク対策については劇的に改善していた。  参考になる機体としてクルトの口から出たミッツェルジュード社のMj001について調べると、通常の垂直安定板だけでなく、機体下部に小型の垂直安定板が二枚取り付けられていた。  ベントラルフィンと呼ばれるこの小さな尾翼は、通常の垂直安定板だけでは横方向の安定性が不足した場合に、機体下部に下に向けて設置することでその水平安定性を助ける働きをする。ハンス達の機体にもこれを応用

          群青、君が見た空の軌跡 #21 ケンカ