短編「それが無駄とはならぬよう」

隣で友人が泣いている。こいつは、俺たちの眼前にあるデカい祭壇の中央で笑っている、俺の友人の彼女だった。
それを知ってるからこそ、俺はどうすればいいか分からなかった。慰めても、慰みになるはずもない。こいつが抱えている絶望を俺は理解できない。
理解できると口にはできても、本当の意味で計り知れることはないんだろう。
『高木ヒロト』俺の友人は、認知症を患った後期高齢者の男性が運転する車に轢かれて死んだ。
葬儀の最前列では高木の親族が目に涙を浮かべてじっと棺を見ている。我が息子、我が兄だった身体がこれから火葬で燃やされるのだ。仕方ないとはいえ、堪えきれぬものがあるのだろう。その心中も、俺は理解が出来ない。
理解できると口にはできても、本当の意味で計り知れることはないんだろう。

『それでは、出棺の儀に移らせて頂きます』

「うわ、ひでぇなコレ」
火葬場へ向かうバスの中、ちょうど隣の座席にいた友人、矢代がスマホを見ながらそう呟いた。
「あ? 何見てんの?」
「SNS、掲示板とかタイムラインとか色々な。ホレ見ろよ、高木の奴、超有名になってる」
矢代が見せたのはSNSの検索欄で「高木ヒロト」と検索をかけたタイムライン。ニュースページの引用やリンクを張られながら、大方が『可哀想』と言っている。
「あー……散々ニュースで騒がれたもんな」
「あの爺さんの名前で検索かけるともっとヤバい」
「そろそろいい加減にしとけ、不謹慎だし」
「分かってる、けど……見ずにはいられねぇんだよ」
その気持ちは、分かる。
決して面白くはないけれど、なんだか無視することもそれはそれで難しい。
だから俺もちょくちょく、一人でいる時には高木の名前をSNSで検索した。
そして、たった一度だけ高木を轢いた高齢者の男性の名前も検索した。
『許せない』
『減刑なんかするな』
『なんで家族は止めなかったんだよ』
『刑事責任能力がない? ふざけんな!』
まぁ、想像通りだった。悪い意味で――
スマホを見ていた矢代はため息をついた。
「なんで裁判官ヅラしてんのかね? こいつら」
本当にそうだな。と言おうとして俺は黙った。口にしてもしょうがないから。あまり口を開きたくなかったから。

相変わらず高木の彼女は泣いていた。葬儀の最中から今に至るまであいつはずっと泣きっぱなしだ。
なんてことをしてくれたんだ。そう口にするのは簡単なんだろう。憎悪をぶちまけて『あいつを返せ』と騒ぐのは簡単なんだろう。
しかしそれで高木が生き返ってくるはずもない。そんなことをしても虚しいだけだ。それよりも、何よりも、とりあえずは今さっきから泣きっぱなしの高木の彼女を泣き止ませる方法を教えて欲しいものだ。
でも、残念ながらその方法を書きこんでくれる奴はいない。
頼んでもいねぇ加害者いじめをやる奴は山ほどいるのに。

「なぁ、これ見てくれね?」
また矢代が俺を呼ぶ。また高木に関する書き込みか? いくら見ても気落ちするだけだろ……
「今度は何だ? つかそろそろいい加減に――」

『先日の事件を見て、家族で話し合い。今度母が免許を返納すると口にしました。今後は母の通院の度に僕か妻が母の足にならねばですが、これも母のため。これからも安全運転頑張るぞ』

俺が一読して顔を背けると、矢代はスマホをポケットにしまってこう呟いた。
「あいつ、無駄死にじゃなきゃいいな」
「……だな」

~交通事故で亡くなった全ての方に、哀悼の意を込めて~

著:白色黒蛇

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