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別にみんな“お笑い”じゃなくてもいいんじゃないのか

こうてつ、というとすぐさま頭に浮かぶのが「鋼鉄」であり「鋼鉄ジーグ」であり、そういえば友達がもってた鋼鉄ジーグの人形、手足が磁石で着脱できたんだけど他の強力な磁石を近づけたりしてわざと磁力を弱めて、最終的には映画西太后における麗姫みたいになってたっけ…と子どもの頃の残酷な遊びを思い出します。

違う違う。そうじゃない。

いいたいことはただひとつ。

更迭されましたね、葉梨法務大臣。そりゃ更迭されるでしょう。司法の世界にめっぽう疎いぼくですら、あの発言はひどいとおもいましたから。

「朝、死刑のはんこを押して、昼のニュースのトップになるのはそういう時だけという地味な役職だ」

命の重さをなんと心得る、というどまんなかストレートな意見はもちろん、自分だけでなく関係するさまざまな人の仕事の尊厳まで傷つける発言だと思いました。ひどいよね。

しかもついうっかり口がすべって、というような(いくぶん)かわいげが感じられなくもない失言というわけではなく、2回も公の場で言葉にしているんですから、これはもう明らかに普段から本気でそう思っていたわけで。

みんな怒ってます。それはもう胡蝶しのぶさんばりに怒ってます。受刑者支援団体の方、元裁判官、法務・検察の幹部、犯罪被害者支援の弁護士、死刑制度に反対する人権団体の方まで。

ひさしぶりにSNSの外でのホンキの炎上を見た思いです。


報道によると葉梨さんってすごいエリートらしいじゃないですか。

1982年に東大法学部を卒業後、警察庁に入庁した元キャリア官僚で、安倍政権では3度の法務副大臣、菅政権では農林水産副大臣を歴任。今年8月に発足した第2次岸田改造内閣で法相として初入閣した。  

警察庁時代は、97年に神戸で起きた小学生連続殺傷事件の際、少年課理事官として少年犯罪を担当。「捜査は警察、法律は法務省、児童福祉は厚生労働省、教育は文部科学省」という縦割りの官僚機構に限界を感じ、政治家への転身を決断したという。
朝日新聞DIGITAL 11/11 15:25 配信より

目がくらむようなキラキラキャリア。しかも政治家への転身の理由はあっぱれです。それこそ死刑執行の近くで、さまざまな葛藤や悩み、苦しみとも全く無縁だったわけじゃないはず。

それがなぜあんな発言を?と不思議に思うわけです。

不思議な発言といえばもうひとり。

吉野家の常務取締役企画本部長による「生娘シャブ漬け戦略」発言です。

「田舎から出てきた若い女性が、男性におごられて高級な料理の味を知る前に牛丼漬けにする」

という意味が込められているのだそうですが、込めんなよそんなの、とツッコミをいれるまでもなく炎上しました。この事案についてはぼくもリアルタイムでTwitterをウオッチしていたので「ああ、これはよくないよね」と。

この常務取締役企画本部長も、相当なエリートなのです。

伊東氏は慶応大学商学部を卒業し、96年にP&Gに入社。衣料用洗剤「アリエール」や食器用洗剤「ジョイ」ブランドのマーケティングを担当して売り上げを回復させた。その後、米国本社、ヨーロッパ本社で消臭剤「ファブリーズ」のマーケティング責任者となり、シンガポールではアジア全体のバイスプレジデントを務め、17年11月にP&Gを退社。ビジネスコンサルタントの「OFFICE MASA」を立ち上げた。
NetIB-News 5/2  11:06 配信より

P&Gといえば優秀なマーケターを輩出する企業としてつとに有名です。USJ人気の影の立役者としても知られる森岡毅さんも出身者のひとり。

そのP&Gで辣腕をふるい、独立後、あまたある企業からラブコールを送られながらも2018年に吉野家に入社したのが伊東さん。入社後は「超特盛」や「小盛」などを開発。また「ライザップ牛サラダ」「ポケ盛」など数々のヒット商品を連発していました。

なのに、なぜ…。


例にあげたお二方にかぎらず、公の舞台での失言で職を失う、あるいは晩節を汚すエリートや有名人は少なくありません。

これは一体なぜなんだぜ、と考えたんです。

するとちょっとだけ自分にも当てはまるというか、思い当たる節もあり。ほうっておくと対岸の火事ではなくぼく自身も舌禍を招きかねない、と焦る結果に。

もちろんぼくはエリートではないですし、社会的な影響力はゼロなのですが、身近なところで落とし穴に落っこちる可能性を存分に秘めていると思うんです。

なんせ三国一のおっちょこちょいだから。

そこで、そんなことになりませんようにという祈りを込めて考えを整理しておこうと思います。


できる人は概ねべシャリ上手

ひと言で仕事ができるといってもいろいろな定義がありますが、共通するスキルとしてコミュニケーション、ロジカルシンキング、プレゼンテーションがあると思います。

そのうちのプレゼンスキル。これが曲者ではないかと。

プレゼンというとある程度の人数の前で、その人たちにとってメリットが感じられる話を短い時間で行なうのが一般的。そして好感を持ってもらい、プレゼンテーターの提案を受け入れたくなるように促す。これがプレゼンの目的であり、肝なわけです。

このスキルがある程度社会性を帯びるレベルまで成熟すると、さまざまなイベントに登壇したり、時には司会進行を仰せつかったり、教育機関で教鞭を取る機会を得たりします。

するとそれらの実績を元にさらに仕事の幅が広がる。慣れてくるにつれてスキルが磨かれる。レベルも上がる。どんどん出世していきます。どんどんできる人になっていくのです。

つまりできる人=べシャリ上手、という図式の完成です。

しかし、それだけで失言につながるとは考えにくいですよね。

実はこのできる人=べシャリ上手の図式にもう一つのエッセンスが加わると、炎上にグンと近づくことになるのです。


ウケる快感、という落とし穴

もう一つのエッセンス、それがウケるです。

ぼくは前職に入社した直後から社員の前でレクチャーする機会が少なくありませんでした。唯一の広告制作経験者だったので、そのスキルを未経験である他の社員にも付与する役目を仰せつかっていたのです。

人前でしゃべるのは、その会社に入る前に居酒屋店長をやっていたので決して苦手ではありませんでした。

ただし10名以上を相手に、何を教えたり、1時間ほどにわたって集中して話を聞かせた経験は持っていません。

最初はめちゃくちゃ緊張しました。何喋ってるか自分でもよくわからないほど。講義参加者もみるみるうちに眠りの国へ誘われていきます。

すると、勉強会を傍で見ていた社長が「お前!なっとらん!」とぼくを叱りとばすのです。「お前ばっかりしゃべってどないすんねん!しゃべらせろ、聞いてる連中にしゃべらせるんや!」と。

ぼくはまっ赤になって、言われた通りにやりました。が、もちろん聴衆はシラーッとしています。っていうかほとんどが寝てます。大失敗です。穴があったら入りたかった。

それからのぼくは、とにかくベシャリの上手い先輩社員や上司のトークを盗もうと必死。

幸いなことに大阪出自のその会社にはべシャリ上手がうなるほどいて、お手本には事欠きません。社長、営業部長、事業部長、マネジャー…ほぼ全員が軽い吉本芸人。いろんな笑わせてナンボから話術を盗みます。

そしてある日、そのノウハウを駆使したぼくの勉強会に異変が起きます。

ドッカンドッカンウケるのです。

それはもう、ドッカンドッカンという表現がピッタリなぐらい爆笑の連続。

なんとなくコツをつかんだぼくは、よおし、とさらにウケる技術に磨きをかけていきます。

するとさらにウケる。もう何かひと言いうだけで聴衆は笑いのスイッチをいれてくれる。そして笑いが挟まると時間があっという間に過ぎ、また広告規定などの堅い内容もそこそこ集中して聞いてくれるようになる。

ぼくはいつの間にか「ウケる快感」の虜になっていました。

いつしかトークの内容も使う単語もどんどんエスカレートしていきます。よりインパクトのあるものへとエッジを効かせるようになるのです。それはもうドラッグと一緒。どんどん鋭い刺激を求めます。感覚が麻痺するのです。

はい、ここに大きな落とし穴があります。


お前は人気者なんかじゃない

ウケる快感が正常な感覚を麻痺させ、表現をエスカレートさせる。

まさに今回取り上げた舌禍のふたりは、このドツボに無意識のうちにハマっていたのではないでしょうか。

ほんと、ぼくも経験あるんですけど100人ぐらいの聴衆の前でウケると気持ちいいんですよ。

そのあと「講演面白かったです」なんて感想いただくと、ああ俺は面白くてタメになる人間なんだって思うんです。そして偉くなった気持ちになるんです。偉いといっても威張っているのではなく、みんなから好かれる偉い人。そうさ、俺は人気者なのさ、あははははぁっ!と錯覚に陥る。

そしてウケる快感を求めて、破滅の道を突き進むことになる。

葉梨さんも、伊東さんも、それまでいろんな場面でバカ受けだったのでしょう。そしてその体験が自分は面白い、自分は人気者だ、という無意識の自己認識につながっていった。

でもですね、ぼくは思うんですよ。

みんながみんな、そんなウケることばっかり考えなくてもいいんじゃないか。難しいことをやさしく、やさしいことを深く、ぐらいでいいんじゃないか。みんながお笑いである必要はないと思うんです。

しかもですよ、ぼくも含めてダウンタウンのまっちゃんじゃないんです。

まっちゃんは本当にそのままの状態でウケがとれます。天才ですし、そもそもお笑いですから。

でもぼくや、おこがましくも並べさせていただきますが葉梨さん、伊東さんは天才ではない(と思う)し、お笑いでもない。たぶん立場や肩書をはずした素の状態ではひとつもウケはとれないと思うんです。

これ、自分のことを全く知らない短大生50人の前で講義をやるとわかります。まるでウケません。みんな一斉に寝ます。演台でひとりでしゃべっている自分がいます。これはかなりの恐怖です。

そして知ることになるのです。それまで笑ってくれた人は自分のギャグで笑ったのではなく、その場の雰囲気や自分の肩書き、そして「そんな人がそんなことを言う」ギャップで笑ったんだということが。

誰も自分のことを知らない場で、初対面の人たちにウケる。それが求められるのはお笑いの人だけです。お笑いの人だけでいい。

知識や技術がある人がその知見や技能を大衆に共有するとき、決してウケる必要はありません。それはただわかりやすく伝えるだけで充分だと思うのです。

そこを履き違える人がいる限り、今日もどこかで舌禍が起きていることでしょう。今日もどこかで、というとすぐ頭に思い浮かぶのがデビルマンで(←こういうのがアカンのですね、きっと)。

ご愛読ありがとうございました。

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